浦上天主堂 / 被爆した教会

2009年 長崎県 建物:教会
[WGS84] 32.776141, 129.868395 - Google Earthで開く(kml)

平和公園から歩いて、浦上天主堂に向かう。

長崎で見る最初の天主堂(教会)。このあと長崎と福江でたくさんの天主堂を見ることになるが、このフォルムが多かった。天主堂という呼び名といい、東日本の教会とは少し傾向がちがうようだ。

浦上天主堂
※平和公園から見える浦上天主堂

被爆した教会

浦上天主堂(Urakami Cathedral)は、キリシタン弾圧に耐えぬいた信徒たちが、1895年(明治28年)から24年の歳月をかけて建てた東洋一の大聖堂だった。しかし原爆投下によって原形を留めぬほど破壊されてしまう。このとき教会にいた信者は全員死亡している。
天主堂の遺構は貴重な被爆資料だったが、1)信者たちが現地に再建を希望したこと、2)長崎市がアメリカに配慮したこと、から破壊・撤去されてしまう。一部外壁は平和公園に移設され、また堂の前に被災した天使像もあるが、もし遺構を現地に残していたら、広島の原爆ドームのような遺構になっていたかもしれない。

浦上天主堂
※原爆で焼かれた天使像

日本最大のカトリック教会

1959年(昭和34年)、現在の浦上天主堂が新築される。その後、司教座聖堂(カテドラル)となった。所属信徒数は約7千人で、日本最大のカトリック教会である。キリシタン弾圧の地にある教会が最大規模とは知らなかった。

浦上天主堂
※ロマネスク式の大天主堂

浦上天主堂
※正面より

浦上天主堂
※けっこう大きい

青い光に満たされていた教会内部

あいにく教会内部は撮影禁止。ステンドグラスによって、青い光に満たされていた。キリストの生涯をつづったステンドグラスが見事だった。屋内からだと本当に光っているように見える。

浦上天主堂
※お見せできない

浦上天主堂
※外からちらりと

■浦上天主堂
[所在地] 長崎県長崎市本尾町1-79
[連絡先] 095-844-1777
[営業時間] 営業期間 公開 : 9:00~17:00
[休業] 月
[創建] 1914年

稲佐山から見た浦上天主堂
※稲佐山から見た浦上天主堂(2月6日)

このあと浜口町から桜町に移動、長崎市役所で食堂の位置を確認する。ついでに長崎市立図書館を見ようとしたが、道をまちがえてしまう。GPSがあっても迷うときは迷う。公会堂前から長崎駅前まで電車に乗って、ロッカーの荷物を回収。ふたたび公会堂前にもどってきて、今日から二晩泊まる宿、長崎インターナショナルホステルにチェックインした。

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