第59話:本気のしるし よねこさんに、「ショートショートには萌えが足りない」と指摘され、考えてみた。 やっぱり萌えがないかも。 萌えは難しい。 子どもと本気で向きあうのはいいが、 子どもに本気になっちゃダメ、という話。

2008年 ショートショート
第59話:本気のしるし

「先生、私、初めてじゃないよ」

 放課後の教室で、ミユキはぼくの机に腰掛けた。書類が床に落ちる。
「なにが、だだれと、どうして?」
 感情が逆流して、うまくしゃべれない。
 耳元で少女が囁く。
「キスしてくれたら、教えてあげる」
 少女は目をつむり、うすく唇をひらいた。

 ミユキは中学生、ぼくはその担任。
 半年ほど前、熱烈に言い寄られて交際することになった。交際といっても、夕方までおしゃべりするだけ。オママゴトだ。
(子どもの本気は本気じゃない)
 そう思ったからこそ、軽い気持ちで交際をOKした。
 しかし気がつけば、ぼくが本気になっていた。自分の半分しか生きていない少女を、魅力的な女性として認識していた。

 人がいなくなると、ミユキはいつも身体をすり寄せ、キスをねだってくる。
「先生の本気を見せて」と挑発する。
 ぼくはいつものように軽くあしらう。半年前に比べ、今は内心の動揺が激しい。
 しかし今日は、自分が初めての相手ではないと言われて、気持ちを抑えきれなくなった。

 ぼくは少女を抱き寄せ、唇を奪った。
 ミユキは驚き、身体をこわばらせたが、やがて力を抜いて、熱い息をもらした。情熱的に唇を重ねてくる。脳がとろけそうになったとき、ミユキが泣いていることに気づいた。

「だ、大丈夫かい?」
 ぽろぽろ涙をこぼしながら、ミユキは微笑んだ。
「さようなら、先生」
 次の瞬間、首筋に火花が散った。
 背後からスタンガンを押し当てられたのだ。

「気がつきましたか?」
 長身の保険医がのぞき込んでいる。ここは保健室のベッド?
 白衣の影にミユキが見えた。手を伸ばそうとするが、身体が動かない。保険医がなにか伝えると、ミユキが枕元にやってきた。
「先生、ごめんね」
 チュッと、ほおに口づけすると、少女は軽やかに保健室を去っていった。
 残った保険医が状況を説明してくれた。

「あなたは本気を試されていたのです」
 ミユキは子ども扱いされることを望んでいた。
 本気の大人は子どもに手を出したりしない。手を出さないことが、本気で愛していることの証明だったのだ。

 だが、ぼくは誘惑に負けた。もう恋人になる資格はない。

「ひょっとして......」
 保険医は小中高を一貫して受け持っている。それを指摘すると、保険医は笑みを浮かべて、自分のほおを指さした。
 彼も恋人の資格を失っていた。
 そして彼女を守る騎士の「しるし」をもらったのだ。

 ぼくは誓った。
 一生かけて、彼女を守り抜くと。

 それがぼくの本気の証明なのだ。


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