【ゆっくり文庫】コナン・ドイル「花婿失踪事件」シャーロック・ホームズの冒険 A Case Of Identity (1891) by Arthur Conan Doyle
2021年 ゆっくり文庫 イギリス文学 ホームズ ミステリー
102 ありふれた、特殊な事件──
メアリー嬢の依頼は、結婚式当日に消えた恋人・エンジェル氏を探すことだった。しかしエンジェル氏は素性も人相もさだかではない。ホームズは2通の手紙を投函した。
別題:「同一事件」「花婿の正体」「消えた花婿」「花婿の行方」「ふきかえ事件」「紛失の花婿」「妻の連子」「人非人」「同人事件の探偵譚」など。
原作について

アーサー・コナン・ドイル
(1859-1930)
同じく『シャーロック・ホームズの冒険』に収録された「独身の貴族」(The Adventure of the Noble Bachelor)が、「花嫁失踪事件」と題されることもあるから、ごっちゃになった人も多いだろう。私もそうだった。
結末まで読むと、「なんだそんなことか」と言いたくなる。しかし私は別の見方もあると思っていた。
2018年9月、そのアイデアをツイートする。
大した翻案じゃないから動画化しないつもりだったが、なんとなく作ってしまった。それでも公開できず歳月が流れ、100を超えたから決心がついた。
ついでに返信。『花婿失踪事件』は、正典のオチだと救いがないため、翻案しないといけない。アイデアはあるんですが、手がまわってない。
— ゆっくり文庫 (@trynext) September 16, 2018
コナン・ドイルの事情
シャーロック・ホームズに詳しい人は、『花婿失踪事件』が『ボヘミアの醜聞』の次に執筆されたこと(短編2作目)、事件の構図にコナン・ドイルの家庭の事情が影を落としていることを知っているだろう。
『花婿失踪事件』においてドイル(ホームズ)は、問題から目を背けた。のちに執筆された『まだらの紐』は決着まで踏み込んだ。『まだらの紐』はドイル自身がホームズ短編で第一位に置いている。つまり『花婿失踪事件』はコナン・ドイルを語る上で、大きな意味を持つ1本なのだ。
しかしそうした背景は無視して、娯楽として翻案した。
「作者の気持ちを無碍にしている」と憤慨する人がいるかもしれないが、それはそれ、これはこれだ。
原作のおぞましいところ
ウィンディバンクが天罰が下らないことに怒りをおぼえるが、それ以上におぞましいのがメアリーの母親。彼女は15も年下の男と結婚し、夫の会社を安売りして、その財産を長持ちさせるため、再婚相手を使って娘をたぶらかし、絶望させ、家に閉じ込めようとしている。物語に直接出てこないけど、想像すると胸糞悪くなる。
文庫版ではこの母親を退場させ、円満解決を目指した。
先行作品について
『花婿失踪事件』は、グラナダTV制作、ジェレミー・ブレット主演の『シャーロック・ホームズの冒険』シリーズで、映像化されなかった18本の1つ。
人形劇『シャーロック ホームズ』第4話「消えたボーイフレンドの冒険」
このシリーズは学園を舞台とするため、結婚式は洞窟探検に、継父は幼なじみに変えられている。お金は関係しない。特筆すべき点はないが、関連情報として記載。

※学園が舞台。

※惚れっぽいメアリーと、ささやき声のエンジェル。

※洞窟に消えた。

※情報屋ラングデール・パイク。「三破風館」のキャラ。

※幼なじみのウィンディバンク。

※女心を知るのに小説が参考になるよ。
コメンタリー
メアリーだから早苗、というキャスティングも考えたが、文庫劇団の早苗はクセがあるのでチルノを起用。きめぇ丸はレストレード警部だが、気にしてられない。ホームズは本数を作ったから、だいぶキャスティングがかぶってる。
オープニング
煙をくゆらせながら、とりとめのない会話をする少年たち。ホームズとワトソンの日常は、ぶっちゃけ事件よりおもしろい。
初版はパイプも窓もなかった。なくても十分だったが、ちょうどいい素材が見つかったので実装していった。投稿まで時間があったから、かなりブラッシュアップされた。
※会話を楽しむ。
依頼者と話す
メアリー・サザーランド嬢が来訪。原作の記述によれば大柄で、美人じゃないし、聡明でもないが、なぜかホームズとワトソンは興味を示している。このあたりにドイルの嗜好を感じるのだが、そこまで再現しなくていいだろう。
※特徴として派手な帽子をかぶせた。

※ヴィクトリア朝の帽子をかぶったチルノ

※文庫式ちるの:ヴィクトリア朝淑女
※このあたりでカラクリは予想できるだろう。
仮説を立てる
文庫版ミステリーは思考過程をオープンにする。この時点で「どうやって証明するか?」まで考えられる人はすごい。さらに「証明してどうするのか?」という問題もある。
ミステリーは情報を明かしても、「次」を考える楽しみがある。おもしろい。
※その次を、次の次を、考えられるだろうか?
日常2
※なんでもないシーンだが、作ってみると楽しかった。

※文庫式れいむ:リボンなし

※文庫式れいむ:リボンなし(後ろ姿)
対決する
私は「ホームズ」の交渉シーンが好き。『青い紅玉』で、ガチョウの仕入先を賭け事で聞き出すところ。『犯人は二人』で、ミルヴァートンと支払額交渉するところ。『最後の事件』で、モリアーティ教授との面会はたまらない。観察と推理は「できなくてもしゃーない」と思うけど、交渉や駆け引きは魅了されてしまう。
『花婿失踪事件』の交渉目的は、ウィンディバンクがこれ以上の悪さをしないよう脅すこと。法的に罰することはできないが、「ホームズが介入してきたら、ややこしいことになる」と思わせないといけない。おおよそ原作通りだが、表情や間で威圧感を演出してみた。
※呼び出してどうするか?

※レストレード警部との差別化にモノクルをつけた。

※きめぇ丸:モノクル
依頼人への報告
ホームズはメアリー嬢を部屋に招いて、ウィンディバンクの言動を聞かせる。乱暴なやり方に見えるが、これしかない。恋する娘に「あいつは悪いやつだからやめなさい」と説得しても無駄だ。『高名な依頼人』でも苦労している。
読者視点ではエンジェル氏は胡散臭く、好意を抱くことはないだろうけど、メアリー視点を想像してほしい。
※わかってなかった男2人。
しかしホームズもワトソンも、メアリー嬢のことをわかっていなかった。というのが今回のオチ。
ひょっとしたらウィンディバンクは、義理の娘を愛するためエンジェル氏に化けたのかもしれない。そうかもしれないし、そうでないかもしれない。いずれにせよメアリー嬢はウィンディバンクの弱みをつかんだ。あとは彼氏彼女の事情だろう。
雑記
文学的に意味があるとか、教養になるとか、めためた傑作ってわけじゃないが、手軽に楽しめる1本になったと思う。
気まぐれに予告編を作ってみた。アニメ『名探偵ホームズ』風。予告編は動画を見たときの驚きや興奮を損ねてしまうだろうか?
実験。#ゆっくり文庫 で次回予告をやってみる。 pic.twitter.com/fWgeUyRYne
— ゆっくり文庫 (@trynext) June 25, 2021