【ゆっくり文庫】P.K.ディック「凍った旅」 Frozen Journey (1980) by Philip K. Dick

2022年 ゆっくり文庫 SF アメリカ文学
【ゆっくり文庫】P.K.ディック「凍った旅」
110 これが本当だったらなぁ────

宇宙船の人工知能が異常に気づく。ひとりの乗客の脳がかすかに起きている。冷凍睡眠カプセルの故障だが、空気も食糧もないから起こすことはできない。宇宙船は乗客に、夢を見せることにした。

原作について

Philip K. Dick

フィリップ・K・ディック
(1928-1982)

『凍った旅』はPKD(フィリップ・K・ディック)の短編。この系統の嚆矢でも頂点でもないけど、お気に入り。「カプセルで夢を見つづける」という設定はありそうで珍しい。映画『マトリックス』がいちばん近いかな。それを、「夢を見せ続けたい人工知能」vs「疑り深い主人公」の掛け合いにしたのは見事。別れた妻への未練も、いい要素。シンプルだけど、いろいろ考えられる。
『凍った旅』の映像化作品はないようだ。YouTubeに朗読動画があったのでご紹介する。全4話で46分ほど。手軽に原作を履修できる。

I Hope I Shall Arrive Soon
※現在は『I Hope I Shall Arrive Soon』(私は早く着くことを願ってます)と改題されているようだ。

PKDについて

フィリップ・K・ディックはアメリカのSF作家。SFファンなら避けて通れない人物。44編の長編と、約121編の短編小説を書いたが、生前は貧乏だった。
死後、多くの作品が映画化された。『ブレードランナー』、『トータル・リコール』、『スキャナー・ダークリー』、『マイノリティ・リポート』などなど。その収益は10億ドルに達している(2009年現在)。

ディックは現実と夢、本物と偽物、人間とそれ以外の境界線を探究した。ディックはすべてを疑い、そのため精神を病んだこともある。彼に言わせると「現実世界は私の基準を満たしていない」そうだ。

(私が感じる)ディック作品の傾向は3つ...

  1. 前提が崩れる。
  2. 重要でないが、気になる言い回しが飛び交う。
  3. なんも解決せず終わる。

とりわけ3は面食らう。

ディックは生活のためたくさん書かねばならず、作品を練り込む余裕はなかったらしい。そう言われると、荒削りな作品が多いのも納得できる。「料理前のネタ」のような感じ。ディック作品が映画化されると、原型を留めないほど翻案される。うまく噛み合うと、「コレだ!」と膝を打つ。原型をとどめてないのに、原作のイメージが結実したとわかる。

フィリップ・K・ディックの作品は不完全。それを完成させるのは、後世のクリエイター。と、私は勝手に思っている。

配役について

主人公ヴィクターはネガティブな男。文庫劇団では1.きめぇ丸、2.めーりん、だが、新素材のお披露目もあったから3.こーりん、に決定した。マルチーヌ@早苗が「なに考えてるかわからない遠くの女性」になったので、これでよかったと思う。

「凍った旅」キャスト

Victor Kemmings:こーりん
Martinu:さなえ
AI:自作
Guide Robot:ようむ

文庫式こーりん1

※文庫式こーりん1

文庫式こーりん2 ※文庫式こーりん2

文庫式こーりん3 ※文庫式こーりん3

文庫式さなえ1 ※文庫式さなえ1

文庫式ようむ ※文庫式ようむ

人工知能は「姿を見せない」or「ロボゆかり」と思っていたが、異質さを強調するため自作した。陰陽マークを倒して、2つの点が目に見えるようにした。平常時は青、混乱するとオレンジに発光する。ロボようむのランプも青。

文庫式人工知能
※文庫式人工知能:混乱時のリングは中心がずれているが、画面だとわからない。

文庫式ゆっくりの輪郭
基本れいむ、まりさ、ありす、さなえ、さくや、めーりん、ゆゆこ、ゆかり
幼女ようむ、ちるの、れみりあ、ふらん
男性こーりん
特殊きめぇ丸

こーりん(男性)の輪郭はアゴを角ばらせ、口を4ピクセル下げている。かすかな差だが、これ以上いじると違和感が生じた。要研究。

コメンタリー

原作に比べ、文庫版はかなりコンパクトになっている。この短編の主軸である「罪悪感」について、ばっさり省略しているからだ。大筋は変えてないつもりだったが、投稿後に見返すと、だいぶ印象がちがうかもしれない。

  • ヴィクターの一人称視点にする。人工知能、マルチーヌの真意は見えない。
  • わかりにくいトラウマを省略。「なんかあったのだろう」と思わせる程度に。
  • 主人公が壊れちゃったラストを、希望が持てるものに差し替え。

われわれは夢と同じもので作られており、儚い命は眠りとともに終わる。
──シェイクスピア「テンペスト」第4幕第1場より

We are such stuff as dreams are made on, and our little life is rounded with a sleep.
-- Shakespeare The Tempest, IV/i

冒頭のセリフは原作にない。お気に入りだから使ってみた。シェイクスピアは、人生は夢のようなものだが、それでも役を演じると語った。『凍った旅』のアイデアの源流とも言える。

異常発生

原作は宇宙船(人工知能)のモノローグ(ぼやき)からはじまる。これはこれでユーモラスだが、一人称に整理したいから導入文は「声をかけられ目覚める」にした。この導入を繰り返すことで、夢と現実の境界があいまいになる。

【ゆっくり文庫】P.K.ディック「凍った旅」
※60人の乗客がいて、ヴィクターの座席は9番目。

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※冷凍睡眠カプセル

人工知能はなんでも知ってるが、わかってない

ヴィクターは仮想空間に招かれる。「本物じゃない」ことを示すため、白い部屋に家具を不自然な順序で追加していく。フェードインだと目立たなかったので、アニメーション効果:点滅して登場を使った。

このとき「絵画」と「猫」が出現するが、これはのちに言及される「レイ・トランスの絵」と「猫のドーキー」である。原作のヴィクターは、友人からもらったポスターに莫大な価値があると気づいたが、売りそこねてしまった。また幼少期、猫のドーキーが母親の小鳥を食べるのを見過ごしたため、殺処分されてしまい、そのことに罪悪感を抱えている。
「絵画」と「猫」は、ヴィクターのトラウマである。つまり人工知能は、この時点でヴィクターの脳をスキャンしているが、意味をわかってない。人工知能は大事な思い出と、忘れたい思い出を、区別できてないのだ。

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※自分で自分の寝顔を見るのは恐怖だよな。

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※ヴィクターは気づいてないが、「絵画」と「猫」がある。

過去へ

人工知能はヴィクターに「もっとも楽しかった思い出」を見せる。会話は無意味と思っているから、ぐいぐい進めてしまう。人間の扱いが雑。ある意味、『鬼滅の刃 無限列車編』の魘夢と同じ。「楽しい思い出を見せておけば喜ぶだろう」と思ってる。

夢の始まりはフレームバッファで白い部屋を拡大しつつ、前面にある背景にアニメーション効果:砕け散る(開始時間3.0 破片サイズ50、速度1、重力30、時間差600、距離影響50、ランダム回転50、ランダム方向50、再生速度-1)をかけている。

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※仮想空間の演出は、はじめは派手に、だんだん自然になっていく。

効果音とともに妻マルチーヌが出現。あきらかに実在しない妻だが、だんだん流されていく。人工知能がヴィクターの脳を操作しているのか、ヴィクターが夢を信じたいと思っているのか。

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※「クリスマスの夜」にしたのは、特別な思い出の日だから。雨が降っているのは、ヴィクターとマルチーヌの心理的距離が近づくから。

原作ヴィクターは階段を降りながら壁が崩れかけていると気づき、コテで修繕しはじめる。コテを持っているのは不自然と気づき、家が崩れていく。そのとおりに作ってみたが、いまひとつ冗長に感じた。

要素分解する。ヴィクターはなにをしているのか? 地下へ降りた=マルチーヌから離れた=自分の深層に足を踏み入れた。歪んでいるのは家の土台ではなく、ヴィクター自身... そのことをセリフで語らせつつ、地下へ降りていく。照明があるのに、あえて消す。かなり短くなったが、これで十分と判断した。
ワインセラーの背景をアニメーション効果:渦@T_RotBlur_Module(渦量0-->200)で歪ませつつ、背景画像を3枚重ねた。「砕け散る」を繰り返せなかったのは、暗転させるため。

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※問題は仮想空間ではなく、彼自身にある。

方針変更

人工知能の視点になったが、本当にそうだろうか? ヴィクターが、「人工知能はこう考えている」という夢を見ている可能性も否定できない。人工知能がやたら人間的だ。またヴィクターは人工知能と同じ「やれやれ困ったものだ」をつぶやいている。夢は一人称とはかぎらない。他人の思考や、自分がいない場面も描かれるのだ。

原作ではヴィクターのトラウマを探るため、幼少期の記憶を再生する。このとき猫のドーキーが出てくるが、ぶっちゃけ、よくわからない。悲しい出来事があったから、妻と離婚して、植民惑星に逃避したの? 原因と結果がつながってない。なのでばっさり省略しちゃった。

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※152のシナリオが破綻したことで、人工知能はヴィクターに過去を見せ続けることは無理と悟り、願望実現に切り替える。

惑星ウォーデン(夢)

原作の目的地は「LR4の第6惑星」だったが、意味ある名前じゃないので「惑星ウォーデン」とした。『冷たい方程式』で密航者マリリンが向かっていた惑星である。あのとき開拓中だった惑星に、植民がはじまったという流れ。気づいてもらえただろうか。

原作ヴィクターは自分の足で宇宙港に降りて、ほかの乗客とおしゃべりして、ロボットの説明に違和感をおぼえ、ホログラムテレビが空っぽだったことから夢と確信する。読む分にはおもしろいが、動画にすると冗長になる。よって「違和感を覚えたヴィクターは投身自殺で夢を終わらせる」と短くした。

ポイントはガイドロボット(ようむ)との会話。
ロボットは一方的に情報を伝え、ヴィクターの不安に気づかない。またヴィクターのトラウマ(ハチ、絵画、猫)を知っている。ロボットの背後に人工知能が透けて見るから、ヴィクターは夢を終わらせた。ロボット(人工知能)もヴィクターの自殺に慣れっこだから、あわてた様子もない。こんな茶番を何千何万回と繰り返して、10年が過ぎたのだ。

【ゆっくり文庫】P.K.ディック「凍った旅」
※ガイドロボットはピッチが早く、一方的。マルチーヌとの会話と比較してほしい。

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※うっすら背後に人工知能が見える。エーテルの風切り音が聞こえる。

惑星ウォーデン(現実)

最終章はチト解説がいるだろう。

原作ではマルチーヌ視点が入るため、最終章は現実とみなされる。ヴィクターが10年の旅から目覚めると、別れた女房がいて、別れたことを悔いて、ヨリを戻したいと言う。しかしヴィクターはこれも夢と思い込み、「ハチに刺されて痛い」とか「指が壁をすりぬける」とか、意味不明なことを言いつづける。ヴィクターは壊れてしまった。

要約すると、「こんな夢みたいなことが起こるはずがない」と思ってしまったわけだ。
「愛する妻に出ていかれた男が、帰ってきてほしいと願いつつも、そんな夢が叶うわけがない」と思う気持ちを、想像できるだろうか? 私自身に同じ経験はないが、同じ境遇の人物を知っているので、「あちゃー」と頭を抱える。

原作のマルチーヌは200歳をゆうに超える老婆。外見も老婆。それでもヴィクターは喜ぶ。どんだけマルチーヌを愛しているんだ。夢の家が崩れたときもマルチーヌを心配していた。ヴィクターの愛が重すぎて、マルチーヌは距離を取ったのだろう。いろいろ想像すると、さらに切なくなった。

ここで1つの疑問がよぎる。これは本当に本当か?
夢は一人称とかぎらない。「人工知能がマルチーヌを探す。知らせを受けたマルチーヌは軍艦に飛び乗って、ヴィクターに会いに行く」という夢を見ていた可能性もある。
それなら「若いままのマルチーヌでいいじゃん」と思うが、それだと「こんな夢が叶うわけがない」という猜疑心と衝突する。老婆になったマルチーヌが戻ってくるからリアルなのだ。

あるいは「これは夢だ」とヴィクターが自分に言い聞かせているのかもしれない。「ホログラムテレビが正常に使える」「指が壁やマルチーヌの身体を突き抜けない」「ハチに刺されていない」と証拠が揃っても認めないのは、これは現実と認めることが怖いから。夢が叶ったら、それを失う恐怖も目覚め、またマルチーヌを傷つけてしまうかもしれない

「これは夢だ」と思っていれば、幸福を受け入れられる。やさしくなれる。

【ゆっくり文庫】P.K.ディック「凍った旅」
※これが本当だったらなあ!

さて、動画について。
いま見返すと、いろいろ物足りない。
考えたこと、感じたことを、うまく表現できなかった。

私の料理スキルでは、素材の味を引き出しきれなかった。
本作の完成は、後世のクリエイターにゆだねるとしよう

エンディング

エンディングの宇宙船は宇宙を飛んでない。これは夢の宇宙船だから、やがて消えていく。画面フチの霜も溶けてゆく。
ヴィクターの「凍った旅」は終わった
という意味なんだけど、気づいてもらえただろうか。

【ゆっくり文庫】P.K.ディック「凍った旅」
※ヴィクターの「凍った旅」は終わった。

余談

久々の編集後だが、やー、疲れた。
投稿前に書いたほうが頭を整理できるけど、投稿後に気づくことも多い。なので編集後記は、いつも歯がゆい思いに苛まれる。

ふー。

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