早朝の奈良井宿を歩く

2011年 長野県 #信州ドライブ 建物:日本家屋
[WGS84] 35.968409, 137.814588 - Google Earthで開く(kml)

早朝の奈良井宿を歩いてみた。

どの店も開いてないので、おやきや五平餅、ほう葉もちを食べることも、上問屋史料館や漆器の店をそぞろ歩くこともなかったが、まぁ、こんな旧道歩きもいいだろう。日中は会津西街道の大内宿と同じように、観光客でごった返すのだろうか。

パノラマ:早朝の奈良井宿

※パノラマ:早朝の奈良井宿

奈良井宿(ならいしゅく) - 中山道・木曽路最大の宿場町

江戸時代、江戸と京の都を結んでいた中山道には69の宿場があった(中山道六十九次)。奈良井宿は江戸から34番目。木曽路十一宿でもっとも標高が高く、「奈良井千軒」と言われるほど規模が大きかった。
余談だが、旧中山道といえば桶川宿の島村家住宅土蔵もそうだな。ここは、あの道の先か。
江戸の町並みが今も残っていると言うことは、つまり、近代化の波に乗り損ねたからだろう。それは残念なことだが、中途半端に開発されなくてよかったかもしれない。

木曽路十一宿

(至江戸)→贄川(にえかわ)宿→奈良井宿→薮原(やぶはら)宿→宮ノ越(みやのこし)宿→福島宿→上松(あげまつ)宿→須原(すはら)宿→野尻宿→三留野(みどの)宿→妻籠(つまご)宿→馬籠(まごめ)宿→(至京)

早朝の奈良井宿
※奈良井宿の町並み

早朝の奈良井宿
※奈良井宿へようこそ

出梁(だしばり)造り

奈良井宿の町並みは、国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されている。家屋は2階を少しせり出した「出梁(だしばり)造り」という独特の様式。梁の下にツバメが巣を作っているのが見えた。

早朝の奈良井宿
※2階の屋根がせり出している

早朝の奈良井宿
※ツバメの巣が

水場のある町

宿場内には点々と水場があった。見つけるたびに喉を潤したが、飲用に適さないところもあった。まぁ、いいや。かつて水場は情報交換の場でもあったそうだが、あいにく早朝で人がいなかった。また水場があると、わずかながら建物同士に間隔が空くため、火災時の延焼防止に役立ったそうだ。
郡上八幡や島原のように、水場のある町はいいね。

早朝の奈良井宿
※点々と水場がある

早朝の奈良井宿
※最近じゃ珍しい赤い郵便ポスト

早朝の奈良井宿
※半端に近代

早朝の奈良井宿
※コスモスのガチャガチャ

早朝の奈良井宿
※まだ人の気配がない往来

早朝の奈良井宿
※火の見櫓

早朝の奈良井宿
※アサガオを撮っていたので、バッタに気づかなかった

早朝の奈良井宿
※神明宮の鳥居

早朝の奈良井宿
※手水場(ちょうずば)の蛇口

折り返し

奈良井宿は上町、中町、下町の3つの街区に分かれている。私たちは下町から中町まで歩いて、鍵の手で折り返してきた。
鍵の手はあえて通りを曲げることで、戦争時に軍勢が一気に入り込まないようにする構造のこと。萩でも見たな。奈良井宿の鍵の手には、鳥居や石碑が建っていて、町の区切りのような雰囲気になっていた。

奈良井宿 鍵の手
※奈良井宿の鍵の手

早朝の奈良井宿
※観光客は線路を渡らないように

早朝の奈良井宿
※マンホール

奈良井宿を去る前に、二百地蔵も見てみよう。