【ゆっくり文庫】ラヴクラフト「ダゴン」 Dagon (1919) by Howard Phillips Lovecraft
2022年 ゆっくり文庫 アメリカ文学
119 窓に!窓に!──
ある男が飛び降り自殺しようとしている。彼は南太平洋を漂流中に、恐ろしいものを見た。それは人間の理性では輪郭を追うこともできぬ暗黒神話の片鱗だった。
原作について

Howard Phillips Lovecraft
(1890 - 1937)
1986年、15歳の春、高校1年のクラスで知り合った友人が「TRPGをやろうぜ」と言い出した。私は誘われるまま、『D&D』『トラベラー』『ルーンクエスト』『AD&D』『WarHammer』と渡り歩いたが、もっとも長くプレイしたのが『クトゥルフの呼び声』だった。
私はクトゥルフ神話を知るため、『ラヴクラフト全集』、青心社『クトゥルー』、『クトゥルー』、『ク・リトル・リトル神話集』などを読んだ。菊地秀行『妖神グルメ』もタイムリーだった。
翻訳されたものはあらかた読んだけど、憶えているとは言えない。読んだ直後であっても要約できなかった。高校生には難しかった。いや、大人になったら、なお読めない。高校時代に読んで正解だった。
クトゥルフ神話にも、TRPGにも思い出はいっぱいあるが、それを語るのはまたの機会としよう。【ゆっくり文庫】では『エーリッヒ・ツァンの音楽』を検討していたが、下記ツイートを拝見。
一本作り上げると欲が出るもので、もう次を何作ろうかと思案中。やはりシャーロック・ホームズ、と行きたい所だが、一作目は長編なのでまだ早い。ゆっくり文庫御本家の動画もあるし。
— 霧嶋 隆 (@KirishimaMist) August 27, 2022
候補としては「怪盗紳士ルパン」の連作短編で慣らすか、はたまた別次元に発想を飛ばしてクトゥルフ「ダゴン」とか。
『ダゴン』か──。
入門として悪くない。そういや無料ゲーム『Dagon: by H. P. Lovecraft』をプレイしたが、スクリーンショットを使えば作れるかも? というわけで完成した。
霧嶋さんはホームズを作ってみたいと言っていた。ならば撃たれる前に撃っておこう。お返しにホームズを作ってくれることを期待して。
- 図書カード:ダゴン ... 訳:大堀竜太郎
- Dagon - Wikisource, the free online library ... 英語原文
- ダゴン (小説) - Wikipedia ... 解説
- ハワード・フィリップス・ラヴクラフト - Wikipedia ... 著者の解説
先行作品
2001 映画『DAGON』
スペインのホラー映画。内容はまったく別物なので、見なくてよろし。
2021 ゲーム『Dagon: by H. P. Lovecraft』
無料のアドベンチャーゲーム。日本語字幕あり。15分くらいで終わる。それほど凝った内容ではないが、雰囲気は十分伝わる。
2022 moiky さん「ずんダゴン」
『Dagon: by H. P. Lovecraft』のプレイ画面に、青空文庫の朗読をあわせた動画。日本語字幕の朗読ではない。字幕よりわかりやすく、ずんだもんの百面相が愛らしい。これを見て、文庫版「ダゴン」も作れると思いました。
コメンタリー
小説『ダゴン』を読み直したが、修飾が多くて内容がぜんぜん頭に入ってこない。このまま映像化してもしゃーない。3つの方針を決めた。
- 修飾をごっそり削る。
- クトゥルフ神話の基礎をまとめた入門用とする。
- 主人公が自殺に至る理由を整理する。
原作を読んでると、動画に状況説明がないことに戸惑うだろう。台本はもっと言葉があったんだけど、画面を見ながら削れるだけ削った。見えているものは説明しない。説明したところで、どうせ伝わらない。興味があれば小説を読むだろう。
キャスティングについて。主人公は霖之助でもよかったが、医者(パチュリー)と民俗学者(レミリア)を出すことになり、美鈴に決定した。
プロローグ
本作はモノローグとセリフが混在する。モノローグは紅美鈴で、画面上で動いているのはチルノ(のキャラ素材を変えたもの)なのだ。『茸の化け』や『双生児』でも使った小技。
※自分で言うのもアレだが、びっくりするほど簡潔。
拿捕、漂流、上陸、逃亡
スイスイ進んでいく。すごいなぁ。
※軟泥の陸地。ルルイエの一部らしい。
※原作ではオベリスク(尖塔)だが、ゲームがモノリス(石版)だったので、セリフも合わせる。
※巨大な神が(より大きな神に)礼拝するって構図はおもしろい。
※ダゴンによる正気度喪失は、1/1D10。ダゴンがこちらを見ていない。かつダゴンが叫ぶ瞬間を直接見なかったことから、SANチェック成功。1の喪失で済んだ。
病院
「気がつくと病院にいた」って展開は無理あるが、そこは目をつむる。
医師が紙片をわたすのは文庫翻案。医者(パチュリー)は支援者に見えるが、ダゴン秘密教団の一員である。
※モブに注目しなくてよいと、視覚的にわかる。
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マーシュ老
原作の民俗学者は大した情報をくれず、主人公は落胆する。しかし誰も信じない、証拠がまったくないなら、疑うべきは自分の主観だろうに。
信じたくない事実を突きつけられてこそのクトゥルフ神話だ。
民俗学者をバーナード・マーシュに設定。バーナード・マーシュは『インスマスの影』(1936)の登場人物。マーシュ家の当主。まぶたを閉じられないほど怪物化が進行しているが、『ダゴン』(1919)時点はそこまで進行していない。サングラスは目を、ローブは肌を隠すため。
※ローブ姿のレミリア。
※クトゥルフ神話を教えてくれる。
※『ダゴン』執筆時点のラヴクラフトに、こんな構想はなかった。
※犬神家・灰皿アタック!
主人公がいきなり攻撃したことに驚くかもしれないが、マーシュはダゴン秘密教団の一員である。放っておけば身柄を拘束され、ダゴンのもとに連れて行かれる。流れに身を任せていたら、ゲームオーバーだ。
TRPG『クトゥルフの呼び声』で興奮するのは、こうした行動を起こす瞬間だった。しかし拙速にすぎれば犯罪者として勾留される。ゲーム進行も滞る。ぎりぎりまで踏み込んで、最大火力をゼロ距離で叩き込んで離脱。これが醍醐味である。
今のTRPGは知らないが。
窓に窓に
主人公はダゴン秘密教団に追われる身となった。逃げて、隠れて、疲れたから自殺する。これで筋が通った。
終わりは近い。ドアのところで音が聞こえる。何かぬめぬめした巨体が、ドアにぶつかっているような音だ。見つかりはすまい。神よ、あの手が! 窓に! 窓に!
H.P.ラヴクラフト「ダゴン」
「窓に!窓に!」は様式美である。怪物に襲われてる最中に状況を書き留めるなんて、SAN値が残りわずかな証拠だ。ドアを叩かれている状況で「見つかりはすまい」ってのも、だいぶおかしい。
「怪物の手が窓に」と解釈する人もいるが、「ドアに手が、窓に急げ」であろう。ゲームもそう解釈している。文庫版はセリフを追加し、わかりやすくした。
※窓に!窓に!
エピローグ2
原作は飛び降りたところで終わるが、それじゃ物足りないので新聞紙面を追加。主人公は「脱走した患者」とされ、遺書は隠蔽された。そして死体の紛失。主人公は死んでも逃げられなかったのである。
※Arkham Advertiserはアーカムの老舗新聞。
雑記
※思い出の品々。若いころはたくさん買ってい蒐めていた。
【ゆっくり文庫】シリーズで最初のラヴクラフト作品である。ゲームから素材は借りたものの、ゲームとは別の味わいになったと思う。そこそこホラーに仕上がったのではないか。
ゆっくり文庫でもホラーは作れる。
その作例になればさいわいだ。