創作  2012年11月15日(木)に書いた 妄想リメイク

[妄想] コクリコ坂から

[妄想] コクリコ坂から

整理してみた──

まえがき

 『コクリコ坂から』がわかりにくかったので、自分なりに整理してみた。

  • メルの愛称はまぎらわしいのでウミと呼称する。
  • ウミによるモノローグを加え、彼女視点の物語であることを明示する。

ナレーション

1963年、横浜──。
翌年に東京オリンピックを控え、世の中は高度経済成長の熱狂に包まれていました。
古いものは次々に壊され、新しいものに置き換えられていく。
誰も彼もが生き急いでいるような、そんな時代でした。

そのころ、私は高校2年生でした。
世の中のことも、明日のことも、自分のことも、
よくわかっていませんでした。

コクリコ荘/いつもの朝

 早朝。港が見える丘の上にある古びた下宿屋・コクリコ荘。
 その2階で16歳の少女・松崎ウミが目覚める。
 まだ寝ている妹と弟を起こさぬよう、そっと布団を畳み、
 そろりそろりと階段を下りて、朝食の支度をはじめた。

 部屋の中を映して、状況説明。
 松崎家の家族写真(父、母、ウミ、ソラ、リク)。
 父の遺影と遺品(父親は元軍人、船乗り、すでに他界)。
 カレンダーに記された母の帰国予定日(母親はアメリカにいる)。

 朝食後、祖母がウミに声をかける。
「ウミさん。
 部活動なり、恋愛なり、もっと若者らしいことをしなさいな。
 あなたのお母様は好きなことだけやっていましたよ。
 それがいいとは言えませんが、せっかくの青春なのですから」
 しかしウミはけろりと答える。意味がわかっていない。
「ありがとうございます。でも、私は幸せですから」

 ウミは庭に立つポールに信号旗を掲揚する。
「誰に向けたメッセージなの?」
「父さんが無事に帰ってきますようにと願っていたけど、今はもう習慣ね」
 店子に問われても、ウミは答えられなかった。

洋上のタグボート/少年の目

 コクリコ荘の信号旗を、洋上から見上げる少年がいた。
 17歳の風間シュンである。
 水先案内人である父のダグボートで通学していた。

「親父、あの信号旗の意味、わかる?」
「U旗とW旗。《安全な航行を祈る》だ」
 シュンの父は旗を見ないで答えた。
「コクリコ荘の女の子が揚げてるそうだ」
「コクリコ荘って、松崎さんの家?」
「いや、詳しいことは知らない。仲間から聞いた話だから」
「......誰に向けたメッセージなんだろう?」
「さぁね。
 でも横浜の船乗りは、みーんな、自分宛てだって思ってるよ。
 誰も確かめようとはしないがね。
 へたに確かめて、旗があがらなくなったら困るからな」
「......」

港南学園高等部/広場

そのころ、港南学園高等部では小さな紛争が起こっていました。
文化部部室棟「カルチェラタン」の取り壊しに、
一部の生徒が反対運動をはじめたのです。
しかし生徒の大半が取り壊しに賛成、もしくは無関心だったので、
運動は盛り上がりを欠いていました。

 昼食時、壇上で文化部の生徒たちが熱心に演説している。
 がなり立てる声に辟易しながら、ウミは友だちと語らう。
「あの人たちはどうして反対するの?
 カルチェラタンは老朽化がひどくて、危ないんでしょう?
 取り壊したあと、新しいクラブハウスを建ててくれるんでしょう?」
「そうなのよ!
 文化部の連中は伝統がどうのと騒いでいるけど、ただ汚くて、危険なお化け屋敷じゃない。あんなのに執着する男どもの気が知れないわ」
「薄暗いところで、なにをやってるのかしらね~」
「やだぁ」
「あ、そういえば」
「なに?」
「これよ、これ」
「どれ?」
 友だちが取り出したのは「週刊カルチェラタン」というビラだった。カルチェラタンの保存を訴えている。ウミが文面を読んでいると、
「ちがうちがう、そこじゃなくて、下よ」
 視線を下ろすと、下の欄に詩が書いてあった。

少女よ 君は旗をあげる なぜ
朝風に思いをたくして よびかける彼方
きまぐれな カラスたちを相手に
少女よ 今日も紅と白の 紺に囲まれた色の 旗は翻る

「これって、コクリコ荘のことでしょ?」
「それはウミに捧げる詩?」
「まるで恋文ね!」
「誰が書いたの?」
「えぇと、文芸部の......」

 そのとき、シュンが登壇した。かたわらに生徒会長の水沼が立っている。
 シュンはカルチェラタンの保存をあれこれ訴えるが、大半の生徒は興味がなく、野次を飛ばすものさえいた。騒然となる中、ウミとシュンの目があった。硬直するふたり。ウミの肩を友だちが叩いた。

「あの人よ」
「え?」
「文芸部部長の、風間シュンくん。
 それに生徒会長の水沼さん。
 あのふたりが週間カルチェラタンを発行しているの」
「ふたりともかっこいいんだけど、近寄りがたいのよねー」
「そうそう。いっつもカルチェラタンにいるからね。カルチェラタンがなくなれば、気軽に会えるかも?」
「そのころにはもう卒業よ」
「そっか」

 先生がやってきたことで、演説会は打ち切りになった。三々五々に散っていく生徒たち。その中から妹のソラがやってきた。
「お姉ちゃん。カルチェラタンに連れてって!」
「ど、どうして?」
「水沼さんに会いたいの!」
「どうして?」
「だって、カルチェラタンは怖いんだもん」
「そうじゃなくて......」
 屈託なく笑うソラに、ウミは肩をすくめた。

カルチェラタン/一目惚れ

カルチェラタンは魔窟でした。
お化け屋敷のように蜘蛛の巣やホコリまみれで、
資料やら機材やらが、雑多に積み重ねられていました。
私は、片付けたい気持ちを抑えながら、きしむ階段を上がっていきました。

広瀬さん、吉水さん、芹沢くん......。
ここで知り合った人たちとは、今もお付き合いがあります。
カルチェラタンの住人は、とても個性的で、親切で、おもしろい人たちでした。

 3階にある文芸部の部室。扉を開けると、シュンと生徒会長がいた。
「おっ、ボトルメールが届いたようだぞ!」
 生徒会長が歓迎する。ふりむいたシュンとウミの目が合った。
 黙ったまま見つめ合うふたり。周囲の音が遠ざかっていく。生徒会長とソラがなにか話しているが、耳に入らない。

...タグボートからコクリコ荘の旗が見えて......
...乱闘でシュンが突き指したんだ...
...ウミさん、手伝ってもらえないだろうか...

「え? あ、はい。やります」
 ウミはシュンを手伝うことになった。さっそく席に座って、ガリ版清書をはじめる。ふたりの共同作業を見届けた生徒会長は、
「カルチェラタンを案内しましょう」
 と、ソラを連れてどこかへ行ってしまった。

カルチェラタン/シュンと生徒会長

 その日からウミはカルチェラタンに通うようになった。そのたび生徒会長は席を外すが、ふたりは必要以上に近づかず、必要以上に言葉を交わさなかった。家事が忙しいときは、原稿を持ち帰る徹底ぶりだ。シュンを手伝うことは、シュンに接近するための口実ではなかった。

 ウミが帰った部室で、生徒会長がシュンに語りかける。
「これも一目惚れって言うのかな?
 きみたちは互いの姿を見る前から恋に落ちていたようだ。
 ぼくは運命なんて非科学的なものは信じないが、信念が揺らいだよ」
「茶化す」
「いやいや、感動しているんだ。
 きみたちは知り合ってまだひと月で、
 でえとっぽいこともしてないのに、
 長年連れ添った夫婦のような安定感がある。
 正直、ぼくは恋愛を軽く見ていた。いいもんだな」
「はいはい」
「気づいているか?
 近ごろ、カルチェラタンに女生徒が出入りするようになったんだ。
 彼女たちもカルチェラタンの住人や活動に興味をもっていたが、
 男やもめの魔窟を敬遠していたようだ。
 そこに松崎さんが風穴をあけた。
 いま、カルチェラタンに新しい風が吹いている!」
「へぇ」
「来週の大掃除も成功するだろう!」
「え? ウミが提案したあれを本気でやるのか?
 おいおい。カルチェラタンの埃は我等の誇り、って言ってたじゃないか。
 おまえが命令しても、みんな抵抗するぞ!」
「命令なんかしない。
 松崎さんがカルチェラタンの全住人に了承をもらっている。
 おまえだって了承しただろう?」
「おれはいいけど、ほかの連中が......」
「だからもう全員が了承したんだよ」
「いつの間に......」
「それだけじゃない。
 OBから道具や資材も提供してもらうことになった」
「そこまでウミが手配したのか?」
「いや、コクリコ荘に北斗さんというOGがいて、
 その人が手配してくれた。
 副生徒会長だった人物で、すごい切れ者だったよ。
 あとは実行するのみ」
「......」
「実際、すごいと思うよ」
 ふたりはカルチェラタンの窓から、下校するウミを見送った。

カルチェラタン/大掃除

 生徒会長が号令をかけ、カルチェラタンの大掃除がはじまった。
 多くの女生徒が集まってくれた。
 彼女たちは嬉々として男どもの巣を暴いた。抵抗する男もいたが、みな取り押さえられた。

 埃が払われ、汚れが落とされていく。
 ゴミが捨てられ、打ち付けられた窓が開く。
 建物が明るく、きれいになるにつれ、生徒たちの交流も深まっていった。
 生徒会長は感激した。

「ぼくはまちがっていた。
 古いものは古いから価値があるんじゃない。
 カルチェラタンが使えること、愛されていることを訴えるべきだった。
 守るべきは炎であって、灰じゃない。
 ありがとう、松崎さん!
 きみのおかげで、カルチェラタンは新たな命を得た!」

 拍手喝采を浴びて困惑するウミ。
 シュンも遠巻きに拍手していた。嬉しそうだ。

コクリコ荘/北斗さんのお別れパーティ

コクリコ荘の下宿人である北斗さんの就職が決まり、
北海道に移り住むことになりました。
壮行会には、カルチェラタンを代表して生徒会長と風間くんが来てくださいました。

 当日、男ふたりは大人たちと談笑し、ウミは厨房で宴会を支えた。
 宴会も終わるころ、ソラは生徒会長を、ウミはシュンを案内した。
 コクリコ荘の歴史、両親が駆け落ちしたこと、信号旗は父のために揚げていたこと、父が船乗りだったこと。
 ウミは古い写真を見せた。3人の士官が写っていて、名前が書いてある。
 沢村雄一郎、立花洋、小野寺善雄──。
 シュンの顔が強張ったことに、ウミは気づかなかった。

洋上のタグボート/風間親子

 翌朝、タグボートで登校中のシュンは、「沢村雄一郎」のことを訊ねた。
 シュンは風間夫婦の子ではなく、沢村雄一郎に託された養子だった。
「おまえはおれの子だ。それがすべてだ」
「わかってる。でも、知りたいんだ。
 沢村雄一郎はどんな人だったの?
 どうしておれを捨てたの?」
「捨てたわけじゃない。あのころはみんな余裕がなかったんだ」

 父親は話を打ち切ろうとしたが、シュンの様子を見て、もう少し言葉を継いだ。
「沢村雄一郎はいいやつだった。
 どうして子どもを手放すことになったのか、おれは訊ねなかった。やむにやまれぬ事情があったのだろう。なにがあったにせよ、沢村はいいやつだった。機雷にやられるまで、おまえのミルク代を送ってくれたんだ。成長したおまえを、会わせてやりたかった」
「......」
 シュンはそれ以上、追求できなかった。
 丘の上に、コクリコ荘の信号旗が見えた。

《安全な航行を祈る》

 高波に船が大きく揺れ、シュンはよろけ、倒れてしまった。

港南学園高等部/雨

 学校でシュンは、ウミを避けはじめた。ウミは戸惑い、生徒会長は不審がった。
 放課後、カルチェラタンの部室で生徒会長はシュンを問いただした。
「きのう、松崎さんとなにかあったのか?」
「なにも」
「うそをつくな!」
「......」
「おまえ、彼女になにかしたのか?」
「ちがう。なにもしていない。できない」
「できない?」
「......」
 生徒会長はシュンの言葉を待った。

「松崎ウミは、妹だったんだ」
「どういうことだ?」
 事情を説明すると、生徒会長はショックを受けた。
「し、しかし、戸籍上は他人だろ。結婚しても法的な問題ないはず」
「そういう話じゃない」
「あ、あぁ、そうだな。すまない。しかしおまえ......。松崎さんには?」
「まだ話してないが、言うよ。
 きちんと説明せずに、終わらせることはできない」
「終わらせるって......」

 そのとき、部室のドアが開いた。ウミが立っていた。

「聞いていたのか?」
 シュンより生徒会長がうろたえていた。
 シュンはまっすぐウミの目を見た。ウミも見つめ返す。
「......ごめんなさい。でも私......」
 シュンが遮った。
「おれとおまえは兄妹だ。
 初めてあったときから息があったのは、血のせいかもしれない」
「やめて!」
「ウミ。おれはおまえが好きだ。好き、だった。
 でも、どうしようもない。
 これからは......友だちで......」

 ウミは駆け去った。
 生徒会長はシュンの胸ぐらをつかんで殴ろうとしたが、やめた。
「ちくしょう!」
 生徒会長は吠えて、ゴミ箱を蹴った。
「おまえが怒れない分、おれが怒る!
 ちくしょーーーー!」

ウミの夢

 コクリコ荘に帰ったウミは、いつものように食事の用意する。しかし上の空だったから料理はめちゃくちゃになった。店子たちはウミを強引に休ませ、家事を替わった。することがなくなり、さらに困惑するウミ。

 深夜、布団の中でウミは泣いて、そのまま眠り、夢を見た。

 船乗りだった父親が帰ってきた。
「ただいま、ウミ」
「お父さん!」
 抱きつくウミを、やさしく抱いていくれる。
「どうしたんだい?」
「お父さん、お父さん、お父さんがよそで子どもを......」
 違和感があって顔を上げると、それはシュンだった。
「どうしたんだい?」
 父の声でしゃべるシュンを、ウミは突き飛ばした。
「愛しているよ、ウミ」
「うそ!」
 見ると、シュンが赤ちゃんを抱いていた。
「この子を預かってくれないか? 良子と結婚するんだ」
「やめてやめてやめて!」

 ウミは暗がりで目を覚ました。
(お父さんが好き。だから、風間くんを好きになったの?)
 布団の中に潜り込んだ。弟と妹はすやすや寝ている。

コクリコ荘/いつもとちがう朝

 翌朝、祖母が古くなった茶碗を捨てた。
「ずっと大切にしてたけど、もう買い替えないと駄目かしら」
「そうですよ。古いものをありがたがる時代じゃないです。
 新しい方が安くて、便利ですから!」
 店子たちが同意する。
「そういうものかしら」
「そうですよ」
「あれ、ウミちゃん」
「え?」
 ウミは無意識に泣いていた。

港南学園高等部/カルチェラタンの取り壊しが決定

数日後、登校すると学校が騒然となっていました。
カルチェラタンの取り壊しが決まったのです。
多くの生徒がカルチェラタンに集まって、はげしく議論していました。

「学校の横暴を許すな!」
「理事長の決定だから、校長に談判しても無駄だ」
「理事長に直訴するしかない」
「水沼! おまえが行ってくれ!」
「理事長は桜木町にいる」

「わかった。ぼくが代表で直訴してくる!
 生徒会長が席を立った。
「風間、それに松崎さん、いっしょにに来てもらいたい」
 シュンとウミがうなずくと、生徒たちはエールを送った。
「たのむぞ!」
「ウミ! お願い! 私たちの思いを伝えて!」

桜木町/戦前の決意

「桜木町って、こんなに変わっちゃったの?」
 ウミは桜木町の様変わりに驚いた。駅が修繕され、道路が広くなって、人通りが増えている。
「わずか数年で、ここまで変わってしまうなんて」
 今、こうしているあいだも古い建物が壊され、新しい建物に置き換えられている。まるで巨大な生物がどんどん成長しているようだ。

 生徒会長がつぶやく。
「以前の僕なら、変化は悪と決めつけていただろう。
 古い町並みを残せ、なにも壊すな、なにも動かすなとね。
 でもちがう。
 そういう視点でカルチェラタンを残したいわけじゃない。そうだよな?」
「あぁ」と同意するシュン。
「そのことを教えてくれたのは松崎さん。あなただ」
「私が?」
「今のうちに言わせてほしい。
 松崎さんがカルチェラタンとぼくらを変えてくれた。
 だから今日、ついてきてもらった。
 今日の直訴でカルチェラタンがなくなったとしても、
 あなたがしてくれたことは無意味じゃない」
「おい、水沼」
「わかってる。カルチェラタンをあきらめるつもりはない。
 ただ、見届けてほしいんだ」
 徳丸理事長のビルに到着した三人は、ぐっと気を引き締めて入っていった。

桜木町/徳丸理事長との面会

 三人は徳丸理事長と面会し、カルチェラタンの存続を訴えた。生徒会長とシュンが熱弁をふるう。理事長は思っていた以上に理知的な人物だった。

「結論ありきの意見をぶつけられると思っていたが、きちんとスジが通っている。
 そのとおりだ。
 やみくもに古いものを切り捨てるのはおかしい。残すべきものはある」
「では!」
「だが、カルチェラタンはあまりに古い。
 ふたたび震災が起きたら建物はぺちゃんこだ。
 それで生徒が何人死んでもかまわないと言えるか?」
「......」
「私もカルチェラタンの住人だった。
 あそこを潰すのは忍びない。
 だがそれ以上に、生徒の安全が優先される。そうだろう?」
「ですが!」

 そのとき、ウミが提案した。
「理事長。カルチェラタンの調査は、いつ、されたのでしょうか?」
「昨年の春だ」
「では、現在のカルチェラタンをご存じないのですね?」
「そうだ」
「過日、カルチェラタンは大掃除をしました。
 積み重なっていた古道具や紙の束は廃棄され、手すりや窓枠は修繕されました。
 風通しもよくなっています。
 私は建築のことはよくわかりませんが、以前より安全になっていると思います」
「そ、そうです!
 閣下、もう一度! もう一度、調査をお願いしたい!
 カルチェラタンは変わったのです!」

 熟考の末、理事長はいった。
「わかった。では明日、調査員を派遣しよう」
「明日? あまりに急な」
「準備する間がないというのかね?
 きみたちは試験前だけ勉強すればいいと思っているのか?」
「いえ。そういうわけでは」
「追加調査は午前中に終わる。
 放課後、私もお伺いして、結果をみなに伝えよう。
 しかし調査の結果、危険な建物と判明したときは、取り壊しに賛成してくれるね?」
「は、はい」
 承知するしかなかった。

桜木町/路上のわかれ

 会談後、生徒会長は方方に電話して、カルチェラタンの危険物は今夜中に撤去されることになった。しかし予断はできない。追加調査の結果が駄目なら、もう反対する理由がなかった。

「ごめんなさい。私がよけいなことを言ったばかりに」
「いや、松崎さんはまちがっていない。
 チャンスができたんだ。これ以上は望むべくもない。
 明日の調査結果がどうなろうと、素直に受け入れよう。
 科学と法律をおざなりにしたら、ぼくらの立つ瀬はない」
「だが、大人たちがズルをする可能性もある!」
「それはズルを確認してから考えるべきことだ」

桜木町/上を向いて歩こう

 生徒会長が去って、シュンとウミが残された。
 ふたりで歩いていると、シュンが沈黙を破った。
「今日はありがとう。助かったよ」
「いえ......」
「謙遜しなくていい。
 あんな偉い人相手に、きちっと話してくれたんだ。
 ありがとう」
「ちがうの」
「なにが?」
「みんな、私のことを褒めてくれるけど、ちがうの。
 私はただ、できることをやってるだけ。
 なにも考えてないの。
 カルチェラタンも、伝統も、文化も、学校も、みんなのことも、どうでもいい。
 私は、なにも考えてない」
「ウミ......」
「私、風間さんが好き。
 たとえ血がつながっていても、兄妹でも、あなたが好き。
 あなたと一緒にいたい」
「......おれもだ」
「まだ混乱して、よくわからないけど、
 私のこと、きらいにならないで。
 そばにいられなくてもいいから......。
 私、好きなの。
 お父さんとか、お母さんとか、関係なくて、私......」

 ウミはぽろぽろ泣き出した。
 シュンは周囲を警戒してから、ウミをぎゅっと抱きしめた。
 ウミはびっくりするが、そのままシュンの背に手を回し、しがみつくように泣いた。
「私ね、私ね......」
「なにも言うな。言わないでくれ」

(間)2人がセックスしたかもしれない時間。

 ほどなく、ふたりはわかれた。
 しばらく歩くと、また涙がこぼれそうになった。なのでウミは、上を向いて歩いた。

(曲)上を向いて歩こう

コクリコ荘/母親の帰国

 コクリコ荘に帰ると、母親がもどっていた。アメリカから一時帰国したのだ。再会を喜ぶ母と娘。
 その夜、ウミは母親の部屋を訊ねて、シュンのことを問うた。

「そうね。ちょっとややこしい話かもしれないわね」

 母の話によると、シュンは雄一郎の子ではなく、立花夫妻の子だった。古い写真の中央に映っていた人物である。
 立花夫妻は事故で亡くなり、赤ん坊だけ助かった。放っておけば孤児院に入れられてしまうため、雄一郎は自分の子として役所に届け出た。しかし雄一郎は船乗りだし、良子は妊娠中だったから、赤ん坊を育てる余裕はない。そこで風間夫妻にあずけることにした。

(回想)
 風間氏は、詳しい事情を聞こうとしなかった。
「なにも言うな。言わなくていい。
 今日からおれの子だ。おれがしっかり育てる」
 風間夫婦が赤ん坊を抱きしめる。
(回想おわり)

「もしその子が、本当にお父さんの子どもだったら?」
「その子が? 考えもしなかったわ。
 そうねぇ、あの人がよそで子どもを作っていたとしたら?
 ふふ、会ってみたいかしら?」

 冗談めかして答えたが、ウミが泣き出したのを見て、良子はまじめになった。娘を抱き寄せ、髪を撫でる。
「その子のことが好きなのね?」
「うん」
「兄妹じゃないかって、不安だったのね?」
「うん」
「大丈夫よ。あなたのお父様はそんなに器用じゃない。
 でもね、やさしい人だった」
「うん」

 ウミを寝かしたあと、良子は電話をかけた。
「あ、風間昭雄さんですか?
 私、沢村雄一郎の妻、良子です」

カルチェラタン/調査結果

 翌日の放課後、徳丸理事長を乗せた車が港南学園にやってきた。カルチェラタンを視察したあと、壇上でマイクを受け取った。

「私は港南学園の卒業生であり、カルチェラタンの住人だった。
 しかし私の在校時より、今のカルチェラタンの方が新しい!
 この建物がいかに愛されているか、よくわかった。
 だが! 安全性の判断は厳格に行われる」

 生徒たちの顔が強張る。

「調査の結果、
 カルチェラタンの劣化は見た目より進んでおり、
 このまま使用しつづけることはできないとわかった!」

「り、理事長!」
「そんな!」
「ま、ま、まってください!」
 生徒たちが声を荒げるが、理事長は手で制する。

「だが、補修工事をすれば安全性を確保できることもわかった。
 よって取り壊しは撤回する!」
「お、お、おおおおーーーー!」

 理事長は拍手喝采を浴びた。
 次いで生徒会長に拍手が送られたが、
「すべて松崎さんとシュンの功績だよ」
 と躱す。

 生徒たちはふたりを取り囲み、歓声を上げた。困り果てるウミを見かねて、シュンが壇上に立って、音頭を取った。三三七拍子で、場を仕切る。
 もみくちゃにされながら、ウミはうれし涙を浮かべた。女生徒たちに、もらい涙が伝染していく。カルチェラタンは熱狂に包まれていた。

校門、桟橋、洋上/真実へ

 ウミとシュンが校門を出ると、風間昭雄が待っていた。
「父さん、なんで?」
「おまえの父親を知る人物が港に来ている。
 いまを逃すと、外国航路で何年も帰らない。
 タグボートを寄せてある。
 会っておけ」

 シュンは身を乗り出したが、立ち止まり、ウミに手を差し伸べた。
「行こう」
 ウミは躊躇するが、その手を取った。
「はい」

 桟橋からタグボートに乗って、洋上へ。
「怖いか?」
「......怖い」
 震える肩に、シュンが手を重なる。
「あれを見て」
 シュンが指さした方向に、コクリコ荘の信号旗が見えた。はじめて海から見た。

《安全な航行を祈る》

 高波に船が大きく揺れたが、ふたりは支えあい、倒れなかった。

航洋丸/真実を知る人

 航洋丸に接舷して、艦橋へ。
 そこにいたのは船長・小野寺善雄だった。古い写真に写っていた3人目の人物だ。

「きみの父親は立花洋だ。
 その写真に写っている。隣に沢村もいる。
 私たちは親友だった。
 きみのご両親が亡くなった時、私は海に出ていた。
 そうでなかったら、私だって沢村と同じことをしていたと思う」

「立花も沢村も逝ってしまったが、いまここに、あいつらの息子と娘がいる。
 こんなにうれしいことはない。
 ありがとう」

 シュンとウミは、小野寺と握手を交わして、船を下りた。
 航洋丸は錨を上げて、横浜港から旅立っていった。

コクリコ荘/いつもの朝、エンディング

 今日もウミは、コクリコ荘の庭から信号旗を揚げる。
 起きてきた店子がたずねる。

「シュンくんにメッセージを送っているのね」
「ちがうわ」
「それじゃ誰に?」
「誰かに」
「誰かって?」
「誰かよ」

 ウミが笑顔を見せた。

[お わ り]


 とまぁ、こんな物語を見たかった。

コメント (Facebook)

思考回廊 創作
[妄想] コクリコ坂から