第74話:さまよえる生き霊 74話目。本文よりバックナンバーの方が長くなった。 生き霊は、生きている人の怨念が祟るもの。 『源氏物語』で、葵の上を呪い殺す六条御息所が有名。 怨念ではなく、愛情が暴走したパターンを描いてみた。 まぁ、心を亡くすと書いて、忙しい。 現代社会には、けっこう多くの生き霊がさまよっているかもね。
2010年 ショートショート「おまえ、まだ生き霊に悩まされているのか?」
げっそり痩せた同僚のタカミチを見て、おれは心配になった。大丈夫と答えるが、ぜんぜん大丈夫じゃない。いまも会議中に倒れたので、休憩所に運んできたところだ。
タカミチはいわゆるプレイボーイで、浮いた話が絶えない。その彼が、数ヶ月前から生き霊に悩まされている。
夜な夜な枕元に白い女(=霊)が現れ、セックスを求めてくるそうだ。どうしても抵抗できず、また強烈な快楽にのめり込み、精力を使い果たして朝を迎える。
冗談でないことは、こけた頬を見ればわかる。このままではヤバイ。死んでしまう。
「正体はわかってる。イクコだ」
イクコも、同じ会社に勤める社員。地味で、物静かな女性だが、一時期、タカミチと交際していた。いや、タカミチが遊び半分で口説いて、捨てたのだ。かなり泣かれたそうだが、それも1年前のこと。イクコは今日も、ふつうに出社している。
タカミチは霊能者に相談して、事態をあらかた把握していた。
イクコはタカミチとの逢瀬を忘れられず、その思念が身体を抜け出してしまったのだ。生き霊は潜在意識のようなものだから、彼女自身も気づいていない。
そういえば、イクコは変わった。
ふつうに仕事をして、ふつうに会話するんだけど、感情が欠落したような印象を受ける。あれは心の整理がついたわけではなく、整理できない心が外に飛び出していたのか。
「本人が気づいてないものを、どうやって止めればいいんだ?」
おれは問うたが、タカミチは首を振る。
「いいんだ。このままで。
じつはおれも、イクコを好きになったんだ。こんなに激しく愛されたことはなかった。このまま呪い殺されても本望だ」
やつれた笑顔は、鬼気迫るものがあった。
「だが、おまえが死んだら、彼女の生き霊が行き場をなくすんじゃないか?」
「わかっている。考えがある」
タカミチはそれ以上語らなかった。
◎
数日後、おれはタカミチの真意を理解した。
タカミチも、感情が欠落したゾンビのようになってしまったのだ。
ふつうに仕事をして、ふつうに会話するんだけど、以前の彼じゃない。どうやったか知らないが、タカミチも生き霊を飛ばしている。今日もどこかで、イクコの生き霊と愛しあっているだろう。
そして心をなくした2人の身体は、機械のように働いて、食べて、生き霊を養っている。
その方法を聞いておけばよかったと、おれは深く後悔した。
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