[妄想] インセプション / 外伝 サイトーは妻の夢を見たか?

[妄想] インセプション / 外伝 サイトーは妻の夢を見たか? 妄想リメイク
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映画『インセプション』を見て、サイトーのことが気になった。主人公はコブだが、物語を動かしているのはサイトーだ。サイトーの目的はライバル企業を衰退させることだが、そのために犯罪者を匿ったり、夢の中まで同行するだろうか? コブのエクストラクション(夢の中からアイデアを盗み出す)を回避して、禁じ手のインセプション(夢の中でアイデアを植え付ける)を知っていたことも不自然。サイトーには、べつの目的があったのではないか?

てなわけで、そのへんのサイドストーリーを妄想してみた。

ストーリー

青春の終わり

若かりしころ、サイトーは陶芸家を目指していた。しかし大学でサヨコという女性と出会ったことで、運命は大きく変わった。サヨコは世界的な大企業、プロクロス・グローバル社の創業者一族の娘。サヨコとの結婚は、創業者一族に忠誠を誓い、企業戦士になることを意味していた。サイトーはサヨコを愛していたから、運命を受け入れた。

サイトーは創業者一族に忠誠を誓った。

頂点に立った

サイトーは有能な企業戦士になった。相手の先の先を読んで、あざやかな手口で出し抜いていく。敗者が賞賛するほどの辣腕である。ほどなくサイトーは経営陣の一角に抜擢された。「縁故採用の婿養子」と揶揄する者はいなかった。賞賛の中には、こんな囁きもあった。

「さすが先代が見込んだ方だ」

サイトーがサヨコと結婚したのは、ひとえに愛し合っていたからだが、愛だけで結婚できるような一族ではない。先代社長はひそかにサイトーを調査して、その有能さを認めていたらしい。それはサイトーも知らない話だったが、気にしなかった。サヨコを愛していたし、仕事も楽しかった。サイトーは人生に満足していた。

だが、昔の友人たちは戸惑っていた。
「なぜ陶芸を捨てたんだ!」
「どうして無慈悲な企業買収ができるのか?」
「まるで別人になってしまった」
なにを言われてもサイトーは気にしなかった。絶対の自信があった。

企業戦士として辣腕をふるう。

芽生えた疑念

サヨコが病気で急逝。サイトーは一ヶ月の休職を申し出た。妻の死を悼んでことではない。サヨコはいまわの際に、奇妙なことを口走ったのだ。

「インセプション。ごめんなさい」

サイトーは調べた。
インセプションとは、ドリームマシンによる治療法の1つで、任意のアイデアを潜在意識に植え付けること。20年前にマイルズ教授が基礎理論を発表したが、現在も実用化されていない。もっともドリームマシン研究は米軍の管理下に置かれているため、その成果は伏せられている。マイルズ教授も資料を接収され、いまはフランスの地方大学に追いやられていた。

自分には関係ない話と思ったが、思わぬところに接点があった。20年前、サヨコはマイルズ教授の娘・モルと親交があったのだ。当時、モルは父親の研究を成功させるため、被験者を求めていた。サヨコには、どうしても心を掴みたい男がいた。

そして男は、別人に変貌した。

導き出される答えは1つ。

自分はインセプションされたのか?

揺らぐ自信

1年後、サイトーは以前と変わらず働いていたが、疑念は払拭できなかった。

(サヨコは私にインセプションを仕掛けたのか?
 私が陶芸の道をあきらめ、冷徹な企業戦士になったのは、
 潜在意識にアイデアを植え付けられたせいか?)

悩んでいても、サイトーの手腕は衰えなかった。サヨコがいない今、仕事をする意味もないのに。私はサヨコを愛していたのか? 企業戦士になるよう、洗脳されたのか?

ターゲットはコブ

サイトーは調査をつづけた。
モルは、マイルズ教授の門下生だったコブという男と結婚した。ふたりはドリームマシンの研究をしていたが、ある日、コブはモルを殺害して国外逃亡した。いまはドリームマシンを使った企業スパイになっているらしい。

しかし事情通は、べつの見解をもっていた。
コブとモルは、ドリームマシンで到達できる夢の最深部──虚無(Limbo)にダイブした。夢の中では時間が何十倍ものスピードで経過する。コブとモルは虚無で200年を過ごしたが、なんとか現実に帰還できた。このときコブは、モルにインセプションを仕掛けたようだ。おかげでモルは目覚めたが、副作用として現実感を失い、自殺してしまったのだ。

研究員はコブの無罪を訴えたが、証拠は採用されなかった。一連の流れは、コボル社の関与があった可能性がある。コボル社は、優秀なダイバーであるコブを使役するため、有罪を確定させ、逃亡を手引きしたわけだ。コブも気づいているだろうが、大企業の支配に打ち勝てるはずもない。

サイトーはコブに同情しなかった。同じような手口で破滅させた相手がごまんといるからだ。しかし現状、インセプションを知っている人間はコブだけ。コブに接触する前に、こちらも準備しておこう。

手がかりはコブ。

マイルズ教授の訓練

サイトーはドリームマシンの知識を得るため、マイルズ教授に連絡した。
「ドリームマシンを使った企業スパイ対策について、アドバイスを受けたい」
最初は訝っていた教授も、サイトーに説得されて引き受けてくれた。

サイトーは、マイルズ教授も驚くほど精神のコントロールに長けた人物だった。夢の中で夢を自覚したり、心理防壁を展開するすべを短期間で習得してしまった。

「それはなんだね?」
「これは、ハシオキです。妻が私のために作ってくれた陶器です。これを私のトーテムにしようと思っています」
「なるほど。ポケットに入るし、ちょうどいいサイズだ」
「えぇ」

「意識とはなにか、わかるか?」
「わかっているつもりですが、説明できません」
「そうなのだ。誰もが自分の意識を認識できるのに、それを他者に示したり、定量的に計測することはできない。素粒子から宇宙の果てまで観測している人間が、じつは観測者の意識を観測できないというのは、奇妙な話だ」

サイトーは黙って聞いている。
「ドリームマシンも同じだ。観測者の意識が干渉するため、他者の意識をそのまま見ているわけじゃない」
「なぜ、その話を?」
「とくに意味はない。ただ、なにかのヒントになるかもしれないと思ってね」
「ありがとうございます」

サイトーは謙虚に答えた。

マイルズ教授のもとで訓練した。

検証不可能

交流する中で、サイトーはマイルズ教授に好意をおぼえた。そんな人物に娘の犯罪を暴くようなことは言いたくなかったが、サイトーはどうしても知りたかった。

ある日、サイトーはマイルズ教授に事情を話した。
「いかがですか? 娘さんが私にインセプションをかけた可能性はありますか?」
マイルズは誠実に答えてくれた。
「可能性は、ある。
 20年前、モルが企業の依頼を受けてドリームマシンを使ったことは事実だ。
 しかしなにをしたか、記録は残っていない。
 あのころのドリームマシンはお粗末な実験器具だった」
「教授が私にダイブすれば、わかりますか?」
「無理だ。
 インセプションによって植え付けられたアイデアは、自分で閃いたものと区別できなくなる。それに私が、こうあってほしいと思うものを見てしまう恐れもある」


ふたりは沈黙した。
サイトーが口を開いた。
「教授は、コブの無実を信じているのですか?」
「あぁ」
「どうして?」
「アメリカを脱出したあと、コブはこの教室にやってきた。そしてドリームマシンで自分の夢を見てくれと言い出した。私は彼の夢にダイブした。夢の中で、娘に会った。モルは狂気を帯びていて、あやうく殺されるところだったよ。コブの記憶するモルは、コブの証言したとおりだった」
「それは、コブが意図的に見せたビジョンである可能性は?」
「そうかもしれない。そうでないかもしれない。ドリームマシンで、裁判所に提出できるような証拠は得られない。コブも承知しているが、ほかに方法がなかった」
「……」
「コブは繰り返し繰り返し、モルのことを思い出している。罪悪感がそうさせるのだろう。モルの死が事故であれ、自殺であれ、なんであれ、コブは悔いている。それで十分だ」

サイトーは黙って聞いている。

「学者の私が言うのもおかしいが、疑いつづけているかぎり、真実は得られない。真実は探すものではなく、突きつけられるものだ。私は見たものを受け入れる。疑惑を抱えたまま死ぬのはいやだった。娘は失ったが、息子と孫が残った。そう考えたい」

歯車が噛み合うとき

新幹線で移動中、サイトーは秘書から報告を受けた。部下のカネダが企業スパイ(コブ)に襲撃されたようだ。サイトーはこの事態を予測しており、次に自分が狙われるよう、仕向けてあった。

窓の外を見ながら考える。

(遠からず、コブは私の夢に入ってくるだろう。私は夢の中で彼を捉える。そして彼に、インセプションをやらせてみよう。私もコブという人間を見定めるのだ。)

眠くなったサイトーは目をつむった。そのとなりに、コブが座った。

ウサギを捕まえた。

インセプション

サイトーはコブにエクストラクションをかけられるが、夢の多重構造を見抜いて窮地を脱した。その後、コブを捕捉したサイトーは、あらためて「仕事」を依頼した。ライバル企業をつぶすため、跡取り息子のロバートに父親の帝国をつぶすアイデアを植え付ける(インセプション)のだ。コブはいやがったが、無罪放免をエサに承諾させた。

サイトーはコブを観察した。インセプションを見届けるため、夢の中にも同行する。

ところがロバートは特殊な訓練を受けており、予想外の抵抗を受けた。サイトーも被弾し、身動きが取れなくなったが、ほかのメンバーの行動は追跡できた。
コブは優秀だった。ロバートは父親の帝国を崩壊させるだろう。外部から操作されたと気づかずに。そうすることが正しいと信じて。

それは同時に、サイトーに絶望をもたらした。

(おれの意識は書き換えられている。
 サヨコへの愛も、仕事への情熱も、インセプションされた結果だった。
 おれの人生に、意味などなかった)

サイトーの意識は虚無に落ちた。

危険を承知でダイブする。

忘却の海岸

あれから何年、何十年が経っただろう?

海岸にそびえる屋敷で、サイトーは物思いにふけっていた。いや、なにも考えていない。サイトーはだれも信じない。自分自身さえ信じない。サイトーの心は枯れたのに、肉体は頑健で、120歳を超えても死神の誘いをはねのけた。生きている意味などないが、つらいと感じることもない。そんな日々だった。

ある日、警備の男が、不審者を連れてきた。
「私を殺しに来たのか?」
「……」若い男は答えない。
「誰かを待っていた」
「………」
「夢で会った男か?」
「………」
「コブか? ばかな。あの頃は若かった。もう老いぼれた」

意識を閉ざそうとするサイトーに、コブが話しかけた。
「後悔を抱えたまま、孤独に死を待つのか?」

サイトーの身体が震える。
「会いに来た。思い出してほしい。あの頃のあなたを」

コマがまわっている。いつまでも、いつまでも。

「ここは現実じゃない。一緒に還ろう」

サイトーはピストルを受け取った。

偽りの人生を歩んでいたのか。

ロサンゼルス空港

飛行機の中で覚醒したサイトーは、コブの犯罪歴を抹消するよう連絡した。

空港にはマイルズ教授も来ていた。サイトーが事前に連絡しておいたのだ。サイトーは、インセプションが失敗するところを見たかった。身勝手な依頼だったため、成否にかかわらず報酬を払うつもりだった。

帰ろうとするサイトーに、マイルズ教授が声をかけた。
「サイトーさん。待ってくれ。興味深いものが見つかったんだ」
「なんです?」
「30年前に使われたドリームマシンの写真だ。ほら、シートが小さいだろう? きみの体格に合わない。それに調合された薬品のレシピから、被験者は年配者と推測される」
「どういう意味です?」
「こんな解釈はどうかな? サヨコさんがインセプションを仕掛けた相手は、父親だった。先代社長にきみと認めさせ、結婚の許可をもらうために」
「なるほど。そういう解釈もありますね。義父は私を過大評価していた。私が動きにくくなるほどに。サヨコが詫びたのは、私の才能を信じ切れず、邪魔してしまったから?」
「そうかもしれない。きみが求めていた真実だろうか?」
「どうですかね。真実は突きつけられるものですから。少なくとも今は……」
「今は?」

サイトーはポケットから、陶製のハシオキを取り出し、ぎゅっと握りしめた。

「後悔しながら、死を待つことはない。私は仕事が好きだし、妻のことも愛している」
「そうか」

コブたちに呼ばれて、マイルズ教授は去っていった。サイトーは踵を返すと、携帯電話を手に取った。

「私だ。これから本社に戻る。あぁ、わかっている。忙しくなる」

サイトーは笑っていた。

見えないところで1人の男が救われた。

《おわり》

あとがき

 悪くないサイドストーリーだと思うけど、どうだろう?

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