創作  2015年11月01日(日)に書いた ゆっくり文庫

【ゆっくり文庫】芥川龍之介「地獄変」

【ゆっくり文庫】芥川龍之介「地獄変」

芸術家 vs 権力者──

*** コメント待ってます ***

原作について

芥川龍之介

芥川龍之介
(1892-1927)

 芸術のため娘さえ焼き殺す画師の話──と記憶していたが、あらためて読み返すとちがった。娘を焼いたのは大殿様だった。しかも計画的な犯行っぽい。なにかウラがありそうだが、よく見えない。語り部(家来)が大殿様を神仏のように崇拝しているため、市井のうわさや倫理(僧都様)を引き合いに良秀をけなすことで、大殿様の心中から目を逸らしているからだ。つまり彼は「信頼できない語り手」なのだ。

芥川龍之介「地獄変」
※語り手を信じてはいけない

 どう考えても大殿様は、良秀を破滅させるため地獄変を発注してるよね。「見たものしか描けぬ」良秀に、地獄を描けるはずがない。芸術家を芸術で殺そうとしている。あらかじめ娘を引き離しておいたことも、偶然ではあるまい。

 動機はわからない。良秀の態度が苛立ったのか、娘に拒絶されたことに憤慨したのか? あるいは豊臣秀吉が千利休に切腹を命じたように、芸術家のカリスマを恐れていたのか? いずれにせよ、凡人視点では見通せない。

 良秀は弟子たちの協力(?)と、悪夢で地獄を見ることで、下絵を仕上げてしまった(大殿様、がっかり)。しかしどうしても描けないところがあったため、大殿様は試練を課した。
 画と娘、どちらを取るか?
 娘の助命を請えば、それもよし。娘を見殺しにすれば、社会的に抹殺。
 結局、良秀は画を選んだ。

 大殿様にとって地獄変の完成はどうでもよかったが、良秀は大傑作を仕上げた。その迫力は、倫理の象徴たる僧都様さえ圧倒した。良秀の勝利である。

 良秀の評価は一転した。しかし彼は自害して、その墓さえ忘れ去られた。おそらく大殿様の偉業(?)も歴史の中に埋もれるだろう。かくて芸術だけが残された。勝敗を問うのも虚しい。

「地獄変」
※良香の名前は1969年の映画「地獄変」から取った

芥川龍之介「地獄変」
※青い文学(2009)第12話:映像はすごいが脚本は弱かった

芥川龍之介の妄想

 作中に宇治拾遺物語の原話(よじり不動)が登場するから、本作は翻案というより妄想後日談だよね。

 原話は芸術至上主義を肯定的に書いていたが、「地獄変」は逆だ。良秀は批判され、罵倒され、追いつめられ、人の道を踏み外し、自殺し、その墓さえ忘れ去られた。僧都様が言うように、人間社会で生きていくなら倫理の欠如は許されない。なのに良秀は最後まで抗った。
 芸術のためならいかなる犠牲を厭わない。良秀は芸術に、自分の全存在を捧げたのだ。しかし勝利するのは芸術であって、芸術家ではない。これが芥川龍之介のテーマだったのかもしれない。

 それにつけても鎌倉時代の説話の後日談を、なんの説明もなく展開するのは厳しいですよ、芥川さん! 大正時代の人は「よじり不動」の一語で「ああ、宇治拾遺物語か」と理解できたのだろうか?

芥川龍之介「地獄変」
※本編に母親は登場しない。火事で死んだのではないか?

【ゆっくり文庫】の妄想

 「藪の中」と同じで、なにか真相がありそうなんだけど、よく見えない。この「よく見えない感じ」が醍醐味だけど、難解すぎるので、私の妄想レンズでピントを少し合わせてみた。
 下記は私の妄想拡張設定。これをベースに翻案している。ここでネタバレするのは興ざめかもしれないが、まぁ、編集後記を読むような人はご理解いただけるだろう。

地獄変 *大殿様の視点*

 大殿様が愛した女官(ゆゆこ)は、良秀に嫁いでしまった。大殿様は悔しかったが、良秀の才能を認めていたから平静を装った。しかし良秀は火事で彼女を見殺しにして、あまつさえそれを誇った。大殿様の中で殺意が目覚めた。

 良秀は火事で生き残った娘に愛情を注いだ。大殿様は娘を召し上げたが、彼女はずっと父親を慕いつづけた。母親と同じように。

 良秀を破滅させるため、大殿様は地獄変を注文した。計画通り、良秀は苦しみあえいだ。いずれ悪夢で見た「燃える牛車と女官」を再現すべく、放火か殺人を犯すだろう。すると娘は、自分が犠牲になると言い出した。母のような女官となって、画の中で永久に生きたいと言う。

「画のために焼かれてもよいと言うのか?」
「覚悟はできております。」
「予にはできぬ。」
「おふたりはよく似ておられます。」
「おまえは母親によく似てるよ。予を、狂わせる。」
「狂ってくださいまし。あの火事で私だけ生き残りましたのもきっと、このためでございましょう。」

 父は娘より画を選んだ。画のために狂える男だからこそ、母と娘は尽くしたのだ。

 こうして完成した地獄変に、倫理(僧都様)も平伏した。
 画の中に、愛する女性がいた。

 まさに地獄の画だった。

芥川龍之介「地獄変」
※芸術と権力のあいだで情愛が揺れる

芥川龍之介「地獄変」
※大殿様が怒ったのは、火事で妻を見殺しにしたこと

猿秀

 猿の良秀は泣く泣くカットした。いたずら好きで、娘になつき、その危機を知らせ、炎の中に飛び込む姿は、良秀の「良心」を象徴しているのだろう。脚本には出番があったが、動画にすると冗長になった。【ゆっくり文庫】は原作の文章を10分の1くらいに圧縮している。猿がそこにいる理由を説明するために時間を割くことはできなかった。

 翻案された猿秀は最初から良香のペットで、いまは画房で弟子たちが世話をしている。弟子たちが師匠の悪癖を猿に相談するのはおもしろかったが、乖離しすぎた。

芥川龍之介「地獄変」
※猿秀はきめぇ丸だった

言葉が難しい

 古典文学は、言葉が難しい。たとえば下記、

十七

きらびやかな繍のある桜の唐衣にすべらかし黒髪が艶やかに垂れて、うちかたむいた黄金の釵子も美しく輝いて見えましたが、身なりこそ違へ、小造りな体つきは、色の白い頸のあたりは、さうしてあの寂しい位つゝましやかな横顔は、良秀の娘に相違ございません。

 唐衣(からぎぬ)が十二単を構成する着物、釵子(さいし)が女官の髪飾りとわかって、はじめて、

何しろ娘の着る物とか、髪飾とかの事と申しますと、どこの御寺の勧進にも喜捨をした事のないあの男が、金銭には更に惜し気もなく、整へてやると云ふのでございますから、嘘のやうな気が致すではございませんか。

との関連が見えてくる。けちな良秀が与えていた着物や髪飾りより、何百倍も豪華なものを大殿様は与えている。明らかに大殿様は良秀と張り合っている。
 全編この調子だから、さらっと読んでもわからない。何度も何度も読んで、いろいろ考えると、書かれていないところが見えてくる。それは芥川龍之介が意図したことが、私の勝手な妄想なのか? もうわからない。

動画制作について

 「地獄変」を【ゆっくり文庫】で表現することは、正直、不可能と思っていた。恐ろしい地獄変の画、きらびやかな女性の装飾といった素材だけでなく、弟子をいじめる良秀や、燃える牛車を見ている良秀と大殿様など、構図の難しさもあった。しかし「銀河鉄道の夜」が好評だったので、挑戦してみることにした。えらい苦労したが、それなりに工夫できたと思う。
 いま(投稿前)見返すと、いつもと変わらない感じもするが、ほんとに苦労したんだ。

芥川龍之介「地獄変」
※写真表現は使いやすい

芥川龍之介「地獄変」
※見る対象が背景にある

芥川龍之介「地獄変」
※良秀の顔のサイズ、位置は、精神状態で変化する

 私にとって動画制作の苦労は、パラメータをいじることではなく、アイデアを制御できないことだ。動画制作前に思いつけばいいが、どうしても後から湧き出すため、配置したオブジェクトをひっくり返す苦労が生じる。まぁ、ただの作業だから手を動かせば終わる。しかし終わったところで新しいアイデアが浮かび、作業が無駄になれば、さすがにしょげる。この繰り返しはつらい。

配役の変転

 今回は配役にも苦労した。初号では大殿様(まりさ)、良香(さなえ)だったが、良秀の妻(ゆゆこ)が登場したことで恋敵(ゆかり)、娘(ようむ)に差し替えられた。おかげでほとんどのシーンが作り直し。

芥川龍之介「地獄変」
※魔理沙も悪くなかったんだが......すまぬ

雑談

 制作時間が長くなると、「自分はつまらないものを作っているのではないか?」という恐れがまとわりついてくる。一方、時間をかければかけるほど、アイデアは湧いてくる。なので発表せず、いつまでも推敲を重ねることは、あんがい楽しい。

 この誘惑は、ほんとにヤバイ。

 次は番外編をやりたいが、まだ脚本もできてないので、ちがうものにするかもしれない。

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