第95話:ツンデレは心の中にあり

2011年 ショートショート
第95話:ツンデレは心の中にあり

「ツンデレはさ、心の中にあるんだよ」

 おれはそう呟いて、ビールを飲み干した。お代わりを注文すると、ヒデも追従する。
「なにそれ? その、サキさんって女の子の話?」
 ヒデは大学時代の友人。久しぶりに連絡があったので、今夜飲むことになった。四方山話に興じていると、ヒデがおれの恋愛話を求めてきた。ヒデは子持ちの親だが、おれには浮いた話の1つもない。ふと、同僚のことを思い出したので、その名を挙げたところだった。
 ビールが届いたので、話を再開する。

「いや、おまえが期待するような関係じゃないよ。むしろギスギスしてる」
「ギスギス?」
「サキさんはさ、すげー態度が悪いんだ。
 声をかけるたび、ツンツンした言葉を浴びせられる。たとえば、

 いい天気だね → 午後から雨です
 お弁当なんだ → 貧乏ですから
 週末はフットサルやるぞ → スポーツマンでいらっしゃる

 って感じ。嫌われてるわけでもなさそうだし、あれが"素"なんだろうな。きれいな顔立ちしてんのに、もったいない」
「美人なら、ツンツンも許せるだろ?」
「逆だよ。立ち振る舞いがよければ、顔が十人並みでも惚れるけど、あれは無理! うかつなこと言えば睨まれるし、無視するのも危ない。とにかく気を遣うよ」
「そうなのか......」
「でもね、不愉快な態度も、じつは不器用なだけって思えば許せることに気づいたんだ。
 たとえばさ、サキさんは女子校育ちで、男性との接し方がわからない。いざ好きな人ができても、ツンツンした態度をとってしまう。彼女は毎晩、かわいくない自分を呪っているってストーリー。
 目に見えずとも、そこにデレがあると思えばあるんだよ」
「それで......ツンデレは心の中にあり、なのか?」
「そ。ぶっちゃけ、妄想してる方がハッピーになれるね。
 こんな妄想してると知られたら、セクハラで訴えられそうだけど。
 最後の唐揚げ、もらっていい?」
「え? あぁ、どうぞ。
 しかしさ、妄想から生まれる恋愛もあるんじゃないか?」
「はは。それ、なんてエロゲ?」

 ヒデが黙りこくってしまった。なにやら神妙な顔をしている。
 ふと閃いた。

「いま、新たなストーリーを思いついたぞ!
 サキさんは、ヒデと同じ高校出身なんだよ。でね、恋に悩んだ彼女は先輩のおまえに連絡して、おれの気持ちを確かめるべく飲み会を企画したんだ。いやー、泣かせるね。あっはっは。
 なんだよ、ヒデ。暗いな。悩み事でもあんのか?」


(966文字)