第61話:歴史に残る仕事 法隆寺五重塔の天井には、大工さんの落書きが残っているんだってね。 元ネタは、なべぇる氏と、xabeille氏の日記。

2008年 ショートショート
第61話:歴史に残る仕事

「ぼくはこの仕事に向いてないのかもしれません」

 昼休み、弁当を食べ終えたタケルは深いため息をつき、遠くを見据えた。
 いつもの陽気さは影もない。よくない兆候だった。
「なにか悩みでもあるのか?」
 私はお茶を飲みながら、話を聞くことにした。
 タケルは優秀な現場監督なので、いま脱力されては困る。

「最近、いろいろ疲れてきちゃって。
 歳とって身体が衰えたのか、もしくは脳がしぼんじゃったのかも......」
「なに言ってるんだ。まだまだ若いよ」
「若いですか?
 つまり定年まで、まだまだ時間があるんですよね。
 あと何年も、何十年も、この仕事をつづけられる自信がありません」
 タケルは訥々と話しはじめた。

 給料や待遇に不満があるわけではなく、仕事の意義を見失っているようだ。
 私たちは建築の仕事をしている。
 より美しく、使いやすく、長い歳月に堪えられる建築を心がけているし、クライアントもそれを望んでいるはずだが、ときおり意見が食い違う。
(そんなところに手間をかけても無駄だろ!)
(ここで労力を惜しんで、どうすんの?)
 クライアントはわけのわからない注文を割り込ませてくる。
 やんわり修正しようとするが、聞き入れてもらえない。結局、言われるまま作業するわけだが、見えないところで手が抜かれるため、建物の寿命は短くなる。しかし遠くが見えないクライアントは喜ぶ。
「こんな仕事を続けていたら、この業界の未来は危ういと思うんです」
 それがタケルの悩みだった。

「だったら、手を抜かなければいい」
 私がそう言うと、タケルは目を丸くした。
「しかし手を抜かないと、コストオーバーします。
 余計な注文を聞きながら、理想的な結果を出すのは無理です」
「いいや、やるんだ。それが仕事だよ」
 私が言い切ると、タケルは深く考え込んだ。
 悩むがいいさ、若者よ。
 おまえの仕事は、いつか誰かに評価される。そのためにも身を削り、魂を削って前に進むのだ。

「わかりました、師匠」
 タケルは吹っ切れたようだ。目が輝いている。
「そうか。
 ではさっそくだが、大きな案件を受注したんだ。
 それをタケルに任せたい」
「はい、歴史に残る仕事にしますよ!」

 1400年後──。

「はい、みなさん。ここが法隆寺です。
 法隆寺を建てたのは誰ですかー?」
 先生の質問に、陽気な生徒が答えた。
「大工さんでーす」
「カケルくん、ふざけないで。授業でやったでしょ。
 法隆寺を建てたのは聖徳太子ですねー!」

「はーい」
 生徒たちは明るく答えた。


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