第100話:夜の渚にて
2011年 ショートショート
「ねぇ、希望はあったのかしら?」
カナミが不意に訊ねてきた。
どう答えるか迷ったが、質問が過去形と気づいて、ハッキリ答えることにした。
「なかった。今なら断言できる。
人類は滅亡する運命だったんだ」
◎
第三次世界大戦が勃発し、数千発のコバルト爆弾が炸裂した。なんて愚かな人類。北半球は瞬く間に死滅して、汚染は南半球にも押し寄せた。いまや汚染されてない土地の方が少ない。地球は大きいから、まだ時間はある。あと数ヶ月くらい。それで生存可能な土地はなくなる。どこにも逃げ場はない。
《北半球からモールス信号が届いた。まだ生存者がいる!》
《気候変動で、汚染は南半球にやってこない!》
《脱出用の宇宙船が建造されている!》
希望はさらなる絶望を呼び寄せた。いま思えば、混乱の日々だった。
あらゆる努力が徒労に終わったとき、人々は運命を受け入れた。誰かと争うと、罵ろうと、それで生存日数が伸びるわけじゃない。地中に潜ればさらに数日は死を遠ざけられるが、窮屈な穴の中で死にたくない。
街は静かになった。
人々は家に帰って、愛する人と過ごした。誰かを傷つけた者は心から詫び、傷つけられた者は寛大に赦した。すべての希望が失われたとき、地上に幸福が訪れた。これが終末なら、悪くない。
◎
「今日の放送をしてくるね」
「たのむ」
カナミが通信室に入っていった。1日に1度、地上に向かって放送しなければならない。
《地上に残された人々へ。私は宇宙ステーションの乗組員です。
地上は汚染されましたが、わずかな人類は宇宙に逃れました。
私たちはここで数百年を暮らし、清浄になる日を待ちます。
残念ながら、ステーションに到達する手段はありません。
ですが知っておいてください。人類は決して滅びません......》
もちろんウソだ。
ステーションにいた数十名のクルーは、みんな薬を飲んで安楽死してしまった。残っているのはおれとカナミだけ。
《地上の人々を安らかに死なせるため、手の届かないところに希望を輝かせたい。
きみたちは最後の希望を演じてほしい!》
そう依頼してきた大統領も、きのう安楽死した。勝手なもんだ。
ステーションの食糧や電源は十分にあるが、それらを使い切ることはないだろう。すべてが汚染されるのを見届けたら、おれたちも安楽死する。
(本当に希望はなかったのか?
おれたちが偽りの希望になることで、本当の希望を隠してしまったのではないか?)
そこだけ気がかりだった。
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