[妄想] 借りぐらしのアリエッティ The Borrower Arrietty (2010)

2011年 妄想リメイク
[妄想] 借りぐらしのアリエッティ

少年の心臓が動き出すまで──

まえがき

『借りぐらしのアリエッティ』の映像は素晴らしかったが、さしたる感動もなかった。米林宏昌監督はこの映画で、なにを表現したかったのだろう? まぁ、原作があって、巨匠が企画と脚本をつとめた作品だから、すでに借りぐらしだったのかもしれない。
あれこれ文句を言っても仕方ないので、自分なりに再構築してみた。

借りぐらしのアリエッティ
(c) 2010 GNDHDDTW


1. 出会い

[ショウ] ふさぎ込んだ少年

あの年の夏、ぼくは祖母の家で過ごすことになった。

「都会の喧噪は心臓に悪いから」
そう言って母さんは、ぼくをサダコさんに預けると、さっさと海外出張に出かけてしまった。心臓の手術を控えていたから静養は必要だったけど、本当は母さんがぼくを厄介払いしたかったってことは、もう理解できる年齢だった。

ぼくのことで母さんとサダコさんが口論したのは申し訳ない。サダコさんがぼくを気遣ってくれることも申し訳ない。ぼくの心臓が弱いばっかりに、みんなに迷惑をかけている。どうせ治らないのだから、早く消えてしまいたい。

サダコさんの家は郊外の森の中にあって、大きく、古かった。母さんはここに小人が住んでいると言っていたけど、本当にいるかもしれない......、いや、きっといる。
そのときだった。《彼女》を見たのは。

借りぐらしのアリエッティ
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[アリエッティ] 床下の住人たち

庭からハーブの葉をとってきた。大丈夫。だれにも見られていない。母は危険すぎると怒るけど、ハーブの歯の香りを喜んでくれた。私はもう14歳。子どもじゃない。たくさん働いて、お父さんとお母さんを楽させてあげたい。今夜の「狩り」では、絶対に角砂糖を手に入れるんだ。

人間の家に、子どもが訪ねてきているようだ。このまま住むのだろうか? 子どもは好奇心が強いから、警戒しなければならない。お父さんが渋い顔をしたけど、たのみこんで、今夜の狩りは決行してもらうことになった。
本心では、両親は娘の狩りを望んでいない。でも、小人の数は減りすぎた。ひょっとしたら、アリエッティたち3人が最後の生き残りかもしれない。
「身体が動くうちに、アリエッティに生きるすべを教えてやらなければ」
お父さんは怖い顔をした。私も、気を引き締める。でも、興奮は隠せない。

[ショウ] ぼくだけの秘密

ぼくの部屋には、大きく精巧なドールハウスがあった。夕食の席でサダコさんに聞いてみると、むかし、サダコさんの父──ぼくの曾祖父──が小人を見かけて、彼らのために特注で作ったそうだ。それをサダコさんが継ぎ、母にゆずられたが、4代にわたって小人を見ていない。
「小人なんていませんよ!」
家政婦のハルさんが不機嫌そうに言う。ハルさんは若いころに小人を見つけたが、誰にも信じてもらえず、歯がみした経験があるそうだ。悪い人じゃないんだけど、ひがみっぽい。
ぼくは、小人を見たことを言わなかった。信じてもらえるかどうかより、ぼくがしゃべることで小人たちに迷惑がかかることを恐れた。あるいは、ぼくだけの秘密にしたかったのかもしれない。
「小人はいるのかな?」
ぼくの問いに、サダコさんは答えた。
「いるかもしれないと思えば、いるのと同じことよ」
その夜、ぼくは興奮して眠れなかった。

借りぐらしのアリエッティ
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[アリエッティ] はじめての「狩り」

小人たちは人間の生活品を借りながら生活している。ゴミをあさったり、盗むのではない。また無用な争いを避けるため、人間に姿を見られてはならないという掟を守っていた。

注意していたのに、私は人間の子ども(ショウ)に見つかってしまった。信じられない。子どもは息を殺して私をずっと見ていた。信じられない。人間の子どもは早く寝るんじゃなかったの? 人間は小人を見つけると大騒ぎするはずなのに?
お父さんに心配をかけたくない。私は大丈夫と報告した。たぶん、大丈夫。見つかってない。

借りぐらしのアリエッティ
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2. わかりあう

[アリエッティ] ほどこし

翌日、軒下に角砂糖が置かれていた。お父さんに伝えると、それは罠だから触れてはいけないと警告された。
「人間に見つかった以上、ここを出て行かないと......」
「そんな、ずっとここに住んでいたのに!)
嘆く母を見て、心が痛んだ。私のせいだ。

借りぐらしのアリエッティ
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その後も「善意の干渉」はつづいた。あるとき、家の屋根がこじ開けられ、ドールハウスのキッチンが設置された。
「たぶん、私たちにほどこしをしているんだろう」と父。
「まー! ほどこしだなんて、馬鹿にして!」と母。
「ホドコシって、なに?」とアリエッティ。
「上の者が下の者にお恵みを与えることだ。人間は大きいから、不自由な小人を憐れんでいるんだろう」
私たちは不自由じゃないわ!
「人間にはそう見えるんだよ」
「失礼よ!」
怒ると、恐怖や後悔が薄らいだ。私はどんどん怒った。あいつのせいだ。

[ショウ] 出会い

本を読んでいると、窓際から小さな音がした。見ると、角砂糖が置いてある。
「出てきてくれないか。欲しいものをあげるよ」
しばしの沈黙のあと、声がした。
「ホドコシなんか要らない。私たちにかまわないで!」
びっくりした。まさか答えてくれるとは思わなかった。そして、きれいな声。
「振り向いてもいいかい?」
ぼくは慎重だった。ゆっくり振り返って、彼女を見た。やっぱり、あのときの影は小人だった。でも表情が硬い。怒っているようだ。どうして?

借りぐらしのアリエッティ
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「ごめん。よかれと思ってやったんだけど、迷惑だったみたいだね」
話を聞いて、ぼくはあやまった。するとアリエッティが目を丸くした。まさか人間が小人に頭を下げるとは思っていなかったのだろう。なんだか、かわいい。でも、アリエッティはしっかりした考えをもつ女性だった。ぼくより大人かもしれない。
そう思うと、もっと彼女のことを知りたくなった。このまま別れたくない。そこで、ぼくは1つの提案をした。

「ぼくの話し相手をしてくれたら、きみたちの欲しいものを支払うってのはどうかな?」
ホドコシじゃないわね?
「もちろん。ぼくらは対等だ」
「なら、いいわ」

3. 借りぐらし

[ショウ] 少年のこころ

ぼくとアリエッティの語らいの日々がはじまった。ぼくは図鑑を広げて、アリエッティに世界を教えた。人間は地球上に住んでいるし、星の世界にも手が届くんだ。なんでも驚くアリエッティの反応がおもしろい。
小人たちの数の少なさを聞いて、ぼくは思わず言ってしまった。
きみたちは滅びゆく種族なんだよ
「そんなことないわ!」
アリエッティは希望を口にするが、根拠はなかった。怒って背中を見せるアリエッティに、ぼくは自分の気持ちを明かした。

「ぼくも借りぐらしの身なんだ。
 お母さんや、お婆ちゃん、社会から、いろんなものを借りている。
 だけど......もうすぐ死ぬから、なにも返せない」
「ショウは死ぬの? どうして?」
「心臓が悪いんだ。来月手術するけど、きっと失敗する」
「シュジュツって?」
「え、あー、胸を切り開いて、心臓を治すんだよ」
「そんなことができるの! あ、でも、失敗しちゃうの?
 失敗するなら、やらなければいいのに」
「ぼくのためにしてくれることだから、断れないんだよ」
「ホドコシみたいね」
「そうだね。そうだよ、まさに。
 この命も借りている。すべて返して、なにも残らない。無意味なんだ」

借りぐらしのアリエッティ
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「ショウは変わった考え方をするのね」
「そう?」
「私たちは借りぐらしを不自由に思ったことはないわ。
 借りるものは借りて、返せるものは返す。
 いつか死んじゃうけど、無意味だなんて思わない。
 私たちはそうやって生きていくのよ」
「......アリエッティは強いんだね」
「そうよ、小人は強いのよ。だから滅びたりしない!」
「うん。そうだね」
なんか、鼻の奥がむずむずしてきた。
「小さいときからずっと病気で、なにもできなかったから......
 きみを見たとき、守ってあげたいと思ったんだ。
 きみたちを守れれば、ぼくが生まれたことにも意味があるような気がして......。
 でも、ぼくの助けなんか、必要なかった」
自分の卑屈さに気づいて、ぼくは嗚咽した。
「ショウは弱いのね」
アリエッティは肩をすくめる。

4. トラブル

[ショウ] ハルさんの野望

家政婦のハルさんが小人の存在に気づき、アリエッティの母親を捕まえてしまった。アリエッティはショウに「力を貸して!」とたのむ。もちろん協力するけど、たぶん、無理だろう。ハルさんは執念深い。小人の存在は白日の下にさらされ、迫害されてしまうんだ。せめてアリエッティだけでも守らなければ。
ぼくの悲観的な予測を、アリエッティは打ち砕いた。部屋の鍵を開け、ハルさんの注意を逸らし、母親を救出する。駄目だと思っていたのに、駄目じゃなかった。

借りぐらしのアリエッティ
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小人の母娘に感謝され、ぼくは我に返った。真っ赤になって、部屋に引っ込む。夜、ぼくはベッドで泣いた。

(感謝なんかしないでくれ、アリエッティ。
 ぼくはね、楽しかったんだ。
 きみといっしょに戦っているとき、ぼくはワクワクしていた。
 楽しかった。これまでで、いちばん楽しかった。
 あれが、生きてるってことなんだね。
 ぼくは、生きてなかった......)

ショウは灯りを付けて、手術のことが書かれた本を読み始めた。カレンダーの日付を見る目が変わっていた。

5. さよなら

[ショウ] 別れ

気がつくと、猫がいた。ついていくと、アリエッティ一家が出て行くところだった。呼び止めようとして、言葉をのみこむ。
(彼らが出て行くのは、ぼくのせいなんだ。
 このまま見送ろう。
 これ以上、迷惑をかけちゃ駄目だ)
万感の思いに、胸がつまる。ぼくは声に出して、その名を呼んでいた。

「アリエッティ!」
小人たちが警戒する。アリエッティがなにか話している。まずかっただろうか。やがて、アリエッティがやってきた。柵の上に立ったアリエッティの背後から太陽がのぼりはじめる。まぶしい。涙がにじむ。

「んもう、泣かないでよ。
 人間は強くて、たっくさんいるんでしょ?」
「うん、ごめん。もう泣かないよ。
 ありがとう、アリエッティ。
 きみにあえて、本当によかった。
 来月の手術はきっと成功する。
 駄目でも、またがんばる。
 だから、きみたちも、元気で!」
「うん」

借りぐらしのアリエッティ
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父親に促され、アリエッティは最後の言葉を選んだ。
「さようなら、ショウ。もう会うことはないだろうけど......」
「わからないよ。いつか、どこかで会えるかもしれない!」
明るい笑顔を見せるショウに、アリエッティの心が弾んだ。
「そうね」
「そうさ!」
「それじゃ、またね!」
「またね!」

借りぐらしのアリエッティ
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新しい朝が来た。ショウがつぶやく。
「アリエッティ、きみはぼくの心臓の一部だ。忘れないよ、ずっと!」

《おわり》


あとがき

ラストのセリフはオリジナルに準じる。オリジナルより、意味が活きていればさいわいだ。アリエッティとショウの今後はわからないが、かまわないだろう。
じつは小人はショウの空想でしかない、という解釈も成り立つようにしてある。どんなにリアルに描いても、小人が存在するにはファンタジーが必要だから、ショウの「いるかもしれない」「いてほしい」「いるとしたら」と思う気持ちが介在するように順序を変えた。