第75話:恐怖の引き継ぎ

第75話:恐怖の引き継ぎ ショートショート
第75話:恐怖の引き継ぎ
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「ハードな仕事だって、言っておいたよね?」
 着任早々、一ヶ月で辞めたいと言い出した若者に、私は強い口調で言った。
 若者は「すみません」を繰り返すばかり。これまで辞めていった多くの若者と同じように、説明も弁解もない。これじゃ話にならない。
「理由はなんです?
 仕事はきついかもしれませんが、残業代は出るし、なによりキクチさんは一流のプログラマだ。いっしょに仕事をすれば、得るものは大きいでしょう?」
 若者は黙りこくっている。
 こりゃ駄目だ。また募集をかけないと……。


 わが社が運用するサーバのうち、1箇所だけ人が居つかない。
 いまはキクチという男が配属されているが、1人では心許ない。そこで交代要員を募集するんだけど、どいつもこいつも短期間で辞めてしまう。条件は悪くないのに。


「仕事は、つらくありません」
 ふいに若者がしゃべりはじめた。
 なんだ、会話がつづいていたのか。近ごろの若者は、コミュニケーション能力に難アリだ。
「キクチさんはすごい技術者です。短期間でしたが、すごく勉強になりました。
 でも、こ、怖いんです……」
「怖い?」
 しかし若者は詳しく語らない。私は嘆息した。
「やれやれ、きみも「出る」とか「見た」って言うのかい?
 あのサーバ室には幽霊が出るって噂があるけど、電子部品のカタマリであるサーバに幽霊やら妖怪やらが憑くかね。ああいうのは、もっと自然界にいるんじゃないの?」
 すると若者は小さな声でつぶやいた。
「いえ、……は怖くないです」
「なんだって?」
「幽霊は出ます。なんと言おうと出ます。
 それはいいんです。仕事ですから、堪えられます」
「それじゃ、なんで辞めるのさ?」
「……」
「なんだって?」
「……」
「え? なに?」
 がばっと顔を上げて、若者は訴えた。
「キ、キクチさんが怖いんです!
 あんな環境で、あんな質の高い仕事ができるのはおかしい。次に破損するディスクを予測できるはずがない。わからないことを幽霊に相談して、その答えが適切なのも異常です!
 技術は覚えたいし、仕事も失いたくない。
 でも異常なことを、異常と思わない人になりたくないんです!」
 目が血走っている。
 近ごろの若者は、コミュニケーション能力に難アリだ。
 異常に慣れるのも仕事のうちだ。
 私はすっかり慣れた。だからキクチが7ヶ月もサーバ室から出てこない事実を、なんとも思っていない。

(959文字)
「先輩から技術を学びたいが、先輩のようになりたくない」という話から思いついたネタ。最初は「ハードな仕事をなんとも思わない奴隷になりたくない」という路線で書いたが、リアルすぎるので、幽霊という要素を加えてみた。幽霊がいる会社より、幽霊がいることをなんとも思わない会社の方がイヤだなと思った。

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