【ゆっくり文庫】H.G.ウェルズ「新加速剤」 The New Accelerator (1901) by H. G. Wells
2022年 ゆっくり文庫 SF イギリス文学
112 時間は止まってない──
ジバーン教授はあらゆる活動を早くする「新加速剤」を発明した。たまたま訪れた新聞記者と試してみたところ、あまりのスピードに周囲が止まって見えた。
経緯について

H.G.ウェルズ
(1866-1946)
小学生のころ、図書館でH.G.ウェルズ「タイムマシン」を読んで夢中になった。このとき江戸川乱歩「少年探偵団」も読んでいた。SFとミステリー。幼少期にふれた文学は、一生影響するようだ。私は幸運である。
「タイムマシン」を作ろうとしたが、うまく進められない。そこで短編を取り上げることにした。taironさんが「盗まれた細菌」を動画化したのもキッカケになった。
古典は、時代背景を踏まえないとおもしろさがわからない。ましてやH.G.ウェルズの作品は何度もコピーされているからヤバイ。たとえば「盗まれた細菌」はバイオテロの恐怖を描いた作品の始祖であるが、知らずに見れば「よくある話」になってしまう。逆だ。ウェルズが書いたから多くの人が気づき、刺激され、検討して、模倣され、洗練されていったのだ。
SFの前作「凍った旅」の反省も踏まえ、解説パートを前提に設計しよう。
コメンタリー
原作の語り部は教授の知人だが、自然に質問できるよう新聞記者にした。こうやって組み替えると、星新一っぽい。【ゆっくり文庫】は翻案のセンスを褒められるが、先人の技法をなぞっているだけなんだよね。
さて、東方Projectの発明キャラと言えば、河城にとり。薬品調合なら、八意永琳。しかし新素材がないため、チルノを抜擢。頭が悪いチルノに演じてもらうことで、教授に悪意がないことを演出したい。「らしくない」ことで伝わる意味があるだろう。
新聞記者は射命丸文、にしたいが新素材がないためきめぇ丸。いつものカップルになった。
※ジバーン教授と新聞記者
ジバーン教授は「G教授」や「博士」で足りるが、印象的なキャラクターなので名前を残した。「ジバーン印」とか、おもしろい。かたや聞き手に個性はないので、名前はつけなかった。
イントロ
新加速剤は偶然の産物である。当初考えていた加速剤じゃないから「新」と名付けたわけだが、そのへんの経緯は省略。後半に出てくる減速剤が「新」減速剤でないことが引っかかるが、まぁ、いいや。
「新加速剤を決闘に使えば有利。アンフェアかどうかは関知しない。」
このセリフがジバーン教授の人となりを示している。加速装置より、ジバーン教授のほうが恐ろしい。
原作と読み比べるとわかるが、だいぶ会話を刈り込んでいる。台本時点はもっと分量があったが、単調に感じたためだ。
さぁ、実験をはじめよう
※原作はあっさり薬を飲むけど、文庫版は覚悟を決める演出を加えた。新聞記者も少し頭のネジが飛んでいる。
加速状態
本作のキモは、加速状態の映像演出だ。画面を暗くして、青みを重ね、凍った効果をつける。科学的な裏付けはなく、「よくある表現」である。背景に流れる音は、じつは「くしゃみ」をスロー再生したもの。仮面ライダーカブトのクロックアップ中の効果音も試したが、長くループさせると耳が飽きてしまった。
※遠景、近景、人々の3つを重ねて奥行きを出している。
原作では公園を通って遊園地に向かうが、文庫版は大通りだけにした。
また原作のジバーン教授は突然、犬を放り投げる。効果が切れる前に復讐したかったのだろうが、情緒不安定で怖かった。文庫版ではイタズラに留めている。まぁ、じっさいマッハ9でイタズラされたら木端微塵だけど。
※原作挿絵。教授は情緒不安定?
※文庫版はイタズラで済ませる。
加速状態で走ると秒速2-3マイルに達する。これはマッハ9──極超音速 (hypersonic speed)に相当する。断熱圧縮で表面温度は1000度を超え、アルミも溶ける。衝撃波は数キロ先まで届く。地上で出せる速度ではない。首を傾げただけで屋敷が吹っ飛ぶ。
んが、速度を下げたところで、おもしろくなるわけじゃない。深く考えないことにした。
※原作では衣服が焦げただけで、燃えない。速すぎて燃えることができないわけだが、映像的に難しいので火の粉を散らした。
原作はぱっと通常の時間軸に戻ってくる(減速する)。それだと「周囲の人が急に出現した教授たちに驚く」「家まで戻る」というアクションが必要になるため、大惨事で暗転させた。つまり作劇上の要請であって、科学的な正確さを求めたわけじゃない。
また大惨事にしたことで、新聞記事は書けなくなり、かつ、そのことに思い至らない教授、という構図も作れた。
※衝撃波が追いついた。
反省しない会
ふたたび教授と記者の会話。教授はまったく懲りず、商品化を進めていた。ここで減速剤のアイデアが登場。やー、教授の科学力はすさまじい!
※減速剤ってアイデアがおもしろい。
むかし、「減速剤」を題材にした短編小説を読んだ。ある博士が減速剤を服用し、周囲の速さについていけなくなる。博士は悲観して、自殺を決意。しかし遺書を書くスピードがあまりに遅いため、彫像のように展示されている、というオチ。タイトルも著者も忘れてしまったが、怖かった。
そんな思い出があったので、減速剤の説明は原作より増やしてある。
※ネズミ視点では恐ろしいこと。
加速剤と減速剤
原作の加速剤は黄色が200倍、ピンクが900倍、白が2,000倍。白は判別しづらいので黒に。200と2,000が紛らわしいので、1,800に。加速は偶数、減速は奇数とするため、600倍に変更した。加速剤の現実効果時間はつねに1秒、これは原作ママ。減速剤は1時間とした。300倍減速剤は1時間が300時間になる。
※加速剤にウサギ、減速剤にカメをプリント。液体の色も変えて、識別しやすくなったと思う。
解説パート
霊夢ときめぇ丸で会話させたかったが、きめぇ丸は本編にも登場してるので、ひとり語りとした。解説パートは単調なので、セリフの早回ししている。
H.G.ウェルズについては、原爆の危険性を予見したら原爆が製造されたとか、世界平和を実現するプランが歪曲されて日本国憲法になったとか、やたらモテたとか、おもしろい逸話が山ほどあるが見送った。
※解説パートはほんと難しい。
雑記
いつものことだが、作っていくと情景が見えて、話が整理されていく。加速剤、減速剤の設定を整理して、それに合わせて素材を作り変えるのは大変だったが、作ってみないとわからないからしゃーない。
※サイボーグ009もまた見てね。
チルノがゴーグルをつけているのは、新素材にまだ自信を持てないから。
新素材はほんっとに悩んでる。これほど苦労すると思わなかった。