【ゆっくり文庫】小泉八雲「衝立の乙女」 The Screen-Maiden (1900) by Lafcadio Hearn

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【ゆっくり文庫】小泉八雲「衝立の乙女」
103 そのあとは?──

とある書生が、衝立に描かれた乙女の姿絵に恋をした。恋心は日増しに大きくなって、ついに倒れてしまったが、書生はひとつの希望を見つけた。

原作について

小泉八雲

小泉八雲
(1850-1904)

 二次元コンプレックスの元祖とも言われる小泉八雲『衝立の乙女』("The Screen-Maiden" Shadowings, 1900)。ストーリーは単純だが、「ヘルン先生の目にどう映っただろう?」と考えるとおもしろくなった。

ヘルン先生のまなざし

 筆致や注釈からヘルン先生の興味、驚きがうかがえる。この文章を書くためには、日本人の誰かに質問しなければならない。そのヤリトリを考えた。

he seated himself before the picture,and called it by the name of a girl--
(what name the Japanese narrator has forgotten to tell us)--
over and over again, very tenderly.

彼は絵の前に坐つて、女の名を呼んで──
(どんな名だか、日本の作者は告げることを忘れている)──
やさしく何度も繰り返した。

The manajiri
Also written méjiri,--the exterior canthus of the eye. The Japanese (like the old Greek and the old Arabian poets) have many curious dainty words and similes to express particular beauties of the hair, eyes, eyelids, lips, fingers, etc.

まなじり
メジリとも。目の外眼角のこと。日本人は(古いギリシャ人や古いアラビア人の詩人のように)、髪、目、まぶた、唇、指などの特定の美しさを表現するために、多くの興味深い可憐な言葉と直喩を持っています。

the Japanese bride is not satisfied with love for one life-time only.

日本の花嫁はただ一生の愛だけでは満足しないから。

小泉八雲「衝立の乙女」
※日本の文化に、日本人も驚いてしまう。

だれの翻案か?

 最後の一節はこう。

Exclaims the Japanese author,
-"How very seldom do such things happen in this world!"

日本の作者は叫ぶ、
─『この世にこんな事の起るのは、なんと稀有な亊であらう』

 ここで言う日本の作者は白梅園鷺水こと青木鷺水だが、ひょっとしたら原文にそんな記述はなく、ヘルン先生の翻案・創作かもしれない。物語を作る工程を描くなら、だれが翻案したかは重要だ。
 原拠の『御伽百物語』(1706年)巻四「絵の婦人に契る」は、なんとインターネットで閲覧できた。図書館へ行かなくてもいい。すごい時代になったもんだ。

小泉八雲「衝立の乙女」
※日本人でも読めない!

 しかし読めない。100年前の人たちは、200年前の文書を読めたのだろうか?
 ここで長らく放置されていたが、文庫サーバで読める人と出会えた。

小泉八雲「衝立の乙女」
※読んでもらった!

 物語の源流は、陶宗儀編『輟畊録』(てっこうろく、日本では1652年(承応元年)刊行)巻十一「鬼室」に遡ると言う。これもネットで閲覧できた。すごい。

 ここにも「珍しい」の意味はあったから、日本人の作家固有のアイデアではない。しかし原拠の要素はバラバラに分解されており、白梅園主鷺水の選択を感じる。『夢を啖らうもの』の獏と同じで、発祥は中国古典だが、まんまコピーされてない。

 そしてヘルン先生も、日本の物語をまんまコピーしていない。
 原拠を完全なものと崇拝せず、語り手が聞き手のために翻案している
 日本人かどうかより、もっと素敵なつながりを感じる。

西田千太郎のこと

西田千太郎

西田千太郎
(1862-1897)

 なんとなく「セツ夫人の読み聞かせ」スタイルは合わないと感じ、西田千太郎を交えた翻案を思いつく。西田千太郎は、小泉八雲を語る上で欠かせない重要人物だが、その人物像や関わりを説明するとテンポが悪くなる。

 特別編でセツの人生を振り返ろう。そこで当時の状況を説明して、「ヘルンとセツの馴れ初めはわかっていない」と述べておけば、本作がその答えになる。
 てなわけで特別編の投稿まで本作は寝かされることになった。制作ナンバーは48。2016年から寝かせていたわけだ。しかし100を超えて、順序を気にしないことにした。

 投稿後は当時の状況や西田千太郎のエピソードを、あれこれコメントする人が出るかもしれない。不正確なコメントも混じって、ひょっとしたら今後の動画の楽しみを損ねるかもしれない。だがまぁ、そのへんを気にするのはよそう。

 西田千太郎を演じるのはレミリア。これも『夢を啖らうもの』で予告したとおり。なんだかんだで私はレミリアに敬意を抱いており、それがキャスティングに反映されている。

西田クラ
※千太郎の妻、クラが登場するのは、別途に出演エピソードを作る予定があったため。

コメンタリー

 ヘルン先生の松江時代である。

 宿屋のトラブルで、ヘルン先生は自分の家が欲しくなった。お雇い外国人だからカネはあるが、言葉は通じない。世話する女中が必要。しかし毛唐と暮せば悪評が立ち、日本人女性として幸福を得ることはできなくなる。そこで「すでに終わった女性」である小泉セツに白羽の矢が立った。
 セツは番頭の娘である。西田千太郎は一介藩士の息子。ご一新(明治維新)がなければ、こんな屈辱を強いられることもなかった。いや、それ以上に口惜しいのは小泉家に働く人間がいないことだ...

 といった事情を語ると長くなるので、ざっくり割愛した。

小泉八雲「衝立の乙女」
※いろんなものを背負っている女性、小泉セツ

小泉八雲「衝立の乙女」
※背負うものがない、ヘルン。

 できれば順序よく、わかりやすく動画化したかったが、考えることが多くなりすぎて進まない。ヘルン先生、小泉セツ、西田千太郎。それぞれ必死に生きていた。それだけ知ってください。

篤敬の一途な想い

 いよいよ物語のはじまり。篤敬は原作で「Tokkei」と書かれていたので、そう読み上げる。篤敬=きめぇ丸、乙女=早苗のキャスティングはすんなり決まった。

小泉八雲「衝立の乙女」
※Amazonダンボールから開封する。この時点では、ただの衝立。

 物語に慣れた人は、篤敬が倒れることは予想できるし、そのとおりになる。よくある展開だ。しかしよくよく観察すると、この時点で篤敬にとって衝立の乙女は、絵を超え、人を超え、生命を捧げてもかまわない相手になっている。
 篤敬は、その一途な思いによって自身を傷つけていたのだ。

友だちと先生

 原作では「This aged scholar」「the adviser」で、「先生」とした。
 先生が「絵の婦人に契る方法」を教えてくれたから、篤敬は絶望から救われた。篤敬は病んでいたのでも、呪われていたのでもなく、絶望していたのだ

His advice aroused Tokkei from despair.

彼の助言は篤敬を絶望から救った。

 となると先生は、篤敬を救うためウソをついたかもしれない。そう思いながら演出したので、先生と友だちは篤敬と目を合わせない。
 ゆっくりだとわかりにくいが、このときの篤敬は死の間際である。あとで「乙女に会えなかった」と文句を言われても、生きていればそれでいいのだ。

小泉八雲「衝立の乙女」
※妙な空気になった

 このときも篤敬は、乙女のため生命を賭けている。ここ重要。多くのオタクは二次元のキャラクターを「生身より下位にあるもの」と見ている。自分が望めば嫁にできると見下している。二次元キャラに人格があれば、好きになってくれるかどうかは相手次第なのに。
 絵の婦人に名前をつけて、何度も呼びかけ、お酒を差し出せば、リアル嫁をゲットできるわけじゃない。前提として命がけの、一途な想いがあるのだ。

小泉八雲「衝立の乙女」
※オタクっぽく演出すると本質を外してしまうが、まぁ、ノリを優先した。

 やがて乙女が返事をして、篤敬はついに乙女と対面する。
 このとき日本酒を差し出すのだが、「100銘柄を混ぜる」わけではないようだ。よくわからない。先生はテキトーなことを言ったのではないか?

--"you will present her with a cup of wine that has been bought at one hundred different wine-shops.

きみは百軒のちがった酒店で買った酒を一杯女にさし出さねばならない。

衝立の乙女は何者か?

 衝立の乙女の言動は想像を超えていた。
 彼女は自分が絵であることを自覚している。篤敬が自分の名を呼び、愛してくれたことも知っており、そのうえで様子を見ていたことがうかがえる。すごくない? 衝立の乙女は、こっちを見ていたんだよ。

 乙女は永遠の愛を要求し、かなわぬなら絵に戻ると言う。どど、どういうこと? 彼女は人間じゃないの? 七生どころか、老いて死ぬ一生があるのかどうかも疑わしい。

小泉八雲「衝立の乙女」
※不気味! ゆえに魅了される!

 しかし篤敬は意に介さず、互いに誓おうと言う。互いに、である。篤敬は乙女を見下さなかったが、乙女が篤敬を見下すことも望まない。互いに愛を誓うのだ。

 なんという・・・。

 その後、篤敬が何歳まで生きて、乙女がどうなったかは、些末なことだ。

絵の婦人に契る
※日本の挿絵文化もすごいよな。

そしてふたりの物語が始まる

 ヘルン先生は『絵の婦人に契る』に感動し、日本文化の研究に本腰を入れる。西田はその理解社・協力者となり、小泉セツを紹介する。これは私の妄想で、史実ではない。

 まぁ、似たような出来事があったのではないだろうか。
 もちろん、日々の暮らしで互いの趣味(物語好き)がわかることはあるが、ふたりは言葉が通じない。それにヘルンが松江にいた時間は長くない。ヘルンとセツの馴れ初めは特殊で急展開なのに、まるで記録が残っていない。

雑記

 文庫サーバで翻字・翻訳してもらった経緯は、動画化されている。私も含め、みな専門家じゃないから、まちがいがあるかもしれない。確証を得られず、紹介しなかったエピソードや情報もある。こういう学術的な活動は不得手だが、せっかく知り得たことだから、できるかぎり発表したい。

文庫サーバの話
文庫サーバの話

 結子さまのイラストを、エンドカードに使わせていただきました。例によって事前の確認はしていませんが、ここで感謝をお伝えいたします。
 ファンアートはうれしい。ファンアートをもらうことで、「もう1本作るか」と続けています。

 はてさて制作開始から5年。『文庫サーバの話』でブレイクスルーを得てから1年。にもかかわらず理想的な順序で投稿できなかった。もう割り切っているが、投稿後の反応はわからない。問題があったら、編集後記を追記していこう。どうせミスがあっても、投稿するまで気づけない。

 さて、投稿ボタンを押すぞ。

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