第87話:関係の禁断
2010年 ショートショート「おれ、卒業したくない。ずっと先生といっしょにいたい」
やるせない横顔を見せるミキヤ。
その瞬間は、額縁に入れて飾っておきたいほど美しかった。この瞬間を見るために、私は生まれてきたのね。
「そう言ってもらえて、うれしいわ。
でも、その気持ちはきっと、すぐに冷める。女教師との禁じられた関係なんて、流行病みたいなもの。卒業すれば、すべて終わり」
我ながら説教臭いことを言っている。でも教師だから、いいじゃない。
情事でほつれた髪を巻き上げる。早く片付けて、美術準備室の鍵を返さなくちゃ。ミキヤとの密会に使ってきたこの準備室も、明日からは私独りになるのね。あぁ、ロマンチックでないことが頭をよぎってしまう。いまはミキヤに集中しなくちゃ。
ミキヤに押し倒されたのは1年半前。思い返すと、私にも隙があった。だって、こんなにきれいな子、見たことなかったから。私はきっと、怯えるような目で彼を見ていたと思う。私はミキヤを受け入れたつもりだけど、じつはミキヤの方が、あわれな私に気づいてくれたのかもしれない。
生徒に手を出すなんて、教師失格で、人間失格だけど、それでもいい。それだけの悦びがあったから。
夢のような日々も、今日で終わり。卒業すれば、やがてミキヤも私に飽きてしまう。そうなる前に、今日、きれいに別れてしまいたい。
◎
「あなたは自由よ。新しい恋人を探しなさい」
そう言うと、ミキヤは泣きながら準備室を出て行った。
もう彼は帰ってこない。なんてアッケナイの。
でも十分。
私はもう、誰も愛せない。
◎
「警察ですが、ご同行願います」
校門を出たところで、いきなり刑事さんに囲まれた。あれよあれよと取調室に連れ込まれる。なにがどうなってるの?
「先生、あんた、そうとうなスキモノだね。
ミキヤくんを脅して、性の奴隷にしてたっていうじゃないか!」
刑事の品のない詰問を、私は無視した。
さっきまでミキヤを見ていた目に、無粋なものを映したくない。
どうやらミキヤが警察に被害届を出したらしい。恥ずかしい写真をネタに、2年前から女教師に関係を強要されていたとか。
なるほど、捨てられたと思ったミキヤは、すねて、私を困らせようとしているのね。いいわ。どのみち私は罪人だから。言い訳なんかしない。社会に誤解されても平気。だって、ミキヤと過ごした日々の思い出があるから。
部屋の隅で、刑事たちがなにか言っていた。
「駄目ですね。精神鑑定にまわしましょう」
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