【ゆっくり文庫】アシモフ「会心の笑い」黒後家蜘蛛の会より The Acquisitive Chuckle (1971) by Isaac Asimov
2016年 ゆっくり文庫 アシモフ アメリカ文学 ミステリー061 無意識の復讐──
すべてを奪われた正直な男が復讐を果たした・・・ように見える。彼はなにを、どうやって、どうして盗んだのか?
原作について
アイザック・アシモフ
(1920-1992)
「黒後家蜘蛛の会」シリーズの第一話。原著は高く評価されているが、【ゆっくり文庫】のような動画だとオチが予見できてしまう。なので制作しないつもりだったが、ふと新しい解釈を思いついた。これなら既読者も楽しめるだろう。
翻案について
正直な男が、強欲な男に財産を奪われ、給仕などという仕事で糊口をしのいでいれば、復讐を考えるのも当然・・・だろうか?
ヘンリーが財産や成功に未練があれば、きっと再起したはず。それをしてないってことは、ヘンリーはビジネスから引退し、給仕の仕事に満足していることになる。もちろん復讐するのは自由だが、「心の平和を盗む」なんて手口はあまりに不確実だ。どうにも釈然としない。
そもそもヘンリーに、復讐する意図はあったのだろうか?
ふたりの男の物語:真相
ヘンリーとアンダーソンは、いいコンビだった。互いに苦手なところをやってもらえるから、「自分らしく」いられた。しかし事業が大きくなると、アンダーソンの心に恐怖が芽生えた。このままでは人徳あるヘンリーに会社を乗っ取られる。疑心暗鬼に駆られたアンダーソンは、ヘンリーを追放してしまった。
アンダーソンは結果に満足したが、ある日、事務所(自宅)にヘンリーがいたことで恐怖がぶり返す。ヘンリーはなにもせず、なにも言わず、ただ鍵と書類を返して帰っていったが、そんなはずはない。
(おれがしたことを思えば、復讐するのも当然だ。ヘンリーのことだから、計算された復讐を仕掛けるはず。そう言えばヘンリーは笑っていた! そう言えば「必ズ復讐スル」って言われた気がする!)それは、アンダーソンの思い込みだった。
ヘンリーは顧客や従業員に期待されることに疲れていた。アンダーソンに裏切られて、一時は怒りもしたが、よく考えると渡りに船だった。責任から解放され、「私は自由だ。これからなにをしよう?」と思ったとき、ヘンリーは笑ってしまった。
ヘンリーは給仕の仕事を楽しんでいた。
(思えば私は前に出すぎていた。こうやって一歩退いて支えていれば、アンダーソンと対立することもなかっただろう。そういえばアンダーソンが私の周辺を探っているようだが、なぜだろう?)
ヘンリーにとっては、終わった話だった。しかしアンダーソンにとっては現在進行中の復讐だった。だれも信用できなくなったアンダーソンは、ささいな病気がもとで死んでしまった。
強欲な男と言われたアンダーソンだが、彼は彼なりに罪悪感があったのかもしれない。アンダーソンはヘンリー(良心)を追い出したことで、破滅してしまったのだ。今夜、私立探偵(バートラム)がやってきて、ヘンリーに「なにをしたか?」と問いかけた。「なにもしていません」が正解だが、そう答えればアンダーソンは嘲笑される。ヘンリーも正直者と賞賛されたくない。アンダーソンは友達だった。喧嘩別れしたが、もう終わったこと。一方的な被害者も加害者もない。
「心の平和を盗んでやりました」
それが求められる答えだった。
ヘンリーとアンダーソンはいいコンビだった。楽しい思い出もいっぱいある。この写真が残っていたら、アンダーソンはヘンリーの影に怯えることはなかったかもしれない。
それだけ強い影響を与えてしまったことは申し訳ないが、ちょっぴり嬉しくもあった。
※ヘンリーは目を開けてない(→真実を語ってない)
動画制作について
今回はコメンタリーのように、シーンごとに解説しよう。
二次創作宣言
【ゆっくり文庫】がパブリック・ドメインにこだわる理由は、商業作品の二次創作は権利者の要請で削除されちゃうし、二次創作を嘲笑するコメントも見たくないからだ。なので言い訳を弄してきたが、意味がないのでメッセージに差し替えた。【ゆっくり文庫】は様々なクリエイターの素材を組み合わせたものだから、原著がパブリック・ドメインかどうかで、問題のすべてが片付くわけじゃなかった。
※ゆっくり文庫は二次創作です
黒後家蜘蛛の会の創設
冒頭で黒後家蜘蛛の会が創設された経緯を紹介した。これは同時にヘンリーが居場所を得た瞬間でもあるから、「会心の笑い」の冒頭で紹介したかった。「日曜の朝早く」の視聴後なら、感慨深いものがあるだろう。つくづく「会心の笑い」はシリーズ第一話に向いてない。
※ラルフ・オッター(みま)とドレイク夫人(こあくま)
ラルフ・オッターは名前のみ言及される創始者で、一度も出席していない(のちに亡くなっていたことが明かされる)。写真がほしかったので、東方旧作の魅魔(みま)を配役した。知名度は低いが、東方ファンなら納得するだろう。東方旧作を知らなくても問題ない。
ドレイク夫人は小悪魔(こあくま)。別作品のため用意したものだが、ハマった。これまた東方ファンなら楽しめる配役だが、知らなくても問題ない。
※ゆっくり文庫版:こあくま
アヴァロン、トランブル、ドレイクの3人が黒後家蜘蛛の会の最古参メンバーになる。トランブル(魔理沙)は古参のイメージが弱いが、まぁ、やむなし。原作のトランブルはきわめて攻撃的だが、思いやりのある人物でもある。このあたりを表現するのは難しい。
3人はヘンリーを一方的にメンバーに組み入れる。現代人の感覚だと、取引先が「プライベートでも仲良くしよう」と言ってくるようなニュアンスもあるが、彼らはセレブであり、トランブルは傲慢で、1970年代だから、これはこういうものだろう。
ヘンリーは財産や身分を失ったが、人柄は認められた。もしヘンリーが成功した実業家で、ゲストとして招かれたら、このような友情はなかったかもしれない。人生、悪いことばかりじゃない。このときヘンリーは過去と決別できたのかもしれない。
※念のため断っておくと、原作にこういうシーンはない
私立探偵バートラム
「黒後家蜘蛛の会」に招かれるゲストは、必ずしもホストと親しい間柄じゃない。セレブのパーティーって、よく知らない人を招くことが普通なんだろうか? わからない。
私立探偵バートラムの印象はよろしくない。彼はヘンリーと話すためアヴァロンに接近しただろうから、不純なゲストと言える。なので人当たりはいいが信用できないキャラクターとして、早苗を配役した。鹿撃ち帽をかぶせたことで、アイリーンの印象と重なる。早苗が男性キャラを演じることに抵抗もあったが、ゲストの席に座らせると見事にハマった。
※笑顔が魅力的だが、信用できないぃぃぃぃ!
バートラムは黒後家蜘蛛の会メンバーではなく、ヘンリーに向かって話しかけている。メンバーの知恵など、そもそも期待していない。真意をふまえて鑑賞すると、印象が変わるだろう。本人をまえに本人の過去を話すのだから、バートラムも神経が太い。
このような人物に真相(なにもしていない)と言っても納得しなかっただろう。
アンダーソン
アンダーソン→悪人→アリスは、当然の帰結。ふと、アリスの心の平和→上海人形、であることに気づく。これはただの遊びで、深い意味はない。なにが盗まれた?→なにも盗まれてない、という直結を避けたかった。登場人物は気づかないが視聴者には見えている「志村うしろ!うしろ!」状態だから、たぶん注意が逸れるだろう。
どうやって上海を盗むか悩んだが、ジャクソン→ヘンリー→十六夜咲夜→時間停止、と気づいて解決した。ホームズ「六つのナポレオン」の推理演出は、これの応用だ。
※なにが盗まれたのか?
※上海人形はお遊び
アンダーソンの蒐集癖は「握り屋」と訳されたため、最初は意味がわからなかった。アンダーソンの屋敷はマニアのカオス状態なのだろう。フラットアイコンを並べて表現してみたが、うまくできたと思う。
※アンダーソンは握り屋
ジャクソン
小説なら簡単だが、映像で顔を伏せるのは難しい。ふと、妖夢が咲夜と同じ色の髪で、メイドバージョンがあって、アリスとペアになれることに気づく。配置するとこれまたハマった。妖夢は善人にも悪人にもなるキャラクターだから、適役だった。動画制作は、こうしてピースがハマっていく瞬間が楽しい。
※笑った(ように見えた)
※顧客も従業員もジャクソンの味方なら、アンダーソンはつらい立場だな
ちなみにバートラムが口にした「ジャクソン」は仮名で、ヘンリー・ジャクソンが本名と確定したわけではないが、まぁ、細かいことか。
おまけ
思いついた新解釈は、《おまけ》として表現することにした。「バートラムが帰ったあと、メンバーに真相を伝える」パターンも考えたが、しっくり来ないので控え室での独白となった。バックストーリーをすべて語るのは野暮なので、復讐の意図がなかったことだけ述べたが、真相がわかっただろうか?
※控え室での独白
- ジャクソンは激怒して、「必ズ復讐スル」と言った。
- 会心の笑いを浮かべているのを見た。
「なにかが盗まれた」とみなす根拠は、どちらもアンダーソンの証言でしかない。
バートラムはヘンリーの境遇を憐れに思ったから、復讐もあり得ると思った。
ヘンリーは自分を正直者とは思っておらず、ウソをつくこともあると明言している。
なので私はこの解釈もあり得ると思うのだが、いかがだろうか。
エンドカード
ロード・柚子メロイⅡ世さん(@citronvinegar)さんに支援絵を描いてもらったので、エンドカードに使ってみた。いささか唐突だが、こういうのもアリだろう。
【ゆっくり文庫】を題材とする支援絵は数点あるけど、シリーズ物でないとエンドカードに使えない。そもそも動画に掲載していいかもわからない。番外編で紹介できたらいいな。
雑記
原作を読んだ人は、「会心の笑い」が動画に不向きなストーリーであることに気づくだろう。しかし原作を読んだ人ほど、《おまけ》のどんでん返しに驚くはず。たぶん。【ゆっくり文庫】の視聴者には、原作を読んだ人、読んだけど忘れちゃった人、これから読む人、読んでない人、別作品と勘違いしている人が交じるから、反応が予測できない。
制作者としては、原作→動画の順がもっとも楽しめると思うが、どうだろう。
「黒後家蜘蛛の会」シリーズは妙に好評だが、制作するのはあと1本。公開はずっと先なので、本を買ったのに読んでない人は、まぁ、読んどいてください。