第56話:賢い選択
2008年 ショートショート「おまえ、ダイエット中だったのか。そりゃ、悪いなぁ」
高校時代の友人・シゲルは、がははと笑ってジョッキを飲み干した。
(ちくしょう、うまそうに飲み喰いしやがって!)
メタボリックな私は半年前からダイエットしているが、ぜんぜん成果が出ない。だから今夜は飲みたくなかったんだ。私はウーロン茶を飲んだ。
「シゲルは太らない体質だったっけ?」
「うんにゃ、おれも2年前は体重100キロだった」
唐揚げを頬張りながら、シゲルは首を振る。
「どうやってダイエットしたんだ?」
「んー、脂肪摘出手術したんだ」
口から鶏の骨を取り出し、皿に並べる。
「それって、ズルじゃねぇか」
「ズルなもんか!
歯を食いしばってダイエットする方が偉いのか?
本を読んで、科学的に運動するのはズルじゃないのか?」
畳み込まれて、返す言葉がなかった。
シゲルは唐揚げの追加注文する。食欲旺盛だった。
「そんなに喰ったら、リバウンドするぞ」
味が濃かった味噌汁を、シゲルはお湯で薄めて飲み干す。
「大丈夫。
手術のとき胃も小さくしたけど、食事が楽しくないので元に戻した。
今は、消化不良剤を服用してる」
「消化...不良剤?」
「食べても栄養吸収させない薬だよ」
シゲルは製薬会社と契約し、自分専用の薬をたくさん服用していた。健康維持だけでなく、疲れをとる薬、強気になる薬、眠くなる薬、目が覚める薬、性欲を高める薬、抑える薬......などなど。
「そ、そんなに飲んで、副作用はないのか?」
「テレメーターでバイタルチェックしてるから、飲む薬の量や時間を間違えることはないね」
腕時計のスイッチを押すと、心拍数や血圧が表示された。満腹メーター63%、お酒メーター51%とある。製薬会社とデータ通信しているようだ。
「費用は?」
「製薬会社は口座も管理してるから、無理のないプランを提案してくれる」
「そ、そこまで任せちゃっていいのか?」
「いいのさ。科学による最適化だよ。
おれが健康で、出世すれば、製薬会社も儲かる。共存共栄さ」
追加の唐揚げが届いたので、かじりつく。むしゃむしゃ、ごくん。
「いいや、納得できん!
管理された生活に、なんの意味がある?
自分で考え、苦しんだ分だけ、生きたと言えるんだよ!」
強く主張したが、シゲルは眉をひそめて言った。
「そーゆーことは再就職してから言えよ。
苦しむだけが人生じゃないぞ。
今日はおごってやるから、ちゃんと喰え」
飲み代の心配がなくなったので、私もビールと唐揚げを注文した。
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