【ゆっくり文庫】黒澤明「羅生門:妄想拡張版」 Rashomon (1950) by Kurosawa Akira

2015年 ゆっくり文庫 ミステリー 日本文学 芥川龍之介
【ゆっくり文庫】黒澤明「羅生門:妄想拡張版」
042 自分を守るため、自分を殺す──

荒廃した羅生門の下で、木樵と旅法師が雨宿りしていた。そこへ下人がやってきて、3人は不可解な事件について回想する。下人は、だれが嘘をついているか見抜く。


プロット

 芥川龍之介の「藪の中」の真相について議論するのは無粋の極みである。しかし人間は無粋な生き物であり、私も例外ではない。多くの人がそうであるように、私も「藪の中」の真相をあれこれ妄想した。それは私の脳内に留まり、だれに知られることなく消え去るものと思っていたが、【ゆっくり文庫】という発表の場を得たので披露しよう。

 「藪の中」は複雑怪奇なパズルに見えるが、物証が少ないため、いくらでも仮説を立てられる。武弘と多襄丸が入れ替わっていた / 真砂の演技を武弘が誤解した / 3人は別次元に迷い込んでいた / 武弘は不死身だった / などなど。しかしパズルの解を示すことと、おもしろい物語を紡ぐことは別だ。【ゆっくり文庫】に加える以上、なんらかのドラマがほしい。

 「藪の中:妄想編」として脚本を書きはじめたが、映画「羅生門」に似ている部分があったので、「羅生門」を翻案した作品と位置づけた。あわせて文庫ナンバーを「041x」ではなく「042」とした。

原作について

黒澤明

黒澤明
(1910-1998)

 私は古い映画をよく見るが、黒澤明の「羅生門」を絶賛しているわけじゃない。
 当時は人々を驚かせたという映像美も、65年も経てば色褪せる。冗長なシーンが多く、木樵が死体を発見するシーンは寝てしまいそうだった。三船敏郎の汗、京マチ子の笑い声は印象的だが、演技がおおげさで、くどい。おまけに「藪の中」の真相としては踏み込みが足りない

黒澤明「羅生門」 黒澤明「羅生門」
※映画「羅生門」のポスター

 しかし木樵を目撃者とするアイデア、下人との対比は素晴らしい。人間不信をテーマにしながら希望のあるラストもいい。このあたりを軸に、私が足りないと思うところを翻案しよう。

 結果、オリジナルから乖離した脚本になったけど、オリジナルが目指した方向性は受け継いでいると信じる。口幅ったいことを言えば、もし黒澤明と橋本忍が現代に「羅生門」を制作するなら、こうなったはずだ。たぶん。きっと。

翻案について

 映画「羅生門」の真相から大きく拡張されている。相違点を書き出すのは億劫なので、興味がある人は映画を見てほしい。例によって映画を見てない人が誤解するかもしれないが、やむなし。

 最大のちがいは、ウソをつくのが当事者3人(多襄丸、真砂、武弘)だけでないこと。だれもがウソをつく→人間は信じるに値しない→この世は地獄、という構図を強調され、その象徴たる下人を否定することで閉塞を打ち破った。
 人間は自分のためウソをつく。しかし自分(や家族)のため、ウソをつかないこともある。検非違使が木樵や旅法師を罰するか、多襄丸をどう裁くかは、あまり重要ではない。こうした行動が少しずつ世の中をよくするのだ。

黒澤明「羅生門:妄想拡張版」
※映画にこんなシーンはありません

黒澤明「羅生門:妄想拡張版」
※そもそも媼は映画に出てこない

黒澤明「羅生門:妄想拡張版」
※放免は紺の水干を着ていたと思う

タイムテーブル

 蛇足だが、出来事を時系列順に並べておく。またストーリーの展開上、盛り込めなかった真相(裏設定)を記載する。

1日目
07:00 武弘と真砂が若狭に向け出立する。媼が見送る。
(真相-媼)ふたりの不仲を知っていた。
11:00 夫婦が旅法師とすれ違う。
(真相-旅法師)真砂の顔を見ていたが、女が原因と知っていたので「見えなかった」とウソをついた。
11:30 旅法師が多襄丸を見つけ、真砂のことを話す。
多襄丸が駅路をもどって、夫婦を見つける。
13:00 多襄丸が夫婦を襲う。
(真相-多襄丸)女が「多襄丸」の名を聞いておとなしくなったのを見て、気持ちが大きくなった。
(真相-真砂)「多襄丸」に連れ添うのも悪くないが、武弘を始末しなければならない。
(真相-武弘)あっけなく盗人に組み伏せられたこと、犯される妻に興奮したことを恥じた。
事後、真砂にそそのかされて決闘になる。
武弘は事故死。多襄丸は逃亡。真砂は茫然自失になる。
14:00 木樵は駅路で牟子を見つけ、藪の中に足を踏み入れ、一部始終を目撃する。
(真相-木樵)都の人間がきらいだったので、レイプを黙って見ていた。
事後、現場から小刀と矢を拾う。矢は子どもたちの遊び道具になったため、遺留品として言及しなかった。
20:00 多襄丸が粟田口で放免に捕縛される。
(真相-多襄丸)決闘に勝ったと思うのに、血がついてない太刀は不都合だった。なので川に捨てるが、足を滑らせ腰を強打。そこへ放免がやってきて、捕縛される。「馬から落ちた」と思われるのは屈辱的だが、言い訳できなかった。
21:00 真砂が清水寺に拾われる。
(真相-真砂)これから寺で生きていくなら、被害者になる方がいい。
2日目
10:00 木樵が死体発見を検非違使に届け出る。
11:00 気になった旅法師が引き返してくる。事件を知って、「被害者を見た」と申し出る。
12:00 放免の脅しによって、多襄丸は大悪党として死ぬ決意をする。しかし女を殺したと思われることは避けたい。
13:00 検非違使の尋問。
(真相-木樵)3人が事実に反する証言をしたことに驚く。
(真相-旅法師)多襄丸がほとんどの罪を認めたことに驚く。
16:00 木樵と旅法師が羅生門で雨宿りしていると、下人がやってきた。

ラストの赤ん坊

 木樵が赤ん坊を引き取るラストは、映画「羅生門」を象徴するシーンなんだけど、ぶっちゃけ唐突だよね。小説「羅生門」の老婆の着物を赤ん坊の肌着に置き換えたのはわかるんだけど、赤ん坊を引き取ったところで事件は解決しないし、小刀も盗まれたままだ。
 なので、「検非違使に本当のことを話す」というエンディングに差し替えた。これは最後の最後まで悩み、赤ん坊を引き取るラストシーンを作ったあとに変更した。オリジナルから乖離するが、テーマにふさわしいラストになったと思う。

黒澤明「羅生門」
※赤ん坊を引き取る木樵、見送る法師

黒澤明「羅生門」
※赤ん坊はなかったことに

動画制作について

 配役は「藪の中」と同じ。新キャラ「下人」はチンピラコンビの片割れ、妖夢になった。ずぶ濡れモードを再利用できて嬉しい。下人の推理は切れ味がよく、少女の外見とニヒルな物言いが印象的なキャラクターになった。ミス・マープルのルーシーが悪徳に染まったら、こんな感じかもしれない。
 この下人はもちろん、小説「羅生門」に登場した下人だ。まじめに生きてきたが解雇され、放浪して、羅生門で老婆の着物を剥ぎ取ったことで暗黒面に堕ちた。人を信じることができないからこそ、真相を見ぬくことができる。

狂乱の早苗

 京マチ子の笑い声は、どうやってもSofTalkで再現できなかった。なので映画の音源を加工して使う。SoundEngine Freeのノイズサプレッサー(雑音帯域低減)が便利だった。すると真砂(早苗)の表情が物足りなくなったので、新たに「魔性の目」を3パターン追加した。

黒澤明「羅生門:妄想拡張版」
※早苗の魔性の目:だいぶいじれるようになった

構図の理解

 【ゆっくり文庫】のカメラは完全固定であり、ズームもパンもドリーもトラックもできない。映画より舞台演劇に近い。なのでアクションや、アングルによる心理描写は苦手だ。今回は「ふたりの男のあいだで狂乱する真砂」と「多襄丸と武弘の情けない立ち回り」が悩まされたが、まぁ、いつもの簡略化で乗り切った。
 文章から構図を創造するより、映画の構図を組み替えるほうが難しい。

黒澤明「羅生門:妄想拡張版」
※真砂が行き来するだけ

黒澤明「羅生門:妄想拡張版」
※複雑なアクションはイメージとして処理

 動画を作っていて、私は「構図」についての理解が足りていないことに気づく。ここで言う構図とは画面構成(画作り)のこと。たとえば、あるキャラクターに注意を集めたいときは、顔や目のアップを挿入したくなる。アニメや漫画ではよくあるカットだが、演劇では使えない。では、演劇はどうやって演出しているのか? わからない。むかしの人は演劇や歌舞伎の構図を応用したが、いまの人はちょっと前の映画の構図をコピーするだけ。コピーのコピーを見ても、大切なことは学べないだろう。
 【ゆっくり文庫】は映画でも演劇でもない。多くの制約があるが、ほかにない演出の余地がある。より洗練された演出のため、もっと勉強しなければならないなぁ。

雑記

 思ったほど推理コメントがなく、解答を待つコメントが目についた。次回予告や編集後記に、妄想解答編があると漏らしてしまったせいだろう。答えがあるなら待つのは当然。あれほど視聴者の頭脳を刺激する方法を考えたのに、ツメを誤った。ばかばか。

 次回予告を書けば、動画投稿前に原文を読む人がいるだろうと思っていたが、そういう効果はなさそうだ。たぶん今回も、事前に映画「羅生門」を予習しておく人はいないだろう。であれば、次回予告はしないことにしよう。

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