【ゆっくり文庫】小泉八雲「生霊」 Ikiryō (1902) by Lafcadio Hearn
2022年 ゆっくり文庫 ファンタジー 小泉八雲 日本の民話 日本文学 民話・童話
117 無意識の殺意──
江戸時代、ある瀬戸物屋で働く若い手代が病に倒れた。主は恋の病ではないかと考えるが、当人は生霊に苛まれているという。だれに、どうして恨まれているのか?
原作について

小泉八雲
(1850-1904)
『骨董』に収録された怪談。ちなみに『生霊』の次の話は『死霊』。小泉八雲は『破られた約束』と『守れた約束』のように、対比させるのが好みのようだ。
生霊がどんなものかは、日本人ならだれでも知っている。『源氏物語』が有名だし、ジャパニーズホラーでもちょくちょく登場する。が、おどろおどろしいイメージばかり強調されるので、本作を紹介したいと考えた。
- 図書カード:No.59424 - 生霊 ... 訳:田部 隆次
- Kotto: Being Japanese Curios, with Sundry Cobwebs by Lafcadio Hearn - Free Ebook ... 英語原文
- #45 - Kottō ... being Japanese curios, with sundry cobwebs, collected ... - Full View | HathiTrust Digital Library ... 英語、原書スキャン
コメンタリー
新素材に切り替えて初の『小泉八雲』シリーズである。正直、自作素材に納得できていないため、制作を避けていた。『ミス・マープル』シリーズに手を出せないのも同じ理由。が、セブンさんに蹴飛ばされ、作ってみることにした。
セツの配役
魔理沙は持ち役が多いから、小泉セツのキャスティングを変えようと思っていた。が、早苗を候補にあげたところ一部で猛反発を食らった。ま、まー、もう定着しちゃっているか。というわけで、新素材になっても魔理沙が続投となった。
※せっかく自作素材だから、てぬぐいを着けてみた。
事の起こり
キャスティングは見ての通り、紫に徴用される藍に嫉妬する幽々子、という構図。『乳母桜』の妻は早苗だったが、早苗は殺意が強すぎる。不出来な息子を愛するあまり、殺意を抑えられなくなった。いや、表層的には隠し続けている。この重さを演じられるのは幽々子しかいない。絶対!
※初期配置。
※なんだかんだで藍の出番は多い。
原作の六兵衛は番頭で、生霊に悩まされるのはその甥。甥の名前は明かされない。ややこしいので動画のとおり整理した。動画から小説を読むと、首を傾げるかもしれない。
生霊に悩まされるシーンは5種類の手と女性の目で表現した。気を抜くと首を絞められるのだから、そりゃ衰弱する。生霊の正体がわかっていながら対策を講じなかった気持ちを考え、ヤリトリを整えた。
※生霊に苛まれる六兵衛
八雲とセツ
八雲とセツの会話は、もちろん原作にない。ポイントは下記のとおり。
- 前作『衝立の乙女』の直後で、仕事中のセツに話をしてもらう(箒がある)。
- 話が魅力的だったので、屋内に場所を移す。
- 日本語と英語で会話できるはずないが、ふたりは乗り越えていく。
- セツの説明は日常会話の域を超えている。
- セツの受け答えは明瞭で、信念がある。そのため八雲は語り部セツを求める
ふたりの馴れ初めが記録がない。妄想して恋愛を描くことはできるが、それは本題ではない。なのでテンポを優先した。
※『衝立の乙女』の直後。
世界三大パラダイムシフト:無意識の発見
コペルニクスの「地動説」、ダーウィンの「進化論」、フロイトの「無意識」は、人類のパラダイム(ものの見方)を大きく変えた発見として挙げられるそうだ。「無意識」は日常的に使っている概念だが、論文として発表されたのは1900年代、構造がわかったのは1950年代。つい最近だ。それまで無意識の言動は病気か、悪魔のしわざだった。
※無意識を説明する概念としての生霊。
小泉八雲の著作は同時期であり、知らなかったと思われる。「無意識」という言葉を使わず生霊を説明するのは、じつに難しい。あるいは説明する言葉が「生霊」なのだろう。
むろん無意識と生霊は異なるが、むかしの人が考える因果は広い。憎んでいる相手に不幸があれば、なにか飛ばしてしまったかもしれない、と考えたのだろう。
信念ある語り部
生霊に似た妖怪もいる。小泉八雲の短編『常識』のように、怪異の正体を喝破するのは至難だ。しかしセツには、あえて「生霊は生霊」と断言してもらった。
八雲はセツの話を怖いほど真剣に聞き、何度も繰り返してもらったり、疑問があれば細かく質問したと言う。八雲がどんな質問をして、セツがどう答えたか、記録に残っていないが、子どものように本質的な質問をしただろうと思われる。
「グリム童話を語ろう」でも述べたが、信念がなければ民話を説明できない。セツは学者ではないが、その民話が伝えたいことをわかっていた。人々の暮らしはどうあるべきか、どうあってほしいか、明瞭な考え(信念・信仰)があった。
セツがすべての質問に即答できたとは思わない。またセツが関与しなかった作品もあるだろう。それはそれ、これはこれ。【ゆっくり文庫】の八雲とセツの会話はフィクションである。それは私自身が、こうあってほしい、という願いに基づいている。
思いを打ち明ける
クライマックスである。原作ではあっさり描かれてるが、心中を打ち明ける妻の気持ちを想像すると戦慄する。夫への信頼、申し訳ない気持ち、恥、つらさ。もし夫に叱咤されれば、妻は首を吊っただろう。私が思うに、妻な善良な人物である。いったいだれが、無意識の殺意を責められるだろう。
止まった画面で、どこまで心情を描けるか。表情、間、暗さ、位置。いろいろ調整した。
※幽々子様でなければ演じきれなかった。
エピローグ
物語で述べることはわずか。あとは八雲とセツの物語。ふたりの距離を少し縮めたい。
八雲のセリフは、セリフは小泉節子『思い出の記』から。結婚前では時期尚早ではあるが、ま、いっしょ。
※本を見る、いけません。ただあなたの話、あなたの言葉、あなたの考えでなければいけません
雑記
428日ぶりの小泉八雲シリーズである。新素材のふたりは、いかがだっただろうか? キャラ素材はどうでもいい? そう言っていただければ幸いだ。