【ゆっくり文庫】クリスティ「青いゼラニウム」ミス・マープルより The Blue Geranium (1929) by Agatha Christie
2015年 ゆっくり文庫 イギリス文学 クリスティ ミステリー044 いかに推理したか──
資産家の妻が、あやしい占い師の予言どおりに亡くなった。ヘンリー卿がミス・マープルに相談すると、さらりと犯人を言い当てた。どうやって推理したのか?
原作について
アガサ・クリスティ
(1890-1976)
「青いゼラニウム」は短篇集「火曜クラブ」の7本目。正直、出来はあまりよろしくない。トリックは粗く、動機はいい加減で、さしたるドラマもない。しかし【ゆっくり文庫】クリスティ「動機と機会」でユーリディス=ザリーダ=コプリングと関連付けちゃったから、ちょっと考えてみることにした。
結果、原作から大きく乖離した二次創作に仕上がった。「こんなのマープルじゃない」と言われれば返す言葉もないが、マープル・ファンにこそ見てもらいたい。
原作を知らない人に言っておくと、そもそもルーシーは存在せず、メアリーはただの被害者で、サー・ヘンリーとマープルは面識がない。まったく別物だ。そして「動機と機会」を作ったとき、私自身、このようにつながるとは思わなかった。
ところでTPPが妥結したら、この動画も通報されるんだろうか?
映像化作品
- 『アガサ・クリスティー ミス・マープル』
S5E3/2010年12月29日放送。演)ジュリア・マッケンジー。追加された部分はおもしろいが、コプリングの出番が少なすぎて唐突だった。
- 『アガサ・クリスティーの名探偵ポワロとマープル』
第15話/2004年10月17日放送。声)八千草薫。原作をなぞっただけで、動機が不自然だった。土井美加の存在感が強かった。
翻案について
ふと、「死の予言」と「メアリー殺害」を分けると納得できることに気づいた。犯人がバレているのも、マープルの推理をルーシーが再現するという構成で回避できる。さらにルーシーの成長過程、マープルさんの過去を盛り込もう。
しかし動画にすると1時間を超えてしまう。事件そのものは重要じゃないので、ふくらませたプロットを削除した。もったいないから、ここに書き留めておく。本筋となるトリックと、視聴者を惑わすミスディレクション。なんとなくミステリーの書き方がわかってきた気がする。
- ミス・インストゥの愛情
死の予言に悩まされるジョージを、ミス・インストゥは熱心に励ます。なにかウラがありそうに見えるが、底意のない愛情だった。エンディングで、ふたりは結ばれる。
- カーステアスの殺意
カーステアスはジョージの母親を敬愛しており、その死にメアリーが関与していることを知って殺意を抱く。解雇されたあと、死の予言に乗じて殺害を計画するが、ジョージに説得されて思いとどまる。その事実を伏せるため、ジョージの証言に矛盾が生じる。
- ラドキン医師のいらだち
やぶ医者と評され、苛立っていた。酒の量も増えた。「メアリーは病気じゃなかった」と証言したことで、いっそう疑惑の目を向けられる。
- メアリーの計画
メアリーの引き出しからストリキニーネの瓶が見つかる。メアリーの死因は明らかじゃないが、ストリキニーネではない。これはメアリーが、コプリングを殺すために用意した毒だった。
- マープルの後悔
サー・ヘンリーの相談を受けたとき、マープルはグラディスを同席させなかった。もし話を聞いていたら、グラディスがユーリディスの正体に気づいたかもしれない。そんな思いもあって、ペサリックが来訪したときはルーシーを同席させた。
第8話として
「ミス・マープル」シリーズには12の長編と20の短編があるが、すべて動画化するのは無理だから、「牧師館の殺人」「書斎の死体」「動く指」「予告殺人」「魔術の殺人」はスキップした。本作を第8話──マープルとルーシーがいくつか事件を解決し、注目する人が現れたころと思っていただきたい。
※各事件のあらすじも書きたかったが、尺が足りなかった
「動機と機会」におけるルーシーの推理は外れたが、今回は半分だけ正解にしたい。そこで、知識を要するところはマープルにゆずった。ルーシーの推理は原作にない部分にあたる。うまく切り分けられたと思う。
長編だと次は「ポケットにライ麦を」、その次が「パディントン発4時50分」になる。おおまかなプロットは決まっているが、どうやっても20分を超えるので、ちゃんと作れる自信がない。
シリーズ構成としては、ルーシーは探偵ではなく、「ミス・マープル」になりたいと願うようになる。なのでマープルの方法、知識、思考、趣味、癖をコピーする。そんなルーシーを、マープルはどう導いて、どう旅立たせるか? そんなテーマで翻案できたらいいなぁ。
マープルさんの恋人
ミス・マープルは独身だが、朴念仁だったわけじゃない。原作によると、マープルは両親に結婚を反対されたことで生涯独身を貫くと決めるのだが、詳しいことはわからない。じつに物足りない。映画『ミス・マープル/夜行特急の殺人』(1961)のラストで、求婚されたマープルが「心に決めた人がおりますから」と断るのは、こうした設定に基いている。真実の愛は人生で1回きりなのだ。
ドラマ『アガサ・クリスティー ミス・マープル』(2004-)では、マープルが愛した男性には妻があって、戦死したと設定された。このときの犯人との会話が印象的だった。マープルはまちがった道を選んだ犯人に怒りながらも、涙をこぼす。
マープル | あたしの愛した人は戦死して、勲章をもらったわ。 それは彼の奥さんが持ってるの。 |
---|---|
犯人 | 彼の奥さん? |
マープル | ......。 |
犯人 | あなたは恵まれてます。 |
マープル | ......。 |
犯人 | 彼は亡くなっている。 まちがった道を選ばずに済みますもの。 |
※情熱に生きた過去、情熱を秘めた現在
【ゆっくり文庫】版マープルの過去
若かりしマープルは、既婚男性を好きになってしまった。彼が出征すると、マープルは奥さんの殺害を計画する。そうするしかないと思っていた。しかし実行する日、彼の戦死が伝えられる。そして彼の奥さんが生粋の悪人でなかったと判明する。マープルは「彼が止めてくれた」と解釈し、生涯独身を誓う。そして彼の信念を受け継ぎ、悪徳と戦うものになった。
※燃えるような恋をして、喪った
リアリティ<おもしろさ=ノリ
原作のマープルはさしたる根拠もなく青酸カリが使われたと断定する。奇妙に思って調べてみると、青酸カリを吸引したばあい死斑を見落としやすいことがわかったが、胃酸と化合するかどうかは確証を得られなかった。甘酸っぱい匂いがしないと、ガス栓を開ける理由がなくなる。これ以上は意味がないと思って調査を打ち切った。
階級社会のイギリスで、元警視総監がメイドと話したがるとは思えない。ルーシーはもっと恐縮すべきだし、もっと敬語を使うべきだが、ややこしいので現代風にした。このへんもリアリティを切り詰めている。マープルさんのアホ毛もそうだ。
リアリティ<おもしろさ=ノリ、と考えると、【ゆっくり文庫】は文学のライトノベル化かもしれない。
配役について
「マープルさんの恋人」が難しかった。彼は既婚者だが、幸福でなく、正義感が強く、戦死してしまう。初期案は八雲紫だったが、サー・ヘンリーが似合っていた。豊聡耳神子、四季映姫、宇佐見蓮子を試すがイメージに合わない。結局、リメイク霊夢に落ち着いた。まぁ、ここは若いマープルに注目してほしい。
※後ろ姿はIllustratorで描いた。タッチがちがうけど、作りなおすのが面倒だった。
ジョージとメアリーの名前は「動機と機会」の姉弟と同じだが、原作通りである。なので配役もそのまま引き継いだ。ジョージの母親(ちぇん)と父親(らん)も、「動機と機会」に対応している。「似たり寄ったり」なのだ。
ちょい役でも、クラドック警部(きめぇ丸)とグラディス(ちるの)を出せたのはよかった。知っているキャラクターがいると、世界観が広がる。
ザリーダの変装パーツもIllustratorで描画した。一発でアリス(=コプリング)とバレるが、今回は「犯人はこいつです」が前提なので助かった。クリスティは変装を使ったトリックが多い。実写ならどうとでもなるが、ゆっくりキャラクターでは再現しにくい。
※霊媒師ザリーダ
動画制作について
同じ部屋で、数年前のマープルと現在のルーシーが交互に推理するから、切替を明示するためAviUtlの[シーンチェンジ(ページめくり)]を使った。過去は右へ、現在は左になっている。AviUtlで編集するのは不得手だが、ちょっとずつ試していこう。ついでにルーシーの顔で遊んでみた。[拡大率]で引き伸ばしたり、[アニメーション効果:振り子]で揺らしたり。なくてもいいが、あった方が楽しめると思う。
※ページめくり
※のびる饅頭
これまで[図形]で描いていた情報ウィンドウを[画像]にした。YMMとAviUtlでは行間が異なるため、規格を決めるまではたいへんだった。まぁ、どうでもいいところだが、少しずつ磨いている。
※画像:X=0,Y=50 / 字幕:左寄せ[上],X=-130,Y=-30,行間4,最大5行
「壁紙の花」はフリー素材がなかったので自作した。これも手間取ったけど、花の色が変わったり、細工する表現ができてよかった。
※適当だけど、動画内ではそれっぽかったかな?
12分25秒にアイキャッチが入っている。これはCMのためではなく、頭をリフレッシュするため。ゆっくり音声は漫然と聞いてしまいがちなので、「あれ?」と注意喚起したかった。
雑記
時間制限がきつかった。初号では、プリチャード家の出来事すべて(ザリーダの予言、サクラソウ、タチアオイの変化に怯えるメアリー)が動画になっていたが、尺の都合でカットされた。ジョージとミス・インストゥの後日談もカット。サー・ヘンリーのセリフもだいぶ減った。商業作品でもないのに、20分以内という枠組みにこだわることは意味ないかもしれないが、今回は制限を優先した。ディレクターズ・カットを作りたい。