[妄想] いばらの王 -King of Thorn-

2011年 妄想リメイク
[妄想] いばらの王 -King of Thorn-

世界が終わり、私がはじまる──

まえがき

アニメ映画『いばらの王 -King of Thorn-』を自分なりに再構築してみた。例によって基本ラインはオリジナル(映画)に準じるので、人物描写やアクションは大幅に省略した。映画の映像を思い出しながら、それを補完するように読んでもらえるとさいわいだ。


1. 望みを未来に託して

カプセルの闇:目覚め

いばらの王 -King of Thorn-

「私の分まで生きて... カスミ...」
 暗闇に声が響く。空中に浮かぶもう1人の自分。双子の姉、シズクだ。
(どうして泣いてるの? 私、またなにか悪いことをした? ねぇ、シズク......)
 手を伸ばすと指がガラスに当たった。シズクに見えたのは、カプセルに映った自分自身だった。ふたが開いたので半身を起こす。ここはどこ? CSCCの文字を見て、記憶がつながる。

(そうか、私、コールドスリープしたんだ)

回想:終わる世界

いばらの王 -King of Thorn-

 近未来、人類は謎の石化病《メドゥーサ》によって滅亡の危機に瀕していた。
 メドゥーサ、正式名称:ACIS(後天性細胞硬化症候群)。S級伝染病であり、30~60日の潜伏期間を経て発病すると12時間で死に至る。致死率は100%である。
 病気の正体は皆目つかめなかった。人体が石化する仕組みもわからない。伝染経路も不明。密閉された室内にいても感染した。そのためオカルト説、宇宙飛来説、新型兵器説が飛び交ったが、不安を煽るだけで事態を好転させることはなかった。

 そんな中、ヴィナスゲート社がコールドスリープカプセルセンター(CSCC)を発表した。コールドスリープ中はメドゥーサの活動が止まるので、治療法が確立される未来に希望を託すことができる。施設の収容限界は160人だった。

回想:シズクとカスミ

いばらの王 -King of Thorn-

 世界から160人の幸運な感染者が集められた。その中にカスミの姿があった。カスミは日本の女子高生。双子の姉シズクとそろってメドゥーサに感染した。両親は暴動で殺された。このまま姉妹で死ぬのも悪くない。そう思っていたが、CSCCの抽選にカスミだけ選ばれてしまった。
「神さまは意地悪ね。私たちが双子と知ってて、ひとりしか選んでくれないんだから」
「私はラッキーだったと思うよ。私たちは一卵性双生児だから、生物学的には同一人物なんだから」
「シズク。そういうことじゃなくて」
「カスミ。あなたは生き残るのよ。絶対に」
 カスミはシズクに付き添われ、CSCCにやってきた。社長の説明を聞き、検査を受け、最後の自由時間になった。崖の上でシズクに別れを告げる。
 にっこり微笑むシズク。それが、最後の会話だった。回想おわり。

カプセルルーム:異変

いばらの王 -King of Thorn-

 カスミはメガネをかけ、カプセルから出ようとした。手に痛みが走る。いばらのトゲ。よく見ると、カプセルルームがいばらに覆われていた。次々にカプセルが開いて、人々が起きはじめる。
「いま何年だ?」「治療法は見つかったの?」「世界はどうなった?」「なぜスタッフがいない?」「電話がつながらない」
 騒然となる中、奇怪なモンスターが人々を襲った。カプセルルームは阿鼻叫喚の地獄になった。人々はエレベーターに押し寄せたが、潜んでいたモンスターに喰われて全滅した。

2. 悪夢の城

連絡通路:推測

いばらの王 -King of Thorn-

 通路まで逃げ延びたのは、少女(カスミ)、囚人(マルコ)、警察官(ロン)、子ども(ティム)、看護婦(キャサリン)、技術者(ピーター)、上院議員(ペッチノ)の7人。状況はわからないが、治療法が確立したわけではなさそうだ。CSCCは人工知能(ALICE)によって運営されている。人類が滅びても100年は大丈夫と言っていたが、いばらやモンスターを見るにもっと長い時間──千年か一万年くらい経っているのではなかろうか?
 いずれにせよ、このまま待っていても救助は来ないだろう。7人は自力で脱出することにした。

発電ブロック:ステージ2

 移動中、ふたたびモンスターの襲撃を受けた。逃げまどうパーティに、子どもがモンスターの性質や弱点を教える。
「これはゲームじゃない。馬鹿馬鹿しい!」
 子どもの指示を無視した議員が殺されたことで、警官は方針変更し、子どもの道案内をたのんだ。子どもはモンスターだけでなく、脱出ルートも知っていた。なぜかわからないが、今は従おう。ゲームはハッピーエンドらしいが、現実もそうなってくれるだろうか。

警備室:休息

 警備室を見つけた6人は、しばし休息を取る。傷の手当てをして、それぞれの思いを語る。看護婦と子どものいさかいから、警官が「生き残ったのはトラウマ持ちばかりだな」と指摘する。技術者は「まさに」とつぶやく。カスミはトラウマを訊ねられ、双子の姉を傷つけてしまった過去を明かす。あれ以来、シズクに恐縮してばかり。シズクはいつも笑ってくれたけど、ひょっとしたら、私を疎んでいたかもしれない。
「そんなことないよ。あんたは内向的に見えないよ。ちゃんと会話できてるじゃない」
「そうさ!」
 看護婦と警官に励まされ、真っ赤になるカスミ。技術者がじっと見ている。ふと、カスミはシズクのことが気になった。
(シズクにもトラウマがあったのかしら?)

いばらの王 -King of Thorn-

 武器・弾薬が手に入り、奮起する警官。囚人は出発する前に警備カメラのモニターログを見ていこうと言う。技術者がコンソールを操作する。カプセルルームのモニターログもあったが、技術者が隠してしまった。パーティは、CSCC各所のモニターログを見る。日付を見ると、コールドスリープから24時間しか経っていない。
「1日? たった1日で施設がこれほど荒廃するはずがない!」
「とにかく見てみよう」

3. 旧世界の抵抗

回想:モニターログ

いばらの王 -King of Thorn-

 コールドスリープした直後、アメリカ軍が強襲、施設を制圧した。職員が射殺されている。まるで戦争だ。その後、実験棟から大量のいばらとモンスターがあふれ出す。
「アメリカ軍はモンスター出現を食い止めようとして、失敗したのか?」
「わからん」
 モンスターはいま城を徘徊しているものとは形状・性質が異なる。燐光を放ち、銃弾が効かず、壁もすり抜ける。子どもが知るゲームにも出てこないようだ。
「まるで幽霊(ゴースト)だな」
「見ろ! 職員や兵士がゴーストに変化している」
「ゴーストに接触された人間もゴーストになるのか」
「目に見えるメドゥーサか?」
「馬鹿な」
「いや、正鵠を射ていますよ。見てください。ゴーストにならず、物理的に襲われる人もいます。おそらく、メドゥーサの感染者は変化しないのでしょう」
「どういうことだ?」
「正常と異常がひっくり返ったんだよ」
 ゴーストは分裂・増殖し、光の矢となって世界中に散っていった。残ったゴーストは、やがてモンスターとなり、徘徊しはじめる。いばらが城を覆い尽くし、外界から閉ざされた。これが、彼らが眠っているあいだに起こった出来事だった。

警備室:驚愕

 警官は「ありえない」と憤る。看護婦はメドゥーサ宇宙飛来説を引用し、滅びを受け入れる。子どもは脱出ルートを指さす。囚人は実験棟を見たいと言い出す。技術者は沈黙。カスミには意見がなかった。すべてシズクに決めてもらっていたから、なにをしていいのかわからない。死にたくないけど、生きたいとも思えない。

 警官が、通路のモニターログに技術者が映っていることに気づく。
「あなた、ヴィナスゲートの職員ね」
 看護婦が見ぬいた。

警官「それじゃ、感染してないのか?」
囚人「いや、感染してるだろう」
警官「職員なのに?」
技術者「この地球上に、メドゥーサに対して安全な場所なんてありませんよ」
警官「なぜ患者のふりをしてる? おまえがおれたちを起こしたのか?」
技術者「ぼくじゃない。ぼくはスパイと接触するため、カプセルルームに来たんだ。そしたらモンスターが出現して、大混乱になったから、トラブルを避けるため、患者の服に着替えたんだ」
警官「スパイ? なんだそれは?」
技術者「それは...」
警官「いえよ」

 技術者はカスミを人質にとって、ハッチを閉じてしまった。分断されるパーティ。カスミは抵抗したが、「お姉さんのことを話す」と耳打ちされ、したがった。カスミにとってシズクの行方は最優先事項だった。警官、囚人、看護婦、子どもはカスミを助けるため、迂回路を探した。

データ室:告白

いばらの王 -King of Thorn-

 落ち着いたところで、技術者が告白する。
「ぼくはCSCCの開発者だったんだ。職員はみな、人類の未来のために働いていた。でも会社の目的は逆だった」
「逆?」
「メドゥーサは、ヴィナスゲート社がまき散らしたものなんだ」
「......」
「ぼくは偶然、会社の機密文書を見てしまった。それによるとメドゥーサは、8年前、社長直属の研究チームがロシアで採取したものだった。いいかい。メドゥーサは細菌でもウイルスでもない。宇宙から飛来した精神寄生体なんだ。メドゥーサには物理法則を書き換える性質がある。夢を現実に変える、と言った方がいいかもしれない。だがメドゥーサに意志はない。宇宙を漂うだけの存在だ。人類との接触によって、メドゥーサは進化するんだ。
 多くの場合、宿主はメドゥーサに堪えきれず、肉体を元素変換されてしまう。ところがごくまれにメドゥーサに同調できる人間がいる。社長はそれを、《適合者》と呼んでいた。最初の適合者は、研究スタッフだったそうだよ。メドゥーサの影響は強く、ふつうの精神では堪えきれない。最初の適合者も発狂してしまった。そこで社長は第2の適合者を見つけるとともに、その精神を保護するシステムを開発した。それがCSCCなんだ」
「どういうことです? コールドスリープはうそなんですか?」
「コールドスリープは機能する。でも会社の目的は、世界中から適合者候補を集め、システムに接続することだったんだ」
 カスミはヴェガ社長の言葉を思い出した。

《ALICEは夢をも管理します!》

 カスミと技術者の会話を、囚人も隠れて聞いていた。
「機密を知ったぼくはアメリカ軍に通報。スパイを潜入させて、証拠をつかもうとした。だけど......なにかトラブルがあったようだ。アメリカ軍はいきなり施設を強襲したが、彼らもゴーストとモンスターに駆逐された。おそらく、社長の目的が達成されたんだ」
「目的?」
「つまり、第2の適合者が見つかったんだ」
「わ、わかりません。この状況は、誰かが望んだことなんですか? どうして? なんのために?」
「そ、それは、ぼくにもわからないが、たぶん、第2の適合者は、シズクだ」
「シズクが?」
「ぼくはカプセルルームできみに会った。いばらを従え、燐光を放っていた。きみだと思っていたが、雰囲気がちがう。あれは、きみの姉か?」

回想:カプセルルーム

いばらの王 -King of Thorn-

 スパイを覚醒させようとパネルを操作する技術者。ゲートが開いて、いばらを帯びたカスミが出現する。いばらに強打され、気を失う技術者。

「シズクが生きてる? ここにいる?」
 しばしの沈黙のあと、技術者が訊ねる。
「きみは、あの連中がおかしいと思わないか?」
「おかしいって?」
「彼らはどうして生き残った? エレベーターにモンスターが潜んでいることを知っていたとしか思えない。それに道案内の子ども、屈強の男2名、看護婦1名? できすぎだよ!」
「なにを言ってるんです?」
 技術者を突き飛ばすカスミ。その背後にモンスターが忍び寄る。技術者は、カスミをかばって殺された。
「こんなデタラメな世界に生きていたくない」
 カスミは逃げて、間一髪のところを囚人に救われた。

4. 外へ

貯蔵庫:岐路

いばらの王 -King of Thorn-

 貯蔵庫でパーティと合流する。なにがあったか話せないカスミ。不審な点が多い囚人。やむなく囚人が正体を明かす。彼がアメリカ軍のスパイだった。しかしアメリカ軍が強襲した理由や、現在の状況はわからない。ただ、アメリカ軍はかなり焦っていたから、なにをキッカケに実力行使に踏み切ってもおかしくない。
「任務を果たす。おれは実験棟に向かう」と囚人が言うと、
「私も行きます」とカスミ。シズクの消息を知りたいと言う。警官と看護婦がけんめいに説得し、矛先は囚人に向けられる。とりあえず全員で一度、城外に出ることで合意した。

脱出路:関わり

 歩きながら会話。カスミが囚人に問いかける。囚人には、軍の命令以外にも目的があった。ヴィナスゲート社に勤務する妹を見つけ出すことだ。妹の名前はアリス。CSCCを管理する人工知能と同じ名前だった。8年前、妹は社長となにかを発見した。とても重大な、人類史を変える可能性があると言っていたが、詳しいことはわからない。その半年後、会社から妹の事故死が伝えられる。説明はスジが通っていたが、信じられない。そしてメドゥーサが世界に蔓延した。なにか関係があるにちがいない。カスミが、技術者から聞いた話を伝えようとすると、囚人はわかっていると答えた。
「アリスはもう生きていないかもしれない。だが、真相は確かめないと」
 途中、ピンチに陥るが、警官が助けてくれる。警官死亡。なんとか城外へ。

 モニターログで見たとおり、城はいばらに埋もれていた。空中に光が舞っている。奇妙な光景。この世ならざる雰囲気。まるで夢のよう。ヘリコプターを見つけ、脱出の準備をする。カスミは崖でビデオカメラを見つける。

回想:カスミ

 カメラには、悶え苦しむカスミが中央ラボに運ばれる様子が撮影されていた。事情を知らない警備の人が騒いでいる。

「第2適合者だ! ラボに運べ!」
「な、なんだ、これ? 人間がモンスターに?」
「警備は下がれ! 撮影するな!」
 シズクが運ばれたあと、誰かが叫んでいる。
「だ、駄目だ。この施設は人間を怪物にするところなんだ。突入だ。軍を突入させろ!」
 これが、アメリカ軍強襲のキッカケだった。カスミは城に向かって走った。シズクを助けないと!

城外:囚人

いばらの王 -King of Thorn-

 囚人は後を追おうとするが、看護婦に妨害される。看護婦が問う。
「あの子を守ってくれるの? 自分より? 妹さんより?」
「あぁ!」
 看護婦と子どもは抱き合いながら石化。ヘリコプターは落下し、囚人は城の中に放り込まれた。カスミと合流する。

5. 眠り姫

悪夢:決意

 カスミは闇の中で、過去を思い返していた。シズクと過ごした日々。シズクに怪我させたことの負い目。コールドスリープの権利をゆずるため、手首を切った。シズクが怒った。シズクが泣いた。シズクが笑った。シズクは私をどう見ていたの?

 囚人の声で目を覚ます。カスミはいばらに包まれ、気を失っていたのだ。
「大丈夫か?」
 囚人の手がいばらのトゲで血まみれだ。その手に感謝を込め、気持ちを吐露する。
「私、怖い。シズクに会うのが怖い」
「怖いなら、会わなければいい」
「でも行かなくちゃ。シズクが悪い夢を見てるなら、私が起こさないと!」
 カスミの目に強い意志が宿っていた。囚人がほほえむ。

実験棟:管理室

いばらの王 -King of Thorn-

 囚人とカスミは実験棟に入る。中央研究室には、ヴェガ社長が待っていた。囚人が銃で威嚇し、カスミを研究室に行かせる。囚人と社長が対峙する。
「きみはアメリカ軍のスパイで、アリスのお兄さんだね。銃を向ける相手をまちがっていないか? あの少女がシズクに会えば、シズクは発狂する。それは世界の終わりを意味する」
「そうかもしれん。だが、いばら姫は目を覚ますべきなんだ」
「姫は目覚めたくないと言っているがな」肩をすくめる社長。
「なにがあったか、しゃべってもらおうか!」
「いいだろう。銃をおろしたまえ。ここに至り、私にできることはおしゃべりだけだ。役目を終えた者同士、最後の語らいをしよう」
 椅子に座ったまましゃべる。
「最初から話そう。8年前、私はアリスと、メドゥーサを発見した。メドゥーサは宇宙から飛来し、人類を進化させるタネだ」
「宇宙からの侵略じゃないのか?」
「見方によるよ。メドゥーサの飛来は今回がはじめてじゃない。我々人類も、猿の適合者が作り出したものかもしれないのだ」
「作り出したもの?」
「オルタナティブ、とでも言っておこうか。宿主のイメージが具現化したものだ」
「......」
「メドゥーサは特定の精神パターンに共鳴する。トラウマだ。ねじれた精神力は宿主の存在そのものを崩壊させてしまうが、まれにメドゥーサと適合する人間がいる。最初の適合者は私の助手であり、きみの妹──アリスだ」
「!」
「メドゥーサで世界を変える。それが私とアリスの願いだった。きみは信じないだろうが、彼女は自発的に実験に協力してくれたんだ。だがヴィナスゲート社の技術が足りず、アリスは死んでしまった」
「おまえが殺したんだ!」
「あぁ、そうさ。だが、きみに責められる謂われはない。彼女は望むものを手に入れた。彼女が不幸だったなんて、誰にも言わせない!」
「きさま!」
 銃口を向けるが、社長はたじろがない。気圧される囚人。ちらりと研究室を見る。カスミはどうなった?

実験棟:中央研究室

 研究室はいばらの巣となっていた。中央に誰かが横たわっている。
(あそこにシズクがいる!)
 駆け寄るカスミを止めたのは、シズクだった。裸身をいばらで覆っている。
「カスミ、こんなところにいちゃ駄目よ」
「あなたはオルタナティブ。シズクの心が作った偽物ね!」
「私は私」
「なぜ邪魔をするの?」
「私はあなたの望む私でありつづけ、あなたは私の望むあなたでありつづける」
「わからない」
「わからなくていい。あなたはここに来ちゃいけない」

実験棟:管理室

「つづけろ」
「アリスを失った私は、第2の適合者を探すべく、コールドスリープカプセルセンターを開設した。コールドスリープ中は意識を人工知能で制御できる。これで適合者への負担は軽減されるはずだ。システムの名称には、第1適合者の名が冠した。アリスが、第2適合者を守ってくれるだろう」
「......」
「コールドスリープ稼働直後、1人の少女がラボに運ばれてきた。なんという偶然。資格者リストにない少女が、第2適合者だった。さいわいシステムへ接続は間に合った。シズクは安定した状態で開花した。ところが、アメリカ軍が妨害した。愚かなことに、システムの電源を落としたのだ。ALICEの加護を失ったシズクは暴走。攻撃的なイメージを具現化し、世界と融合した。施設も、私たちも、《彼女》に掌握されてしまった」
「どういうことだ?」
「神は、いばらの奧に隠れてしまった。現実と向き合うことを恐れている。だから彼女を外に出すことにしたのだ」
「彼女? 誰のことだ?」

いばらの王 -King of Thorn-

実験棟:中央研究室

 要領を得ないシズクを押しのけ、カスミは繭の中を見た。シズクが横たわっている。その手首には包帯が。包帯があるのはカスミのはず。では、この遺体は誰? 私?
「思い出しちゃ駄目-!」
「私は......あのとき......!」

回想:崖の上で

 コールドスリープ稼働直前。崖の上でカスミは、シズクと無理心中を図った。
「ひとりで生きたくない。いっしょに死んで!」
 押し合いの末、崖から転落したのはカスミだった。シズクが絶叫し、メドゥーサが発現した。

いばらの王 -King of Thorn-

回想:シズクの過去

 シズクの心が見える。シズクの怪我はカスミのせいじゃなかった。コールドスリープの当選者も、本当はシズクだったのをカスミにゆずっていた。シズクにとってカスミはかけがえのない人だった。世界中の誰より大切に思っている。だから、生きてほしかった。たとえ自分が死んでも。
 しかし崖の上でシズクは理解した。ひとりで生き残ることは、身を犠牲にすることよりつらい。

回想:カプセルルーム

 暴走後、シズクはカスミのオルタナティブを作りだし、それをカプセルに運び入れた。すべてをなかったことにするために。ドアを開けたり、カプセルの操作をしていたのは社長だった。社長の下半身はいばらに変わっていた。

実験棟:管理室

「あんた!」
「そう、私もオルタナティブだ。本当の私は死んでいる」
「カスミを遠ざけようとしたのはシズクの意志か、あんたの独断か?」
「さぁね。私は自分の意志で動いているつもりだよ。きみと同じく」
「どういうことだ?」
「案内役、戦士、リーダー、看護婦、古い常識。私が選んだパーティだ。あの技術者がまぎれ込んだのは偶然だがね。東洋人の小柄な少女を守り、外へ導くよう、暗示をかけておいた」
「暗示? おれにも?」
「きみの行動もシステムに干渉されている。あの少女への恋心さえね」
「うそだ!」
「きみはアリスの顔を覚えているか?」
「当たり前だ!」
「ははは。そこに写真がある。見てみたまえ」
 写真を見て愕然とする囚人。
「これがアリス? おれの妹? ち、ちがう! これは!」
「だから言ったろう。メドゥーサは現実を書き換えると。きみは6年前に死んでいるんだ!」
「!」

脱出

 シズクとカスミが会話する。ふたりの声は同調し、自問自答しているようだ。
「「自分はどうなってもいい。あなたに生きていてほしかった」」
「「でもそれは、身勝手な押しつけだった」」
「「ひとりで生き残る勇気がなかった」」
「「世界を変えてしまいたかった」」
 ふたりは解け合い、そして分離した。
「「でも、今なら言える」」
「「あなたは私、私はあなた」」
「「だから生きる!」」

いばらの王 -King of Thorn-

 カスミが中央ラボから出てきた。メガネをしていないが、きちんと見えているようだ。社長と囚人をみて、静かに告げる。
「城が崩れるわ。ここを出ましょう」
「いいのか?」と囚人。
 こくんと頷くカスミ。納得する囚人。
「私は見送らせてもらうよ。動けないし、動きたくないからね」と社長。
 社長の脚を見てカスミは驚くが、無理強いはしなかった。
「ありがとう」とカスミ。
「さようなら」と社長。

6. エピローグ

城から離れた崖

 ふたりが城の外に出ると、タンクが爆発し、炎上した。
「世界はどうなったのかしら?」
「さぁね。ただ、もうメドゥーサの治療法を探す必要はないだろう。メドゥーサに感染しなかった人々をどう救うか。まだ救えるのか......」
「......」
「怖いか?」
「いいえ。だって、ひとりじゃないから」

 カスミが笑顔を見せた。

いばらの王 -King of Thorn-

《おわり》


あとがき

あいまいな表現を避け、情報を段階的に明かすよう心がけた。いささか冗長に感じるが、アクションを挟んでも尺は合うはず。尺の都合で切り詰めたりすると、やっぱり整合性は失われてしまうかも。
最大のテーマは、カスミの成長を描くこと。少年・少女を主人公とする映画は、やっぱりラストで成長を感じたい。