【ゆっくり文庫】芥川龍之介「藪の中」 In a Grove (1922) by Akutagawa Ryunosuke
2015年 ゆっくり文庫 ミステリー 日本文学 芥川龍之介041 真相は藪の中──
中世日本。藪の中で男の死体が見つかった。検非違使は関係者を集め、ひとりずつ話を聞いていくが、矛盾が生じて真相がわからなくなる。
原作について
芥川龍之介
(1892-1927)
1つの事件を複数の視点で描けば、ふつう、より深い真相が見えてくるものだが、『藪の中』だけはちがう。殺人と強姦、罪と恥、男と男と女──。どう解釈しても噛み合わず、ヤキモキするが、やがて、このまま真相を伏せておきたくなる。こんな作品は見たことがない。
なので似たような作品や状況があると、「藪の中のようだ」と形容する。海外では映画にちなみ、「liked Rashomon」「Rashomon-Style」「Rashomon effect」などと呼ばれるそうだ。物語の新しいパターンを生み出すって、本当にすごい。
翻案について
大好きな短編だから【ゆっくり文庫】に加えることは決まっていた。しかしどう表現するか、一年あまりも悩んでしまった。
『藪の中』の醍醐味は、どのように推理しても噛み合わないところにある。推理するためには状況把握が不可欠だが、原文は読みにくい。「縹の水干」とか「黒塗りの箙」と言われてもイメージできない。「検非違使」や「放免」などの用語にも解説がほしい。
しかし一から十まで説明しちゃうと、視聴者は考えなくなる。原文の枠組みを残しつつ、視聴者を誘導しつつ、中途半端に放り出す。その匙加減に悩んでいた。
※縹がどんな色か、知ってましたか?
まず検非違使と部下を登場させ、考え方のヒントを提示させた。証言のどこに注目し、どのように推理するか? 言われてはじめて気づくポイントもあるだろう。推理は思いつきでしかなく、彼らは真相に到達しない。推理を吟味し、組み合わせるのは、視聴者の役目だからだ。
※手がかりをアイコン化
それから視覚的な状況把握を心がけた。手がかりをアイテム化したり、図表を多用するなどだ。たとえば水干の形と色がわかれば、多襄丸と武弘の類似性に気づくだろう。たとえば真砂の逃走を地図にすれば、彼女が多襄丸の追跡を意識するくらい冷静だったことに気づくだろう。たとえば3人の証言を並べれば、共通して「真砂の殺意」が出てくることがわかるだろう。
たくさん推理して、あれこれ組み合わせて、もどかしさを楽しんでもらいたい。
※なぜ馬が残っていたか?
※それぞれの視点
最終的には、「当事者がこれほど秘密にするのだから、真相は暴かない方がいいかもしれない」と思ってしまうだろう。これこそ『藪の中』の真髄だ。ただ難解な事件だったら、こんな気持ちにならない。芥川は本当に巧みだ。
『藪の中』の真相について
『藪の中』の真相は多くの人が研究してきたが、はっきりした結論は出ていない。また「結論は出ない」「出すべきでない」「真相は重要じゃない」とする意見もあるが、私は推理が好きで、妄想が好きだから、私なりの「真相」も考えてある。
しかし今回は『藪の中』のもどかしさ、こわさ、巧妙さを伝えたかったので、妄想成分は控えた。
そのあたりは次の動画に盛り込みたい。
原作とのちがい
青空文庫と読み比べてもらえばわかるが、おおむね下記の点が異なる。
- 箙→矢筒、如露亦如電→朝露、といった言葉を現代風に。
- 真砂の衣装、顔立ち、状況説明なども簡略化。
- 放免から多襄丸につなぐため、媼の証言を3番目に。
- 媼が放免のあとに証言しないので、娘の死を覚悟する発言をカット。
- 多襄丸が真砂の顔を見るシーンをカット。牟子の垂れ絹を動かせなかった。
- 多襄丸が夫婦を襲う段取りを簡略化。
- 多襄丸に小刀の行方を聞くシーンを追加。
- 「今度はわたしの命」を「今度はおれの身の上だ」に揃えた。
多襄丸、真砂、武弘の感情を示す言葉はだいぶ削ってしまった。表情と間で察してもらいたい。耳で聞いている人には伝わりにくいだろうが、やむなし。
配役について
東方ファンなら、検非違使=四季映姫、部下=小野塚小町を推すだろう。しかし第11回 東方Project人気投票において映姫(31位)、小町(52位)と知名度が低いので、文庫劇団からパチュリー(19位)、美鈴(23位)を抜擢した。ポワロとヘイスティングスである。
きつねゆっくりの小町は、私のイメージからチト離れている。調整を試みたが、時間がかかりすぎたので断念した。映姫&小町にぴったりな役柄だったけど、やむなし。
※四季映姫と小野塚小町
真砂(早苗)を襲う多襄丸(きめぇ丸)は、『ボヘミアの醜聞』を彷彿させる。巫女(紫)が武弘(霊夢)を口寄せする様子は、『妄想:最後の事件』のようだ。【ゆっくり文庫】のキャストは、キャラクターのイメージが重なっていく。
※おまえのような巫女がおるか
動画制作について
物語の中心に真砂がいる。多襄丸から見て女菩薩のような美しさと、悪鬼のような恐ろしさ。武弘から見て寝取られた女の美しさと、夫を捨てる怜悧さ。最初は基本セットだけで作ったが、どうにも弱かったのでパーツを追加した。
※早苗のパーツを追加
※ゆっくりMovieMakerでは「他」に登録した
真砂(早苗)が落とす櫛を諏訪子の髪留め(蛙)にする演出を思いついたのは、動画制作中だった。「少女病」で作った「髪飾りのない早苗(A1)」を流用し、陵辱後の乱れ髪(A2)を追加するが、物足りない。そこで髪留め(蛇)も外すことにした(A3)。神々の加護を失った早苗は悲壮感があって、いい感じになった。
※最初の動画に使った櫛
※牟子
牟子は省略するつもりだったが、諏訪子の帽子を加工したらうまい具合に落ち着いた。しかし「風の吹いた拍子に、牟子の垂絹が上った」というシーンは再現できなかった。後ろ姿も状況に合わせてバリエーションを作った。制作中に追加したから、修正がたいへんだった。ほんと、こればっかりはどうしようもない。
画面構成
今回は掲載したい情報が多く、また視聴者に考えてもらうことがテーマだったため、画面構成は苦心した。
たとえば初期案では、つねに画面左に検非違使と部下がいて、現在(お白洲)と過去(回想シーン)を区別できるようにしていたが、わずらわしいので消した。これまた動画を作ったあとに消すのは面倒だった。
画面上部には、いま話している人物を示すパネルがあった。回想シーンが、だれの主観に基づくかを明示するためだったが、やはり邪魔だったので消した。パネルは章の区切りに使われている。
結局いつもの画面構成になってしまった。出来上がった動画を見ると、どこを工夫したかわからない。寂しいやら、これでいいのやら。
※落ち葉を口に詰められた状態
※縄を切り、太刀を返して、決闘する動き
さて来週は『藪の中』の真相を、妄想してみたい。