第11話:隠し味 ss11 以前、妻にこんなことを言われた。 「浮気したら浮気したって、言ってね! 隠さないでね!」 ところが別の日には、こうも言った。 「浮気しても、浮気したとか言わないでね!」 ……矛盾している。 女は、必ずしも真実が知りたいわけではないようだ。
2005年 ショートショート「本当のことを言って、シンイチさん。おねがいだから……」
うるんだ瞳で、カズネは詰め寄ってきた。腕をつかむ指に、ぎゅーっと力がこもる。カズネは疑っている。ぼくがハツネと……彼女の姉と浮気していると疑っている。
それは事実だった。
ぼくはハツネと関係をもった。それも1度や2度じゃない。最近じゃ、カズネよりも回数が多い。この部屋で愛し合ったこともある。カズネがよそ見しているすきにキスしたこともある。ぼくは浮気してしまった。
だけど、ハツネも悪い。最初はぼくも抵抗した。「妹の彼氏に手を出すのか!」と怒鳴ったこともある。それをなかばムリヤリに……と言い訳したくなるほど、ハツネの誘惑は強烈だった。
「妹のものはあたしのもの、あたしのものはあたしのものよ」
ハツネはいい女だった。顔や体はそっくりなのに、性格は正反対。カズネが淑女なら、ハツネは悪女だ。そしていつの世も、悪女の方が魅力的なのだ。
……沈黙がツライ。
このまま、罪の呵責でおかしくなってしまう。ぼくの精神の方が限界だ。だけど、秘密を明かせば、大好きな2人を失ってしまう。カズネはぼくの浮気を許さないだろう。ハツネは、妹の彼氏でなくなったぼくに興味を示さないだろう。
(でも、もういい! もうたくさんだ! 正直に話そう! それで駄目なら、それまでだッ!)
◎
去っていくシンイチを、カズネはアパートの窓から見送った。背後でドアが開いて、姉のハツネが入ってきた。
「で、どうだった?」
「うん。大丈夫だった。浮気してないって、言ってくれたよ」
「そりゃ、すごい! 新記録だね」
窓から外をのぞき込む。シンイチの姿はもう見えない。
「そろそろ、あたしたちのことを話してもいいんじゃない?」
と姉のハツネ。
「駄目よ。カズネは誠実な人とお付き合いしたいの」
と妹のカズネ。
「誠実ねぇ。姉貴と浮気する男が?」
「誰にだって秘密はあるわ。でも愛しているなら、それを隠し通さなくっちゃ。真実だからってしゃべるのは、単なる逃避よ。だから、カズネも秘密は守る」
「いいけどね。あたしは緊張感のある関係が好きだから」
「シンイチさん、とっても苦しそうだった。
カズネのために耐えてくれるのね。うれしい……」
目を閉じて、うっとりするカズネ。
「どうかしら? あたしとのスリリングな関係が好きなのかもよ」
ハツネがいじわるくいうと、カズネは「ちがうもん」とすねた。
2人は、そっくりな姉妹だった。
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