【ゆっくり文庫】クリスティ「動機と機会」ミス・マープルより Motive v. Opportunity (1928) by Agatha Christie
2015年 ゆっくり文庫 イギリス文学 クリスティ ミステリー035 あらあら、むむむ──
資産家の遺言状が白紙にすり替えられた。動機がある人間には機会がなく、機会があった人間に動機はなかった。現場に居合わせた弁護士が、ミス・マープルに相談するが...
原作について
アガサ・クリスティ
(1890-1976)
マープルは『完璧なメイド』1本だけのつもりだったが、やはりというか我慢できなくなった。「完璧なメイド」の編集後記に妄想シリーズのプロットを書いたけど、語り尽くせぬ思いがある。ふたりの活躍を見せたい。むしろ自分が見たい。
描きたかったもの
流れで言えば、次は『パディントン発4時50分』(1957)になるが、ルーシーが結婚し、マープル宅を離れてしまう前に、ふたりの日常を描いておきたい。そこで『ポケットにライ麦を』(1953)が候補にあがったが、その前にグラディスを描きたくなった。とはいえ、『教会で死んだ男』(1954)は出番が少ないから、『動機対機会』(1928)に登場する名前のないコックをグラディスに差し替えることにした。
※馬鹿だけど一生懸命。うちのチルノはそんな役が多い。
グラディスは器量よしじゃなく、知恵遅れで、ノロマで、夢見がちだが、誠実な女の子。マープルに作法を仕込まれている。
【ゆっくり文庫】においては、『完璧なメイド』のオールドハウスに同名のメイド(早苗)がいたが、別人である。グラディスの卒業後、ルーシーが訓練を受けている。ふたりは面識がないが、姉妹弟子といえる。
マープルの正義感
マープルは悪徳(Wickedness)が栄えることを絶対に許さない。ウソをついたり、ズルして利益を得る人を放置すると、社会は一気に腐敗するからだ。マープルは自分の生活圏を守るため、悪徳を駆除している。
※意見ではなく、具体的な行動をともなう決意だった
冒頭、クラドック警部は警察は男の仕事だと言う。マープルは警察と張り合うつもりはなく、ただ警察の目が届かないところに潜む悪徳を駆除しているだけ。本作はその一例である。
交友半径が広く、引っかかった謎が次々に持ち込まれるマープルは、まるで蜘蛛の巣を張っているようだ。白いモリアーティ教授というべきか。ある意味、こわい存在である。
ルーシーの目覚め
【ゆっくり文庫】のオリジナル設定。
ジェーン・マープルは卓越した知性をもっていたが、彼女が生まれ育ったヴィクトリア朝後期の社会に、女性が活躍できる場は少なかった。恋人を失ったことからマープルは生涯独身を決め、セント・メアリー・ミード村に引きこもってしまうが、能力と正義感は失われなかった。
そんなマープルにとって、ルーシーは娘であり、弟子であり、分身である。ルーシーには、マープルが行けなかったところに行ってほしい。そんな願いを込めて、マープルはルーシーを話に参加させた。推理は外れたが、多くの刺激を受けただろう。
「むむむ」は、ルーシーが推理するときの口癖。「あらあらあら」と同じで、作りながら思いついた。今後、うまく使えたらいいな。
※マープルはルーシーを育てようとしている
ちなみに原作のペサリック弁護士には名前がない。ブライアンという名前は、『パディントン発4時50分』から拝借した。ルーシーが「その人は」と紹介したのは、彼と結婚するから。
原作との違い
【ゆっくり文庫】の「動機と機会」は、原作からトリックだけ借りた別物になっている。原作のあらすじを書き出しておく。
動機対機会:あらすじ
火曜クラブでは、メンバーが「答えを知っている迷宮入り物件」を披露して、推理力を競う遊びが行われていた。しかしいつも正解を言い当てるのは、老嬢ミス・マープルだった。
その夜は、弁護士ペサリックの番だった。彼はあずかった遺言状が白紙にすり替わった事件を披露した。トリックを指示したのは、クロード氏が引き取った3人の子どものうち、長女のグレイスが結婚した科学者フィリップだった。後日、ペサリックはフィリップから真相を明かされたのである。
私は引っかかるものを感じた。グレイスは遺産を受け取ったから、フィリップは利害関係者になる。遺言状のすり替えに関与するのは倫理的な問題があるぞ。しかも原作ではユーリディスが詐欺師と断定されない。あれこれ考えると、小説の締めくくりが気になった。
こう言って彼女は一座をにっこりと見渡したが、もう一度、ペサリック氏にむかっておどかすように指をふって見せた。
「それでもやっぱりトリックはトリックですわね。ペサリックさん。とても弁護士さんらしい」
トリックを指示したのは、ペサリック本人ではあるまいか? そう考えたとき、トリックそのものより、トリックを指示した人物が物語の核になることに気がついた。こうして、マープルさんが犯人というプロットができあがった。
倫理的な問題をクリアするため、1.時間がなかった、2.報酬を禁じた、3.警察を誘導した、という条件を付与する。2は、グラディスと雇い主の関係が崩れないための配慮だったが、辞めてしまったのは誤算だった。そのため、マープルはペサリック弁護士の苦悩を察知できなかった。
犯罪は事後のケアが難しい。
※クリスティの作品にはちょくちょく霊媒師が出てくる
青いゼラニウムとの関連
ユーリディスの正体は、「火曜クラブ」の第7話『青いゼラニウム』(The Blue Geranium 1929)に登場するコプリング看護婦にした。これも読んでない人のため、ネタバレのあらすじを書いておこう。
青いゼラニウム:あらすじ
バントリー大佐の話。ある資産家の妻が心霊術師に死を予言され、そのとおりに死んでしまう。予言と恐怖で人は死ぬのか? なぜ壁紙のゼラニウムは青く染まったのか? 心霊術師はどこへ消えたのか?
マープルが真相を言い当て、資産家の容疑は晴れる。
看護婦は逃走したが、別件で逮捕された。
で、オリジナル設定はこうだ。
コプリング看護婦はオカルトで人を騙せることを知り、クロード家の資産を奪おうと画策する。ところが遺言状が白紙だったため、なにも得られず、クラドック警部に逮捕されてしまった。
ユーリディスが逮捕された容疑は詐欺ではなく、殺人である。心霊商法を詐欺として立件するのは難しい。なのでクロード氏も殺害された可能性があるが、掘り下げると長くなるので省いた。
ボツになった脚本を掲載しておく。
ペサリック | クロード氏はユーリディスに── いえ、コプリング看護婦に殺害されたのでしょうか? |
---|---|
マープル | わかりません。 毒物が検出されなくとも、精神的に衰弱させるといった関与があったかもしれません。 |
ペサリック | そうですね。 |
マープル | ただクロード氏は、 孫娘のクリスに会えると信じて亡くなった。 |
ペサリック | それが救いだと、思いたいです。 |
配役について
資産家のクロード氏は八雲紫になった。具合の悪い顔[A3]も用意する。『スズメバチの巣』と連続するが、死んだ息子(未登場だが、だれかわかる)、孫娘クリス(橙)との相性から代えがたい。クリスティ作品では登場回数が増えそう。
グラディスは馬鹿な子なので、チルノに決定。相方の大妖精ともどもメイドキャップをかぶせる[A1][A2]。大妖精は顔を下半分を圧縮し、子どもっぽく加工した。こうした画像制作は手間取る。
ユーリディスは定番のアリス。ふてぶてしさを演出すべく、歯を見せる笑い顔[A4]を追加する。悪人であることは明らかでも、手が出せないモドカシサを表現できたと思う。今回、上海人形は人形のフリをしてもらっている。口寄せするときと、極端に驚いた時だけ表情が漏れている。やっぱり上海人形はいいね。
ペサリック弁護士は魔理沙の予定だったが、「賽銭箱がなくなって驚く霊夢の声」を使いたかったので変更する。マープルやポワロでは、霊夢や魔理沙を脇役として使えるのがいいね。
余談だが、クラドック警部=きめぇ丸の配役はちょっぴり公開してる。ポワロが登場したことで、警部も3人別々にすればよかった。まぁ、きめぇ丸警部はお似合いだけど。
動画制作について
今回新たに挑戦したのは、スライドする画面切り替え。1000pxの画像を左から右に移動させているのだが、回想シーンっぽくなっただろうか。Avi-Utlならもっとダイナミックな画面切り替えができるようだが、使い方がわからない。ゆっくりMovieMakerだけで制作してる。
細かな演出としては、幼少期はメアリを高く、大人になってからはジョージを高く表示している。また幼少期の顔はわずかに小さい。使っている画像は同じだが、年齢の差を演出したつもり。
※子どもの頃は女子の方が背が高いよね
※最初に作ったシーン。ごちゃごちゃしたのは好き。
推理してくれたかな?
火曜クラブの醍醐味は、メンバーがあれこれ推理してもマープルに出し抜かれるところにある。なので推理パートは大きくとった。原作は「ユーリディスが中身を見ずにすり替えた」という推理に落ち着くが、ルーシーは「XやZの可能性」まで考慮している。
さて、視聴者はいっしょに推理してくれるだろうか?
万年筆があやしいと注目しても、消えるインクや、実行犯(グラディス)がトリックを知らないこと、あるいは黒幕の存在には気づくまい。たぶん、推理した人ほど驚くと思う。
※推理する楽しみを表現したい
私の脳内には妄想設定が詰まっているが、すべてを表現できるわけじゃない。盛り込みすぎたか、説明が足りなかったかは、自分ではわからない。ミステリーのネタを考えるのは楽しいが、多くの人と共有する(表現する)のは難しいね。
次回のホームズで「ミステリー祭り」は一段落して、また名作文学に手を伸ばしてみたい。