【ゆっくり文庫】クリスティ「そして誰もいなくなった」 And Then There Were None (1939) by Agatha Christie

2018年 ゆっくり文庫 イギリス文学 クリスティ ミステリー
【ゆっくり文庫】クリスティ「そして誰もいなくなった」
080 誰も信じられない──

孤島に集められた10名の男女。姿を見せぬ招待主のオーエンは、全員が人殺しであると告発。数え唄に見立てられ、ひとり、またひとりと殺されていく。オーエンはこの中にいる。



原作について

アガサ・クリスティ

アガサ・クリスティ
(1890-1976)

 クリスティの代表作であり、「クローズド・サークル」「見立て殺人」の代表的作品。ミステリーであるから、核心部分を避けて語ることはできない。まぁ、編集後記だから、すでに【ゆっくり文庫】版を見ているとは思うが、お断りを入れておく。

【注意】
以下はネタバレを含みます。

2つのエンディング

 最初に発表された小説版(1939)は、タイトルどおり10人全員が死んでしまう全滅エンドだった。のちに戯曲版(1943)が執筆されるにあたり、舞台の登場人物が全滅するのはまずいと指摘され、《大尉》と《秘書》が生き残る2人生存エンドに書き換えられた。あわせて《大尉》と《秘書》は無罪と変更される。童謡の歌詞が2種類あったことを利用したアイデアが素晴らしい。

 映像化作品では戯曲版(2人生存エンド)が採用されることが多いため、小説版(全滅エンド)に驚かれる人も多いだろう。私もそうだった。エンディングが2つあり、最後の最後まで分岐がわからないことから、「どっちのエンディング?」という楽しみ方もできるようになった。

「インディアン」は差別用語か?

 2018年現在、「インディアン」は差別用語にあたるため「小さな兵隊」に置き換えられている。兵隊は消耗品というわけだ。私は「10人のインディアン少年」「インディアン島」と憶えたため、「10人の小さな兵隊」「兵隊島」には違和感をおぼえる。また現代人の感覚で古典を改ざんすることにも強い抵抗感がある

 とはいえ発表時のタイトルは「Ten Little Niggers」であり、執筆当時でさえ問題視された。クリスティが存命中にも改題、改稿を重ねたわけだから、「黒んぼ」→「インディアン」→「兵隊」の置き換えが間違いとも言えない。

「そして誰もいなくなった」人形いろいろ
※「そして誰もいなくなった」人形いろいろ

 さらに「Ten Little Niggers」をマザーグースに含めるかどうかも議論の余地がある。クリスティと後世の作家によって手を加えられたことで、「The Little Soldiers」はオリジナルの童謡となっている。オリジナルを尊重することは大事だが、財宝の隠し場所が秘められているわけではない。固執しても仕方ない。
 しかし【ゆっくり文庫】版は語感のよさから、インディアンを採用した。人間、最初に触れたものを基本に据えてしまうのだ。

映像化作品について

 何度も映画化、ドラマ化されたし、派生作品も多い。それらすべてを比較論評することはできないし、編集後記の趣旨ではないから、主だった作品のみ紹介する。

戯曲版に忠実な映像化。キャラクターが個性的で、コミカル演出がいいアクセント。ミステリアスな《秘書》と、脳天気な《大尉》の組み合わせが好き。《判事》の最後の言葉、「女は信じるな」はどういう意味か?

1945 映画「そして誰もいなくなった」

舞台は雪山のホテルで、ロープウェイの停止によって孤立する。全編シリアスに展開するが、いささか単調。《技師》の罪状を聞いて、《秘書》が警戒しないのは不自然。1945版ラストを継承するが、物足りない。

1965 映画「姿なき殺人者」

舞台は砂漠のホテル。テーマ曲が印象的。吹き替えも最高。雰囲気重視のため、ミステリーの完成度は低い。《医師》がどう協力したか明かされないし。粗暴な《大尉》と扇情的な《秘書》のカップルは親しみにくい。

1974 映画「そして誰もいなくなった」

アニメ「うる星やつら」第98話。孤島の洋館に招かれた友引高校の11名が、「誰が駒鳥殺したか?」に見立てて殺されていく。アニメの奔放さを象徴するオリジナルエピソード。あたるの決定的な言葉を、だれも聞いてなかったところが絶妙。

1983 アニメ「そして誰もいなくなったっちゃ!?」

ソビエト連邦の映画。孤島が舞台。ロシア人役者がロシア語で会話するが、人物名は英語のまま。ロケ地(スワローズ・ネスト)の美しさに息を呑む。《秘書》があどけない少女(15歳)で、目を離せなくなる。ラストは驚きの小説版。

1987 映画「Desyat negrityat」

舞台はアフリカのキャンプ場。索道を破壊されて孤立する。テントだから密室にならず、周辺にライオンが徘徊する。絶叫ヒロインも完備。ラスト、《判事》は《秘書》に首吊りを強要し、じつは生きていた《大尉》が飛び込んで救出する。わかりやすい。

1990 映画「サファリ殺人事件」

小説版に忠実な映像化。映像や配役はパーフェクト。しかし数え唄や告発を省略するなど、全体的に説明不足。ホラー演出がやたら多い。悪人しかいないから誰にも感情移入できない。《秘書》の過去でひっぱる構成は見事。

2015 テレビドラマ「そして誰もいなくなった」

舞台は現代日本の孤島のホテル。10人が全滅したことがはじめに示され、第2夜で謎解きする構成はおもしろい。しかし随所にBBC版との類似がみられ、二番煎じの印象を拭えない。キャラクター設定は盛りすぎ。大物俳優の演技も興ざめ。

2017 テレビドラマ「そして誰もいなくなった」 (全2話/256分)

制作前のこと

秘書は無実か?

 私のお気に入りは、ルネ・クレール版(1945)。ラスト、《判事》は「女は信じるな」(never should trust a woman thanks for)と言って絶命するが、あれは一般論ではなく、「女の色香に惑わされ、人殺しを信じるなんて馬鹿なやつだ」という意味だろう。それ以外の解釈があるか? つまり《秘書》は人殺しで、脳天気な《大尉》を利用して窮地を脱したわけだ。こわっ!

ルネ・クレール版
※ルネ・クレール版:《判事》の言葉を聞いてない《大尉》

 小説版(全滅エンド)も、戯曲版(2人生存エンド)も、罪人が死ぬことは同じ。保守的かつ懲罰的なクリスティの性格が伺える。しかしもし《秘書》が有罪なのに生き残ったとしたら? 生死を分けたのは過去の罪ではなく、現在の判断ということになる。おもしろい切り口なので、【ゆっくり文庫】で描いてみたくなった。1945年の映画はパブリック・ドメインだから、取り上げても大丈夫だろう。

フィナーレとして

 大作だから、【ゆっくり文庫】のフィナーレ(100本目)にしようと思ったが、そのまま映像化すると冗長になる。そこで重要な会話シーンだけ抜き出した簡略版を模索する。
 脚本を書き上げた時期は不明だが、かなり古い。ミス・マープル「完璧なメイド」(2014年8月)より前だし、10名の配置に悩んで『黒後家蜘蛛の会』(2016年04月)を作り、ノウハウをフィードバックしている。

2分40秒ずつ公開できるか

 ダイジェストになるため、Twitterに投稿することを思いつく。しかし2分40秒の制限は意外と厳しく、枠組みに収めるためセリフを削ったり、シーンを再構築するのは無意味なので、いつもの動画制作にもどした。

必要なかったロケ地

 その後、背景(ロケ地)をMinecraftで制作する。屋敷だけでなくインディアン島もそれっぽく再現できたが、データを統合するときに壊してしまった。バックアップは古く、一気に気力を失った。
 2016年末、嫁が病に倒れ、投稿ペースが落ちる。すぐ終わると思っていた100本のゴールは、うんと遠のいてしまった。
 のちにわかることだが、ロケ地の制作は必要なかった。

質問箱でリクエストされる

 2018年8月、質問箱で続きをリクエストされる。自分の中では終わっていた仕事だが、ファンの期待は裏切れない。作業のかたわら、2015年版(英テレビドラマ)と2017年版(日テレビドラマ)を視聴する。かちんと来た。
 よろしい。やってやろうじゃないか。

キャスティング

 ゆっくり文庫版は、ルネ・クレール版(1945)を基準にしている。なので登場人物の名前、役柄、展開は小説版とも戯曲版とも異なる。また私の妄想が混じるため、徐々に映画からも離れていく。

 東方Projectのキャラクターを使っている以上、判事=フランドール、秘書=魔理沙の組み合わせは外せない。なにを言ってるかわからない人もいるだろうが、わからなくて困ることはない。
 《判事》に騙される《医師》はレミリア、《秘書》を救う《大尉》は霊夢と、連鎖的に決まる。鉄壁の布陣だ。

【ゆっくり文庫】クリスティ「そして誰もいなくなった」
※2002『東方紅魔郷』

コメンタリー

 映像化作品を見ていると、いま何時で、次の歌詞がなんであるかを見失いがち。数え唄も一度聞いただけじゃ覚えられない。ゆっくり文庫版は全10章に分けて、アイキャッチを挿入した。ストーリー展開上、最初の殺人と後編スタート時の分はない。
 韻を踏んでることを示すために英語原文、日本語訳、歌詞のシンボル、人形、残り人数。配置に苦労して、何度も修正することとなった。

【ゆっくり文庫】クリスティ「そして誰もいなくなった」
※デザインに苦労した

タイムテーブル
時刻 犠牲者 出来事
金 22:00 歌手 上陸、告発、議論、数え唄、《歌手》毒殺。自殺?
土 08:00 メイド 《メイド》薬物中毒、事故? 外部犯人説。
土 16:00 将軍 屋敷と島の捜索。《将軍》刺殺。明らかな殺人。
日 07:00 執事 内輪もめ。《執事》が孤立して斬殺。犯人はこの中。
日 16:00 女優 《女優》薬殺。オーエンは合鍵を持っている。疑心暗鬼。
日 21:00 判事 停電、懺悔、分断、《判事》射殺。《秘書》を閉じ込める。
月 02:00 医師 《大尉》と《秘書》がねんごろに。《医師》が消える。
月 06:00 探偵 《探偵》がレンガに頭蓋を砕かれる。入江に向かう。
月 07:00 大尉 入江で《医師》の死体を発見。《秘書》が《大尉》を射殺。
月 08:00 秘書 屋敷にもどった《秘書》が《判事》と対決。大団円。

1. 歌手 - 自殺か?

 開始1分で告発。BBC版が35分かかっているから、驚異的な速さ。もうちょい丁寧に描写したい気持ちもあるが、有名な作品だから、みんな知ってるであろう状況設定は簡略化した。
 10人もいると発言者がわかりにくいので、白い円で識別。また名前でなく《秘書》や《大尉》といった属性を表示し、互いを名前を呼ばないようにした。名前に意味はない。

【ゆっくり文庫】クリスティ「そして誰もいなくなった」
※白い円で発言者を示す

判事と大尉

 《判事》は犯人としての驚きや笑みを隠さない。初見で気づくのは難しいが、二度三度見れば、意味がわかるだろう。【ゆっくり文庫】は繰り返しの視聴に耐えうる作品にしたい。
 《大尉》は《判事》と対になる存在にした。なにか知っていそうだが、事態を静観している。その理由はのちに明かされるが、不審者が2名になったことで、状況はいっそう難しくなった

文明人の死角

 《判事》が怪しいと思っても、それだけで身柄を拘束することは(文明人として)できない。やれば秩序を失い、ピストルをもった人間が支配することになる。決定的な証拠を掴むしかないが、たとえば「人を殺す主観を目撃した」と証言しても、「いいや、殺したのはあいつだ」と言われれば破綻する。
 公権力が及ばない空間においては、殺人鬼のほうが圧倒的に有利だ。

2. メイド - 事故か?

 《医師》が鎮静剤をわたしたり、《秘書》が人形破壊に気づいて騒ぐシーンはカット。代わって《大尉》が犯人の目論見を言い当てるが、相手にされない。気づくだけでは駄目なのだ。

3. 将軍 - 明らかな殺人

 島に自分たち以外の人間がいないことを確認する。二手に別れるから、画面密度が下がってうれしい。また各人の個性がほんのり描かれる。

【ゆっくり文庫】クリスティ「そして誰もいなくなった」
※《秘書》は人数が減るとしゃべる

【ゆっくり文庫】クリスティ「そして誰もいなくなった」
※《大尉》の秘密に《判事》が気づく

 《将軍》が死を覚悟したのは、脱出できないと喝破したのではなく、観念しちゃったから。ここが本作のおもしろいところ。無辜の人間なら、「殺される理由はない」と全力で抵抗するだろう。負い目のある罪人は扱いやすく、殺しやすい。

4. 執事 - 全員が人殺し

 いわゆる内輪もめフェーズ。ルネ・クレール版(1945)では、疑わしい人物の投票で2票獲得した《執事》が怒って飛び出すが、裁判の話が重なるため、会話に盛り込んだ。もちろん《判事》が誘導している。
 罪状を指摘された《執事》の目が変わる。温厚に見えた《執事》も人殺しだった。すなわちオーエンの告発は正しく、ここには人殺ししかいないことが暗示される。

 《執事》は孤立して殺されたのに、客たちは「1人になると危ない」ではなく、「2人になると危ない」と考えてしまう。結果として、オーエンの単独行動を許してしまう。

【ゆっくり文庫】クリスティ「そして誰もいなくなった」
※気さくな《執事》も人殺し

5. 女優 - 部屋に立て籠もれない

 冒頭で死体を見せたかったので、《女優》さんの会話シーンはカット。
 《女優》は目の前で起こっている連続殺人を、「自分に関係ないこと」とみなし、距離を置いていた。《将軍》と同じく、生への執着も乏しかった。注意力を失った《女優》は、「重大な証拠を見てほしい」という《判事》に、ドアを開けてしまった。

《女優》のストーリー

 エミリー・ブレントは成功した女優。姪のベアトリスを溺愛し、自分のすべてを継がせるつもりだった。ところがベアトリスは好ましくない男と恋に落ち、妊娠してしまう。怒ったブレントはベアトリスを眠らせ、無断で堕ろしてしまった。
 赤ん坊を奪われたことに絶望したベアトリスは、列車に飛び込んで自殺。そのことが大きく報道されて、ブレントのキャリアは終わった。お金はたっぷりあるが、なんの意味もない。ブレントは偏屈な老婦人になった。

 《秘書》から話を聞いた《大尉》は、首をかしげる。《将軍》と《女優》は死を望んでいたように見える。《メイド》もそうだった。あるいは《執事》も、罪から逃れられないと思っていたかもしれない。兄フィリップも。
 罰を恐れながら、受け入れてしまう。これは罪人の特徴だろうか? それとも。
(大尉、招待客の共通項を調べはじめる)

6. 判事 - ドタバタ

 ここから後編。残った5名の思考が語られる。オーエンである《判事》もウソはついてない。クリスティが仕掛けた地の文のトリックである。

 オーエンが合鍵を持っていることから、客たちは部屋に籠城できなくなる。これもオーエンの思惑通り。しかし人数が減ると、不意打ちは難しい。そこで《判事》は奇策を講じるわけだが、ぶっちゃけ粗い。《医師》が信用しなかったら? 「死んだふり」が通じなかったら? 成功したのは奇跡だ。しかし催眠術とか仮死薬を持ち込むと味わいが失われるため、大筋はそのままとした。

殺人鬼は万能じゃない

 余談だが、日テレ版「そして誰もいなくなった」のオーエンは、事件を起こす前に殺害の方法と順序を決めていた。しかしどんなに緻密に計画しても、実行する段階で想定外の障害に直面する。クラウゼヴィッツが言うところの「摩擦」だ。万能の殺人鬼? ミステリーに人智を超える存在は不要だ。私は好きじゃない。

 オーエンは現場で状況と人間を見ながら、殺人を繰り広げたと思う。《大尉》が偽物だったこと、ピストルを持ち込まれたこと、盗まれたことを白状したことも偶然で、その都度、アプローチを調整しただろう。その執念こそが、怖い。

 映画『SAW』に登場する殺人鬼ジグソウが、「人の心を深く読めば、偶然の入る余地はない」と言い切ったのは説得力があった。しかしそのジグソウも、無思慮な一撃で死んでしまった。万能の殺人鬼は要らない。

信頼という罠

ルネ・クレール版
※ルネ・クレール版:停電の中で同盟を組む《判事》と《医師》

【ゆっくり文庫】クリスティ「そして誰もいなくなった」
※《判事》はピストルを持っていることを明かす

 平静さを失っていた《医師》は、《判事》と信頼関係を築けたことに安心し、初期状態のすまし顔に戻る。禁じていた酒も飲む。結末を踏まえると憐れ。
 この時点で《大尉》は《秘書》をパートナーにしたいと考えているが、2人きりになれるチャンスがなかった。《探偵》は活躍らしい活躍もない。きめぇ丸のおかげで存在感を維持している。

 《判事》はいつピストルと合鍵を持っていることを、《医師》に明かしたのか? ちゃんとした説明がないと、オーエンに疑われてしまうが、そのへんを描いた映像作品はない。ゆっくり文庫版は、《医師》の持ち物から抜き取ったと言いくるめている。じつは、《秘書》の部屋に海藻を仕掛けるとき合鍵が必要にあるが、そこはスルーした。気づく人はいないだろう。

2015年英国ドラマ版での、ピストルと合鍵の隠し場所
※2015年英国ドラマ版での、ピストルと合鍵の隠し場所。わざわざ見せたことで、客たちが馬鹿に思えてしまう。

アクション

 暗がりで分断され、《秘書》を探すシーンは、本作最大のアクションシーン。しかし全員を容疑者にするため、ちゃんと動きを再現できなかった。

【ゆっくり文庫】クリスティ「そして誰もいなくなった」
※全員の動きを描けない

判事の死体

 《判事》の死体は、よく見ると肌が白くない。まだ生きてる(死んだふりしている)ことを示しているが、慣れと暗がりのため、確認されなかった。《医師》がひとりで死体を運ぶのはおかしいから、死体を運ばなくて済む裏階段を舞台にした。

 このとき各人の手の匂い(硝煙)を嗅げば、《医師》が発砲したとわかったはず。また《判事》と《医師》が燭台を取りに行ったことを踏まえれば、《医師》が《判事》を撃ったと推理できるが、ここに名探偵はいなかった。
 《判事》にしてみれば、《医師》に容疑がかかっても困らない。わざと《医師》に発砲させたとも解釈できる。

【ゆっくり文庫】クリスティ「そして誰もいなくなった」
※硝煙反応に気づいていれば...

 最終局面で、射殺の偽装シーンが挿入される。ほんとは《医師》を崖から突き落とすシーンもあったが、楽曲の尺に合わないので省かれた。残念。

【ゆっくり文庫】クリスティ「そして誰もいなくなった」
※偽装シーン

7. 医師 - 偽装に決まってる

《大尉》のストーリー

 冒険家チャールズは、兄フィリップがアフリカ住民の虐殺を知って帰郷する。罪は不問とされたが、不名誉な退役。チャールズが厳しく追求したところ、フィリップは首を吊ってしまった。チャールズは、フィリップの苦悩を理解しようとしなかった。

 遺品からオーエンからの招待状が見つかる。オーエンなる人物が、チャールズ(自分)の行方を教えてくれるそうだが、まったく心当たりがない。陰謀の匂いを感じ取ったチャールズは、フィリップの自殺を伏せ、なりすましてインディアン島に向かった。

 オーエンは殺人鬼。招かれた10名は人殺しだった。チャールズはオーエンを探そうとするが、見つけても排除できないことに気づく。オーエンを殺せば、次は自分が口封じされるからだ。
 そこでオーエンでない人物を探すことにするが、十分な時間がなかったため、見栄えから《秘書》を選ぶ。冒険しないと敗北する。チャールズには、生き抜くための直感があった。
 《判事》も同じことを《医師》に仕掛けていた。「誰かを信じることができたから、助かった」わけではない。

 チャールズは《秘書》の言葉をまるまる信じたわけではないが、全部ウソとは思えない。いずれにせよ、いま重要なのはオーエンに立ち向かうことであって、過去の断罪じゃない。兄の死が、チャールズに知恵を与えていた。

【ゆっくり文庫】クリスティ「そして誰もいなくなった」
※ただの後ろ姿が、なぜか裸に見える

8. 探偵 - 屋敷か入江か?

 映画では、探偵は壁の一部が落ちてきて死亡する。クマを連想させるものはないため、クマの石像を落とそうと思ったが、映像化するとチープ。いろいろ試した結果、レンガに落ち着く。意味がどうのより、絵がおもしろかった。前編を投稿すると、見立て殺人にこだわるコメントが多かったので、「BEAR」の文字を書き加えた。

【ゆっくり文庫】クリスティ「そして誰もいなくなった」
※初期案:A big bear hugged one

【ゆっくり文庫】クリスティ「そして誰もいなくなった」
※スパナは役に立たなかった

《判事》の暗躍

 人数が減ってくれば、パニックが起こるかもしれない。死を偽装して、舞台裏にまわりたい。そのためにはパートナーが必要で、《医師》が選ばれた。

「ふたりで死を偽装して、残った連中に殺し合いをさせよう。入江を見下ろす崖から、生き残った犯人を確かめるんだ」
 《医師》は作戦を疑いもしなかった。

 《判事》は屋敷を抜け出して、崖で待つ。やってきた《医師》を突き落とすと、屋敷にもどって就寝。《大尉》《秘書》《探偵》を監視した。
(次のインディアンは海で襲われるから、双眼鏡で入江を観察するだろう)
 《探偵》が頭が見えたから、レンガを落とした。

 残された2人は屋敷の捜索より、死体の確認を選んだ。あとは双眼鏡で観察できる。口論のあと《秘書》が《大尉》を射殺した。これで理想的なフィナーレを迎えられる。《判事》は人形を破壊すると、首吊りロープを用意した。

 オーエンにとってチャールズ・モリスは、フィリップを釣り上げるエサでしかない。ずっと消息不明だし、フィリップと瓜二つとは知らなかった。チャールズ・モリスのバッグを持っていたことから、家出した弟が帰ってきたことは知れたが、フィリップと入れ替わっているに気づいたのは夜。オーエンとしては、無実の人間を殺したくない。《秘書》が射殺してくれたことは、僥倖だった。

 ルネ・クレール版(1945)の《探偵》は、大したことをしないわりには愛嬌があって、お気に入り。ほかの映像作品ではさらに目立たない存在になる。ゆっくり文庫版はもっと活躍させるつもりだったが、見送られた。
 用意していたオリジナル・ストーリーは下記の通り。

《探偵》の話

「ぼくたちは、そうとは知らずオーエンと会っているかもしれない」
 《大尉》に言われて《探偵》は、自を調査していた同業者、アイザック・モリスを思い出す。モリスの容貌を話すと、ほかの客たちも異なる名前で対面していた。(チャールズは会ってない)

 モリスは先週、不審死を遂げている。彼はオーエンではなく、その代理人。オーエンにつながる情報はなかったが、《大尉》はいくつかの推論を立てる。

1.オーエンはすでに殺人犯。決して正義の執行者ではない。
2.オーエンが招いた客には、過去に人を殺したこと以外の共通項がある。

9. 大尉 - 疑惑は理性を超える

 2人きりになった《秘書》は、根拠もなく《大尉》をオーエンと決めつけ、射殺する。このとき「男はみんなそう言うわ」とつぶやく。おそらくバークレーの甘言だろうが、「信じてくれ」と言った男を殺すのは2度目かもしれない。

ルネ・クレール版
※ルネ・クレール版:入江で相互不信になる《大尉》と《秘書》

【ゆっくり文庫】クリスティ「そして誰もいなくなった」
※バークレーは「姉さんとは別れる。ぼくを信じてくれ」と言ったかもしれない

「そして誰もいなくなった」歴代の発砲シーン
※「そして誰もいなくなった」歴代の発砲シーン

10. 秘書 - 1人なら負けていた

 最終チャプターでは「U.N.オーエンは彼女なのか?」を使うと決めていたので、曲調に合わせてセリフを考え、シーンを構成した。そのため説明不足になったが、何度か視聴すればわかってもらえるだろう。

 できれば連絡船が来るまえに、《秘書》に首を吊ってもらいたい。しかし無実の男(チャールズ)を殺した以上、絞首刑は避けられない。《秘書》がなにを言っても警察は信じないだろう。《判事》はミステリーに華を添えるつもりで、姿をあらわした。慢心である。

【ゆっくり文庫】クリスティ「そして誰もいなくなった」
※最終対決

オーエンを理解する

 《大尉》は、オーエンを理解しようとした。そのおかげで《秘書》を説得でき、屋敷で起こることも予測できた。ほかの客たちはオーエンを恐れ、拒絶するだけだったから、大きな差が生じている。これは《大尉》の能力と言うより、彼が無実であったこと、直前に兄フィリップの死を経験していることが原因だろう。

 フィリップの死がなかったら、チャールズは《秘書》に撃たれていただろう。

【ゆっくり文庫】クリスティ「そして誰もいなくなった」
※姉の幻影

《秘書》は人を殺しているか?

 《秘書》は過去に人を殺しているかも知れないし、そう思いこんでるだけかもしれない。疑わしい言動はあったが、決定的な証拠はない。オーエンは《秘書》を人殺しと断じたが、根拠あってのことか、ただの誤解か、知り得ようはずもない。
 ただ、《大尉》はそこを追求しなかった。過去がどうあれ、現在を乗り切ることが重要だったから。追求することで、彼女を失いたくなかった。

このあとは重要でない

 このあと《秘書》が罪を認め、然るべき罰を受けるかどうか、チャールズと結婚するかどうかは、まったく重要ではない。

 私が《大尉》なら、オーエン事件が解決するまで、過去の話はしない。しかしオーエン事件が終結したあとで、なんらかの刑に服す必要があるかどうかは微妙。バークレーも、ヴェラの姉も、まったく無辜とは思えない。《秘書》は十分に苦しんだ。私ならふたりで外国へ行って、幸せになりたいと思う。

【ゆっくり文庫】クリスティ「そして誰もいなくなった」
※終わったんだ

 ヴェラは、バークレーの嘘に気づいていたが、関係を断ち切れなかった。素敵な男性が、姉と比較して自分を褒めてくれる。求めてくれる。愛してくれる。悦びはあまりに大きかった。

 しかしバークレーはただのセックス依存症だった。使用人や娼婦、はては自分の妹まで手を出していたことを知り、ヴェラは殺害を決意。方法を考える。
 その過程で、姉が毒薬を仕入れたことに気づく。ヴェラは、姉がバークレーを毒殺すると知っていながら沈黙し、自分のアリバイを用意した。

 姉はバークレーの本性を知らず、ただ妹とセックスしていたことに怒り、毒殺した。さらに思わせぶりな遺書を残して、首を吊った。ヴェラは逮捕されたが、アリバイがあったため釈放される。しかし都合よくアリバイを用意していたことから、「ヴェラは姉の婚約者を毒殺し、それを悲観した姉が首を吊った」という認識が定着してしまう。バークレーの本性や、姉の弱さを暴いても、無意味だった。

 居場所がなくなったヴェラは故郷を離れた。家族にも友達にも連絡できず、仕事にも恵まれず、ぼんやり自殺を考えていたころ、オーエンの仕事を紹介された。

 孤島! ちょうどいい!

 ヴェラを有罪にすることが動画制作のテーマだったが、作りながら感情移入して、2人を祝福したくなった。ギリギリのバックグラウンドを妄想したが、まぁ、蛇足である。

雑記

 ひどく説明不足で、拙速な動画に見える。もっとドラマを掘り下げたい欲求もあるが、さくっと楽しめる動画というコンセプトを優先しよう。これはこれでいいのだ。

 大長編になると思っていたが、できてしまえば前後編で1時間以下。【ゆっくり文庫】は展開が猛烈に速いため、このテンポに慣れると、ふつうのドラマが冗長に感じる。

楽曲について

 最初は、1974『そして誰もいなくなった』のサントラで構成するつもりだったが、気まぐれに1984『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』の曲を挿入したらベストマッチしたので、混成となった。
 権利者のいる楽曲は使うべきじゃないが、本作は2年かけて作ってきたものなので、今さら差し替えられない。

 『うる星やつら2』は、私の好きな映画ベスト5の1つ。友引高校いつものメンバーは、ループする「文化祭前日」に閉じ込められる。異変に気づいたものは1人ずつ消されていく。あたるは夢の世界の素晴らしさを認めつつ、現実への帰還を選択。そして朝が来た。夢から覚めたかどうかハッキリしないままエンディング。主題歌である『愛はブーメラン』は、浮気症な男に愛想を尽かしながら、元の鞘にもどってしまう女性の自嘲を歌っている。
 サントラと主題歌を聞きながら作業していたら、ヴェラの設定が変わっていった。私の翻案にマッチしていたのか、楽曲に合わせて翻案したのか、自分でもわからない。

 あなたの愛はパラダイス。繰り返す気もないわ♪

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【ゆっくり文庫】クリスティ「動機と機会」ミス・マープルより

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2015/02/07 - ゆっくり文庫

035 あらあら、むむむ── 資産家の遺言状が白紙にすり替えられた。動機がある人間には機会がなく、機会があった人間に動機はなかった。現場に居合わせた弁護士が、ミ ...more