第12話:滅私奉公 ss12 仕事がイヤになった部下を、 なんとかして、やる気にさせようと努力する上司。 そんな2人を見ていて、思いついた話。
2005年 ショートショートノックの音がして、次の患者が入ってきた。
気の弱そうな男だ。資料には34歳とあるが、50歳くらい見える。目は落ちくぼみ、肌に生気がない。係員にうながされて、彼は対面に座った。
「トシアキさん、ですね?」
「は、はい」
見てて痛くなるほど、肩に力が入っている。
「もうちょっと楽にしてくれ。これから簡単なテストをするから……」
「だ! だ、駄目です。ててテストは駄目です!」
私の言葉をさえぎって、トシアキは大声を上げた。この反応も、もう見慣れてきた。
「わかっているよ。教団では、テストのたぐいは禁じられていたんだよね。でも……」
「ちが、ちがいます! じぶ、自分の、い、意志で、ちが……」
トシアキは私にではなく、自分に言い聞かせているようだった。私は音楽をかけて、彼が落ち着くのを待った。
◎
彼が所属していた教団は、テロ組織だった。
人々の不安につけ込み、その財産や自由意志を奪い取り、狂信者へと仕立て上げる。数年前の強制捜査によって、その実情は露見。教団は完全に消滅した。
私はカウンセラー。私の仕事は、元信者たちに道を示してやることだった。
それにつけても、哀れといえば哀れだ──。
トシアキは、教団にすべてを捧げてきた。それゆえ、教団を否定できなくなっている。払ったものが大きすぎると、対象を否定できなくなるのだ。
たとえば、小さな買い物なら後悔できる。あんがい冷静だ。しかし大きな買い物だと、マチガイを認められない。欠点には目をつむり、他人の意見には耳を塞ぐ。これは素晴らしいものだと思い込むようになる。
だが、彼の教団は社会的に否定された。
彼が受けたショックは、想像するにあまりある。このまま放置しておくわけにはいかない。なんとしてでも社会復帰させてやりたい。
◎
「わかりました。ぼくが、まちがっていました……」
長い説得の末、トシアキは心を開いてくれた。トシアキが笑顔を見せたので、私も嬉しくなった。
「それじゃ、ここにサインしてくれるか?」
「はい!」
渡されたペンをとって、トシアキは書類にサインした。
「よし! きみは第18師団に配属される。
戦争に反対する教団に属していた経歴は、完全に抹消された。
今日からはお国のために尽くしてくれ!」
「はい。尽くします!」
トシアキは去っていった。
やはり人を救ったあとは気持ちがいい。
戦争で両足を失ってからは、この仕事の重要さがいっそう強く実感できるようになった。
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