第65話:作品づくり ある人に、「仕事をさせる仕事をしている」と言われて、思いついた話。 ラストはひねりすぎたかな? ともあれ、1つの作品の背後には、作者だけでなく、多くの人がいると思う。
2009年 ショートショート「くだらない仕事はやりたくない!」
タカユキはぷいっと顔をそむけ、ゲームを再開した。その幼稚な態度に、私はむっとした。
「くだらない仕事かどうか、書類を見なさいよ!」
書類の束を突きつけるが、タカユキはゲーム画面から目を離さない。私も意地になって書類をぐいぐい押しつける。私の腕が疲れるより先に、タカユキはゲームオーバーになり、しぶしぶ書類を受け取った。
「見なくてもわかる。あの会社の仕事はくだらない」
私が睨み付けると、タカユキは口をつぐんだ。説教タイムだ。
「いまは経験と実績を積むべき時だって、何度も言ったでしょ」
「もうイヤなんだ。
こんな仕事をするために、絵を勉強したんじゃない。
自分の絵を描きたい。
この絵を描くために生まれてきたって、思えるような絵を!」
「仕事がなければ描けるっていうの?」
「それは......」
タカユキは言いよどんだ。
◎
イラストレーターとしてデビューしたタカユキは、幸運にも多大な賞賛を集めた。しかし各方面から「先生」と呼ばれるようになると、生来の傲慢さが顔をのぞかせ、筆が遅くなり、手を抜くようになった。ほどなく、タカユキは休業を宣言した。
(大衆受けの商品じゃなく、自分オリジナルの作品をつくりたい)
しかし仕事がなくても、タカユキは作品を完成させられなかった。
ゲームをしたり、部屋の片付けをしたり......。いつまでも作品と向き合えないタカユキを見て、私は切り上げを命じた。そして、とってきた仕事を無理矢理やらせる。反発しても、説教でねじ伏せた。
タカユキは自由に溺れてしまう。束縛がなければ、才能を引き出せないんだ。
◎
「こんなの、誰にでもできる仕事じゃないか......」
ぶつぶつ言いながら筆を走らせるタカユキに、私はコーヒーを淹れた。
「そんなことない。
どんな仕事も、そのとき、そこにいる人にしかできないのよ」
ふと、タカユキは筆を止めて、私に向き直った。
「それじゃ、ユミコさんも、ユミコさんにしかできない仕事をしてるんだ。
ぼくをコントロールして、仕事をさせる仕事をね!」
ぱんっと音がした。
私は反射的にタカユキの頬を叩いていた。
じわっと涙ぐむタカユキを、私はぎゅっと抱きしめる。
「私は編集者じゃない。
いまは経験を積みましょう。
オリジナルに挑戦するのは、そのあとでも大丈夫。
タカユキこそが、私の作品なのよ」
胸の中で、タカユキもうなずいてくれた。
「わかったよ。母さん」
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