【ゆっくり文庫】江戸川乱歩「屋根裏の散歩者」 Watcher in the Attic (1925) by Edogawa Ranpo

2020年 ゆっくり文庫 ミステリー 日本文学 江戸川乱歩
【ゆっくり文庫】江戸川乱歩「屋根裏の散歩者」
094 性(さが)と向き合う──

郷田三郎はなにをしても楽しめない男だった。病気だったのかもしれない。彼はあきらめず、楽しめることを探しつづけた。そしてついに「ふつうの楽しみ」を手に入れるのだが...

原作について

江戸川乱歩

江戸川乱歩 (1894-1965)

 明智小五郎シリーズの5作目。何度も映像化されているから、知名度は高いだろう。しかし私は映像作品に納得しておらず、それゆえ文庫版を作ることにした。

  1. [青空文庫] 江戸川乱歩「屋根裏の散歩者」
  2. [Wikipedia] 屋根裏の散歩者

先行作品

屋根裏の散歩者:映像作品
種別タイトル
1962年ドラマ『ミステリーベスト21』#20
1970年ドラマ『江戸川乱歩シリーズ 明智小五郎』#10
1970年映画密戯抄 屋根裏の散歩者
1976年映画江戸川乱歩猟奇館 屋根裏の散歩者
1986年アニメ『青春アニメ全集』#27

郷田はカネ目当てに遠藤殺害を決意。未遂に終わる。

1988年ドラマ『江戸川乱歩の美女シリーズ』#29 日時計館の美女

郷田母娘とお宝をめぐる諍い。

1994年映画屋根裏の散歩者

実相寺監督、ノリノリのエロ描写。

2007年映画エロチック乱歩 屋根裏の散歩者

現代版。狂人ばかりで意味不明。

2016年映画屋根裏の散歩者

なにも楽しむことができない郷田の性質が描かれず。

2016年ドラマ『シリーズ・江戸川乱歩短編集 1925年の明智小五郎』#03

明智は美女、郷田は巨躯の口下手。原作通りなんだけど没入できず。

2016年ラジオ【きくドラ】江戸川乱歩「屋根裏の散歩者」(15分)

屋根裏の散歩からスタート。郷田は変態の小悪党。

 なにが不満かというと、「エロ」を強調しすぎ。アダルトビデオのような刺激的な情景が繰り広げられるが、そこは重要じゃない。なぜなら郷田三郎は屋根裏の散歩に飽きてしまうから。

 あるいは郷田の「変態性」を強調しすぎ。たしかに屋根裏から覗くのは変態だし、殺人も許されないが、「楽しみ」を得ようと努力した経緯を無視しないでほしい

 郷田三郎に同情しろとか、許容しろと言うのではない。異物が排除されるのは仕方ない。しかし異物のすべてを否定すると社会が閉塞する。異物の心を汲み取る探偵がいてもいい。
 そんな思いで翻案した。

キャスティング

(犯人)郷田三郎 ... 明らかな変態、悪人、狂人、社会不適合者、サイコパスとして描きたくない。清廉な人間でもない。そこで魔理沙を起用した。豊聡耳神子との関係性は乏しいが、「心理試験」「双生児」と同じ。
 自分の性(さが)と向き合い、道を外れていくところは、魔理沙に合っているだろう。

魔理沙:女装

魔理沙:女装

(被害者)遠藤 ... 初期案では霍青娥だったから、「ひっひっひ」と笑っている。しかし【ゆっくり文庫】で死体役と言えば比那名居天子であった。

(探偵)文庫式:改 ... 文庫式みこをブラッシュアップした。『地球へ...』のソルジャー・ブルーがモデル。髪の乱れが落ち着いて、洗練されたと思う。
 ちょくちょく変えるのはよくないが、「よりよい」と思ったら採用する。でもまた変えるかも。キャラ素材をいじると終わりがない。

文庫式みこ:改
※文庫式みこ:改

(助手)文庫式:こころ ... 小林少年(こころ)は出番もセリフもないが、愛着あるので後ろ姿を作成、お面で気持ちを表現してもらった。後ろ姿は急いで作ったから、今後改訂するかもしれない。いや、きっとする。
 東方に詳しい人なら、お面が意味する感情はわかるだろう。しかし場面にそぐわないと戸惑うはず。小林少年は郷田の気持ちを表現している(郷田に感情移入している)。
 郷田がそこに居て、話を聞いている。興味ないフリしながら耳をそばだて、いろいろ思い出している。と思ってほしい。

こころ:後ろ姿

※こころ:後ろ姿

こころ:ペコ面

※こころ:ペコ面(おいしい)

(モブ)住人たち ... 原著には遠藤の同郷人や、淫乱女画学生が出てくるが、注意を散らしたくないので省略した。

コメンタリー

 本作は下記のような構成となる。

  • 疑問:明智が屏風に注目した理由は?
    • 第一幕:郷田三郎はどんな人物で、どんな努力をしたか。
    • 第二幕:動機なき殺人を思いつき、決行した。
    • 第三幕:明智がやってきて、破滅する。
  • 答え:明智は犯人の心の疵を探す。
  • おまけ:明智は職業探偵になった。

『心理試験』の後日談として

 「屋根裏の散歩者」も「心理試験」と同じく、犯人視点に統一されていない。探偵が犯人と交流があったというのも変則的。やってみたいが苦労すると思っていた。

 ふいに、「心理試験」の後日談にする構成を思いつく。明智が過去の出来事として「屋根裏の散歩者」を語る。明智の特異性を強調できそうだ。
 この試みが成功したかどうか、自分ではわからない。

江戸川乱歩「屋根裏の散歩者」
※「心理試験」のつづき

郷田三郎の紹介

 多くの映像化で省略される郷田三郎の人となり。変態ではあるが、彼は彼なりにがんばっている。彼と同じように「楽しみ」を感じることができなくなったら・・・を考えてほしい。
 なにかが欠けた人間は、想像する以上に多く、身近にいるのだから。

江戸川乱歩「屋根裏の散歩者」
※楽しみのない世界に生きる郷田三郎

 郷田が夢中になった犯罪談義。それは明智に魅せられていたのではないか? 明智小五郎という探偵は、とかく犯罪者に好かれやすい。直接描写せず、そう解釈できる余地を作ってみた。

江戸川乱歩「屋根裏の散歩者」
※探偵と犯人になる前のふたり。

 郷田の答えはここで提示されている。

 明智が魅力的に語る犯罪者になりたい。
 犯罪者はミスをして、破滅する。例外はない。
 楽しみを得る試みすべてに失敗すれば、自殺するしかない。

屋根裏の散歩

 ゆっくり動画の制作者なら、ゆっくり饅頭で「屋根裏でのぞく」や、「頭上から私生活を見られる」を表現するか悩むだろう。しかしここは重要でないと割り切っていたので、ビジュアルを考えずに動画を作りはじめた。
 セリフを置いて、あとからビジュアルを考える。俯瞰図はいいアイデアだったと思う。

江戸川乱歩「屋根裏の散歩者」
※下宿の俯瞰図。よく見ると下宿じゃない。

遠藤殺害

 「屋根裏の散歩」はともかく、「遠藤殺害」シーンは重要だ。

つまり節穴から唾を吐けば、必ず彼の口へ落ちるに相違ないことが分ったのです。

 原作ではこのように表現されるが、嫌悪感を刺激したくないので、「米粒を落としたら入った」に変えた。遠藤は米粒を、ペッと吐き出す。これだけで遠藤もふつうの人間と思えるようになった。演出はおもしろい。

 「白い糸」と「赤い毒液」はYMMの図形である。米粒は画面手前から落ちたのに、糸が上から垂れてくるのはおかしいって? こまけぇこたぁいいんだよ!!

江戸川乱歩「屋根裏の散歩者」
※天井に目がある不気味さも欠かせない。

 死体発見時の状況は悩んだ。ちゃんと描写しないと推理できないが、饅頭だと配置に限界がある。あれこれ試して、こうなった。灰皿や着替えが整然と並び、瓶が乱雑に落ちている状況が伝わったと思う。

江戸川乱歩「屋根裏の散歩者」
※死体発見時の状況(郷田視点では暗くてよく見えない)

明智の推理パート

 原作は郷田視点でつづられる。明智の訪問に驚くが、ごまかして、楽しくなって、推理を聞いて悔やむが、証拠はないと自分を納得させる。一連の心の動きはおもしろいのだが、尺が長くなるので明智視点に置き換えた。
 本作のキモは「郷田が殺人に至る経緯」だから、謎解きはちゃっちゃと終わらせたい。

犯人自身が、探偵をその殺人の現場へ案内するなんて、古往今来ないこったろうな。

 明智は警察署で調書を見て、推理を立ててから下宿にやってきたと整理。これにより明智の目的は、友人が犯人かどうか確認に来たとなる。現場を調べたいのではなく、郷田を観察していたのだ。

 無関係をよそおう郷田から、明智は情報を引き出していく。なぜ興奮しているのか? 遠藤の自殺に納得しているのか? なぜ探偵の真似事をしないのか? なぜ余裕綽々なのか?
 まだ疑われていないと思っている犯人を、探偵視点で見る
 おもしろいシーンになったと思う。

江戸川乱歩「屋根裏の散歩者」
※疑わしいが、確証はない。

決着

 明智はニセの証拠で自白を引き出すが、これでは逮捕できない。そもそも警察に突き出すつもりはないと言うが、いささか強引に感じる。
 そこで整理した。いかがだっただろうか?

  • 郷田をびっくりさせて思考力を奪い、推理と証拠を突きつけ、一気呵成に追い詰める。
  • 「犯罪者(ミスした者)になりたかった」「死に救いを見出していた」という心理背景をつける。
  • 明智視点、なにか仕掛けるとわかった上でシーンを見る。

江戸川乱歩「屋根裏の散歩者」
※びっくりさせて冷静な思考力を奪う

なぜ自首したのか?

 殊に彼を喜ばせたのは、あの殺人罪を犯して以来というもの、これまで少しも興味を感じなかった色々な遊びが、不思議と面白くなって来たことです。それ故、この頃では、毎日の様に、彼は家を外にして、遊び廻っているのでした。

 明智が来なくなり、郷田はふつうの楽しみを享受する。しかし真人間になれたなら、タバコを避けたり、自首したりしない。
 郷田は変わっていない。「つまらないこと」で自分を責め苛んでいたのだ。だからこの場を逃げおおせても、「楽しみのない世界」はつづく。だから絶望し、最後の楽しみ(死)を得たのだ。

 江戸川乱歩はそこまで考えてなかったかもしれない。でも、そう考えたほうがおもしろい。私はおもしろいと思った。みなさんはいかが?

江戸川乱歩「心理試験」
※真人間になれたなら自首しない。

明智小五郎の推理

 明智小五郎は犯罪者を愛し、犯罪者に愛される探偵である。
 ふつうの探偵は現場で犯人がのこした手がかりを探すが、明智小五郎は現場が犯人にのこした疵を探す。犯罪行為は、犯罪者になにかしらの影響を与える。良心に苛まれる。ひと目を気にする。気持ちが大きくなる。中毒になる。明智は、犯行の前後で行動様式の変化があったものを疑う。

 明智は犯罪者の心を理解する。その傲慢さ、その優しさ、その残酷さを。
 なるべくしてなった犯罪者がいるなら、なるべくしてなった探偵もいるだろう。
 明智小五郎は犯罪者のそばにいるため、探偵になったのだ

 ・・・というのは、私の勝手な妄想。
 江戸川乱歩は詳細な人物設定を決めてから、シリーズを作ったわけではない。行きあたりばったりだ。しかし江戸川乱歩のイメージや、後年の映像作品によって、明智小五郎「らしさ」が醸成されていく。
 私も、そこに一筆加えたい。これが私が考える、明智小五郎「らしさ」である。

真・屋根裏の散歩者

 本作をはじめて読んだときの印象は、

 これって、明智が郷田をそそのかして犯罪を実行させたんじゃね? 

 であった。もちろん考えすぎなんだけど、絶対ないとも言えない。とすれば、明智小五郎こそが屋根裏の散歩者。犯罪者の真理を覗き見していたと言える。

 最後の最後に、その解釈を盛り込んでみた。蛇足だっただろうか? わからない。

オマケ:職業探偵に

 明智小五郎が、郷田のすすめで職業探偵になったというのは、もちろん文庫版オリジナル。しかし無理な展開でもない。明智は親友が犯罪に走るキッカケを与え、かつ彼を破滅させたのだ。「ただの遊び」じゃ済まされない。せめてプロにならないと。

 この思いをどうセリフにするか悩んだが、結局削って短くなった。
 編集後記が、至らぬ表現の補強になればさいわいだ。

雑記

 『屋根裏の散歩者』は制作しないつもりだったが、どす恋ゴロベーさんの呼びかけに背中を押されてしまった。大変だったが、楽しかった。

 作れば作るほど、妄想が広がる。あれもこれも盛り込みたくなる。動画投稿後は、盛り込みすぎたか、削りすぎたか、いっつも悩む。わからない。コメントやツイートの反応を待とう。

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