第77話:ママの野望 この作品はフィクションであり、実在する夫婦の会話とは一切関係ありません。 子育ての方針決定は、親のみに許された権利であり、義務だと思う。 そのとき親は、自分自身の半生と向かい合う。 「おれってすごいやつ」と肯定し、同じ道を歩ませるもいいし、 「おれって駄目なやつ」と否定し、ちがう道を歩ませるもいいが、 「子どもの自由に、望むままに」ってのは、責任放棄だと思う。 まぁ、他人事として聞いたり、考えるのは楽だけど、 いざ自分のことになったら、悩むだろうなぁ。

2010年 ショートショート
第77話:ママの野望

「あなたは娘の幸せを考えてないの?」

 夜、娘の進路について話をしていたら、嫁の「スイッチ」が入ってしまった。いわゆる説教モードだ。こうなると手に負えないが、かといって黙っていると際限なくヒートアップして、嫁自身も後悔する結果になる。
 破たんしないよう、適度に言い返さなければ。

「ま、まて。落ち着け。
 子どもの幸せを願わない親がどこにいる?
 問題は、なにが幸せかってことだろ?
 親の期待や都合ばかり押しつけず......」

 ふっ、とため息が漏れた。
 嫁の目のそらし方、肩をすくめるタイミングから、
(なに馬鹿なこと言ってんの?)
 と言われたような気がする。発言せず相手の言葉を遮り、ダメージを与える技術は素晴らしい。だがそれで口撃がやむわけじゃない。

「本人の意見を尊重しようって言うんでしょ。
 なにそれ。子どもは子どもよ。
 そりゃ、大きくなれば、アレ食べたい、ココ行きたいって言うけど、いちいち真に受けてどうすんの。コストや安全性、将来の見通し、あるいは代替案など、総合的に考えて判断するのが親の役目でしょ。
 いい? 子どもはクライアントじゃないの!
 だいたい、あなたは仕事でも......」
「マテマテ! いまはぼくの勤務態度の話をしてるわけじゃない」
 やばい方向に脱線しそうになったので、大きな声で制止する。
 勢いを削がれた嫁は、冷蔵庫から新しい缶ビールを取り出した。これで4本目か。

「あなたには、子に親を越えてほしいって気持ちはないの?
 より豊かで、より幸せになってほしいって」
 缶ビールの向こうから、嫁のジト目がにらんでる。
「思うよ。親より子が貧しいなんて、考えたくもない」
「でしょ。だったら決まりでしょ」
「え? なんで?」
 いかん。嫁の思考についていけなくなってきた。

「整理しよう。
 娘を女子校に入れるか、共学に入れるか?
 それで、本人の意見をうかがうのはナシ。
 ぼくは女子校がよいと思う。やはり女の子らしく育ってほしいし、変な虫がつく心配がない」
「駄目。絶対に共学よ。
 女子校だって変は虫はわくし、なければないで男の免疫がなくなる。そもそも女子校は不自然な世界なのよ。エスカレーター式で、子どもの純真さをもったまま社会に出るのは、ペーパードライバーがサーキット場にまぎれ込むようなもの。事故を防ぎ、正しい判断をさせるためにも、共学に入れるべきだわ」

 しばし考え、そして問うた。
「えっと、その判断は、きみが女子校出身だってことと、なにか関係ある?」

 ふっ、とため息が漏れた。


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