第89話:とあるオタクの会話
2010年 ショートショート「ナマの女って、そんなにいいもんかね...」
コイツは藪から棒になにを言い出すのか。
さいわい午前中のファミレスに客は少なく、ぼくら会話に注意を払うものはいなかった。そんな時間になにをしているかと言えば、大学を自主休講して、イベントの前売り券を買ってきたところ。どんなイベントかは、言わぬが花だろう。いま読んでるパンフレットだって、ウェイトレスさんが来たら隠さなきゃいけない。ぼくは良識あるオタクなのだ。
「最近、ナマの存在意義がわからなくなってきた。おれの嫁は◎ちゃんと△様だけだ」
◎と△に入る固有名詞はさして重要ではない。
それよりアニメやゲームのキャラと結婚できないと言うべきか、嫁が2人いたら重婚と指摘するべきか。いや、それ以前に...。
「実際、どうよ? おまえはナマに欲情する?」
身を乗り出して聞いてくる。
「ナマはよせ。それに欲情、欲情ってなんだよ。
二次元、三次元を問わず、女は欲情の対象でしかないのか?」
「いや、性的な意味だけじゃなく、総合的な女性の美について。グラビアアイドルやレイヤーさんには美人もいるけど、あれは加工されたものじゃん。近くで見ると化粧がケバかったり、改造人間だったりするし」
「それを言ったら、二次の方がよっぽど人間離れしてるだろ」
「そりゃ、そうだ。
しかしなんて言うのかな、より自然な美しさ──女の子らしさがあると思うぜ。
二次は、三次をもとに作られているのに、三次より萌える。
こーゆーの、なんてったっけ?」
「青は藍より出でて藍より青し」
「それそれ」
「単純に見識不足だね。
三次の女の子にも、かわいいところはあるさ。造形的に劣るところがあっても、それを隠そうとしたり、補おうと努力するココロがいいんだよ」
「概念はわかるよ。概念はね。
しかし、きれいになろうとする動機が不純だよ。チヤホヤされたいとか、周囲に差をつけたいとか、そのくせオタクと目があったら痴漢扱いって、わがまますぎる」
「あぁ、えぇと、かわいくない女でも、かわいくなったら素敵だなって思うことがあるだろう。だから...」
「哲学的ツンデレだな。現実にないものを、妄想で補完してる。
やっぱりおれの人生に、ナマの女はいらないぜ」
ぼくは言葉に詰まった。
これ以上語ると、ぼくが、このかわいくない女といっしょにいる理由が漏れてしまう。
二次の少女にハァハァするのはいいが、自分のことを「おれ」というのはやめてほしい。
そうすれば、きっと......。
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