第38夜:脳を盗まれた女

2010年 夢日記
第38夜:脳を盗まれた女

「盗まれた脳を、取り返してほしいんです」

 アケチ探偵事務所に、奇妙な依頼人がやってきた。美しい女性で、自分の脳が盗まれたと言う。脳を盗まれて、なぜ平気なんだろう? むらむらと興味がわいてくるが、先生は「ふむ」とあいまいな返事をするだけで、ただじっと彼女を見つめている。彼女も先生をじっと見つめている。なんなんだ?

「見てください」
 そう言って彼女は、かぱっと左の頭蓋骨を外した。人体模型のように脳の断面図が見える。ちゃんとあるじゃないか、と思ったけどちがう。断面が見えるのは、左脳がまったくないからだ。
 脳幹にチップが埋め込まれていた。このチップで、欠けた脳の機能を補っているようだ。
「寝てるあいだに盗まれてるみたいなんです。このままだと、脳なしになっちゃいますね」
 ……彼女が怖くなった。

 彼女の家を見張ってると、ドアから犯人が出てきた。手に、脳をもっている。なんてこった! 寝てるあいだじゃなくて、真っ昼間から堂々と盗まれてるじゃないか。
 依頼人は気を失っているので、ぼくらは犯人を追った。

 犯人は、廃屋の一軒家に入っていった。彼女の家から100mも離れてない。
 中に入ると、レインコートを着た女性が「きぃぃぃぃぃ!」と叫んで突っ込んできた。それも1人や2人じゃなくて、たくさんいる。先生が当て身で気絶させ、フードを剥ぐと、その顔は依頼人だった。頭蓋骨を空けると、ちょっとずつ脳が入っている。
 つまり犯人は、依頼人のクローンを量産して、盗んできた脳を小分けしていたのだ。

 先生は、クローンたちから脳を拾い集めた。そして犯人と交渉して、残っていた脳も全部回収できた。

 犯人は「逮捕できない存在」だったので、逃がしてしまった。
 いや、逃げてもらったと言うべきか。犯人がその気になれば、ぼくらの脳も盗まれてしまうだろう。それを止める手立てはない。

 取り返した脳を組み合わせると、半球の脳がまるまる一個完成した。右上が少し欠けているのは、そこがまだ彼女に残っているからだ。脳の9割以上を盗まれた彼女は、果たして「本人」と言えるんだろうか? この9割の脳をクローンに入れたら、そっちが「本人」になるんじゃないか?
 こーゆーの、なんて言ったっけ? そう、「テセウスの船」だ。

 先生が彼女に脳をはめ込むと、「きぃぃぃぃぃ!」と叫んで突っ込んできた。
(あー、やっぱり)
 ぼくは理解した。
 彼女は先生の恋人だったんだ。しかし捨てられて、恋しさが憎しみに変わってしまった。そこで犯人と出会い、憎しみに染まった脳を取り除いてもらった。
 憎しみが消えると、気分は軽くなった。実際、頭も軽くなっていただろう。最初は少しだったが、先生のことを思い出すたびに憎しみが芽生え、どんどん脳が抜き取られていった。
 気がついたときには脳の半分以上が抜き取られ、犯人のことも、先生のことも忘れていたわけだ。

 暴れる彼女を、先生は馬乗りになって押さえ込んだ。そして脳を全部取り出して、瓶に詰め込む。瓶は冷蔵庫へ。
 そして彼女のチップを100%稼働させる。目覚めると、きょとんとした顔で彼女は言った。
「なんだか気分が軽くなりました」
 先生は適当なことを言って、彼女を帰した。
「ありがとうございました」
 細かいことを気にしなくなった彼女が、スキップしながら帰って行く。

 自分の脳が0%になってしまった彼女は、幸せなんだろうか?
 先生は、冷蔵庫の脳をどうするつもりなんだろう?

 という夢を見た。
 久々に充実した夢だった。枕元のiPhoneにキーワードを書き出して、起きてから清書する。夢日記にまとめるにあたって、整理した部分は多い。
 たとえば、先生と彼女の関係は最初から知っていたし、犯人と先生と私自身が同一だったシーンもあるけど、そのへんは割愛した。ややこしすぎる。

 犯人のモデルはケムール人、もしくはエレファントマン。アケチ先生は『仮面ライダーW』の鳴海荘吉。依頼人の女性は『化物語』のレイニーデビル。脳の機能を肩代わりするチップは『銃夢』から。全体の構成は『化物語・ひたぎクラブ』に近い。依頼人と犯人の家は、私の実家近辺がモチーフになっていた。
 いろいろパクリだけど、ちゃんと書いたらおもしろくなりそう。

 脳を部品のようにつなげたり、取り替えるイメージは強烈だった。
 ちょっと気持ち悪くなった。