【ゆっくり文庫】小泉八雲「十六桜」「乳母桜」 Jiu-Roku-Zakura, Ubazakura (1904) by Lafcadio Hearn

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【ゆっくり文庫】小泉八雲「十六桜」「乳母桜」
051 日本人を読み解く鍵──

小泉八雲は妻セツから、桜にまつわる怪談を2つ教えてもらう。家族を失い、桜だけ残ったサムライの話。乳飲み子のためお参りをする乳母の話。八雲の物語は海を渡り、日本の未来に大きな影響を与える。

原作について

小泉八雲

小泉八雲
(1850-1904)

 日本人の視点では「ありふれた怪談」だから、次の展開がだいたい読める。しかし西洋人の視点で見ると、「どうしてそうなるの?」と首を傾げるだろう。

 樹木が人間の想いに答えるはずがない。答えるとして、果実や報酬が得られるわけじゃない。あるいはご利益があったとしても、倫理的に認められる取引ではない。なぜ日本人はかくも容易く命を差し出すのか? 日本人はなまじのモンスターより恐ろしい。

映画「終戦のエンペラー」について

 2012年公開の「終戦のエンペラー(Emperor)」は、歴史への興味を刺激するという点では意義深いが、いろいろ説明が足りず、盛り上がりに欠けた。やはり原作におけるもうひとりの主人公──河井道を省いたことが悔やまれる。河井が「陛下をお救いなさいまし」と言った心情は、現在においても理解と共感は得られないと判断したのか?

終戦のエンペラー
※終戦のエンペラー

 ふと、「十六桜」「乳母桜」とからめれば描写できると思いつき、脚本をまとめる。とはいえ《おまけ》を本編より大きくするわけにはいかないため、だいぶプロットが削られた。本作を理解するための予備知識を書き出しておく。
 事実誤認や問題ある表現があれば連絡してほしい。

天皇処刑は不可避

 当たり前だが、終戦直後のアメリカは日本への憎悪に満ち満ちていた。アメリカ人にとって日本人は、対話不可能なエイリアンだった(逆も同じ)。ある世論調査では米国民の33%が天皇の処刑を求め、それを含む70%がなんらかの処分を求めていた。さらにオーストラリアとソ連が天皇訴追を強く主張。天皇の処刑は当然であり、不可避に思われた。

終戦のエンペラー
※トミー・リー・ジョーンズ演じるマッカーサー元帥

 しかし天皇を処刑すれば、全国的な反乱が起こることも明らかだった。マッカーサー元帥は大統領選に出馬するためにも、日本の占領統治を成功させたい。そこで日本通であるボナー・フェラーズ准将に調査を命じた。「天皇を処刑しない理由を探せ」というわけだ。

ハーン・マニア

 ボナー・フェラーズは大学で、渡辺ゆり(後に結婚して一色ゆり)という日本人留学生と知り合う。日本に興味をもったフェラーズに、ゆりは小泉八雲の著作をすすめる。ただ、ゆり自身は八雲を好いていなかった(日本人は小泉八雲を理解しない)。

 1922年(大正11年)、来日したフェラーズは河井道を紹介される。河井はゆりを留学の機会を与えた教育者であり、クリスチャンの平和主義者だった。
 河井ならば、日本の内情について冷静なアドバイスをしてくれるだろう。
 フェラーズは「ミチ・カワイを探せ」と指示する。

 映画では、一色ゆりをモデルにした「島田アヤ」とのラブロマンスが描かれるが、フィクションである。これはフェラーズがGHQの一員として滞在時に頻繁に外出していることから、「恋人と会っていたのでは?」と想像を膨らませたようだが、終戦時、ゆりもフェラーズも結婚している。外出は小泉家を支援するためであろう。
 終戦時、小泉時氏(1925-2009)は20歳。ボナー・フェラーズは頼もしい人物に見えただろうから、1961年に生まれる子どもに「凡」と名付けたのかもしれない。

終戦のエンペラー
※ラブロマンスを混ぜたことで焦点がぼけた

 戦時中、フェラーズはマッカーサーの軍事秘書となり、対日心理作戦を指揮する。つまりエイリアンの弱点(計画性のなさ)を突き、脅威(特攻や玉砕)による被害を抑えた。フェラーズの作戦によって日本の敗北は早まったと言える。

私がいの一番に死にます

 そんなフェラーズにとっても日本の意思決定システムは謎だった。天皇はみずからの気持ちを決して表さないため、戦争を止められたかどうか判然としないのだ。推定有罪もやむなしと思われたが、河井道との会談で流れが変わる。

「仮にの話ですが、もし天皇を処刑するということになったら、あなたはどう思いますか」
 フェラーズの問いに河井は答えた。
「日本人はそのような事態を決して受け入れないでしょう。もし陛下の身にそういうことが起これば、私がいの一番に死にます。もし、陛下が殺されるようなことがあったら、血なまぐさい反乱が起きるに違いありません」

 クリスチャンであっても天皇の処刑に反対した。玉音放送によって整然と武装解除した700万の日本兵がどんな反応を示すか、火を見るより明らかだ。
 フェラーズは河井道の協力を得て、天皇の処遇に関する意見書をまとめた。

 天皇を処刑したならば統治機構は崩壊し、全国民的反乱が起こるだろう。100万の派遣軍が必要で、占領期間は延長される。反乱は共産革命の引き金になり、ソ連に利することになる。
 日本国民は玉音放送によって天皇の意志を知った。よって天皇を存置しても軍国主義が復活する恐れはない。
 天皇を利用して、占領統治を円滑に進めるべきである。

 天皇に戦争責任があるかどうかの原則論ではなく、天皇を組み入れなければ占領統治が吹っ飛ぶという、プラグマティックな判断だった。マッカーサーはこれに納得し、4日後の9月27日、昭和天皇との会談が実現する。

昭和天皇との初会談

 『マッカーサー回想記』によれば、マッカーサーは昭和天皇が保身を求めると予想していたが、

「私は国民が戦争遂行にあたって、政治、軍事両面で行ったすべての決定と行動に対する全責任を負う者として、私自身をあなたの代表する諸国の採決にゆだねるため、あなたをお訪ねした」

 昭和天皇は処刑されるため──国民の身代わりに立つため訪れたのだ。かつて、敗れた国の元首がこのような言葉を述べられたことは、世界の歴史に前例がない。
 マッカーサーは昭和天皇を尊敬の念をいだき、態度が一変したという。

終戦のエンペラー
※マッカーサー元帥と昭和天皇:会談前に撮影されたせいか、マッカーサーが横柄に見える

それぞれの思惑

 フェラーズは親日家だから天皇を擁護したのではない。河井道も同じ。これ以上の流血を避けるため、合理的判断をしただけだ。もちろん人類に合理的判断ができれば、これほど歴史が血にまみれることもない。そして、合理的判断だけで、歴史が動くこともない。

 天皇が存置されたことで、日本人はアメリカに心を開いた。
 《鍵》が使われたのだ。
 見方を変えれば、フェラーズ准将の計略によって、日本はアメリカにとって都合のいい国に改造されたと言える。

 それがよかったか悪かったかは、【ゆっくり文庫】が論じるところではない。

参考

異文化がわかりあう難しさ

 それにつけても異文化コミュニケーションは難しい。近ごろ、「敵ともわかりあえる」と叫ぶ連中がいるが、歴史を学んでから出直して来いと言いたい。また一方で「わかりあえる」と信じなければ、流血の未来は避けられない。
 八雲とセツがわかりあえたことで、《鍵》が作られた。《鍵》が戦争に使われたことは悲しいが、《鍵》がなければ箱(日本)が壊されていただろう。

 かつて小泉八雲は、帝国大学で学生たちに向けて言った。

「人は一冊の書物を著すことによって、戦争で勝利を収めるのと同様に、大いに自国に報いることができるのです」

小泉八雲

翻案と動画制作について

 「十六桜」と「乳母桜」の本編より、八雲とセツの語り、および《おまけ》につなげる構成に悩まされた。八雲とセツの語りは完全な創作ではなく、地の文を織り交ぜている。原文と読み比べてほしいところだ。

小泉八雲「十六桜」

 原拠は、1901年(明治34年)発行の「文藝倶楽部」第7巻第3号に掲載された「十六日櫻」という短文。しかしこれは名所案内であり、「老人がふたたび花を見ることができるかとつぶやくと、たちまち花が咲いた」というもので、「家族の思い出が宿る桜のため切腹する」という物語のコアは、八雲(&セツ)の創作である。日本古来から伝わる話と思ったら、大間違いだ。

 高浜虚子「子規句集」では、「十六日桜」に「いざよいざくら」とルビがふってある。「いざよいざくら」は語感がいいが、原文のローマ字に従い「じゅうろくざくら」とする。表記は俳句を「十六日桜」、本文は「十六桜」とした。

 【ゆっくり文庫】でサムライといえば十六夜咲夜だ。メイドキャップの美少女に、老いたサムライを演じさせることに抵抗感もあったが、配置すると悪くなかった。老人バージョンも作ったが、使わないことにした。咲夜の後ろ姿がほしかったが、ないものはないのであきらめた。

 サムライが咲夜なら、その家族は紅魔館メンバーで固めるほかない。近隣の村人夫婦(きめぇ丸&ちるの)も即決した。

小泉八雲「十六桜」
※十六夜咲夜:老人バージョンも作ったが、やめた

小泉八雲「十六桜」
※定命の咲夜が悪魔や妖怪より長生きするとは...

小泉八雲「十六桜」
※日本人は想いを微笑みに隠す

 桜の変化はフリー素材を加工して作った。手間がかかったけど、相応の効果はあったと思う。素材を配置して試写すると、思わず涙がこぼれた。どうして悲しいのだろう? 私もまた日本人ということか。

小泉八雲「乳母桜」

 「乳母桜伝説」にもバリエーションがあって、登場人物の名前や展開が少しずつ異なる。八雲バージョンは「祈願によって乳母の乳の出がよくなる」や「乳母が治療を拒否して死ぬ」というシーンが省かれているので、テンポがいい。

 「十六桜」のサムライは死によって奇跡をなしたが、「乳母桜」のお袖は奇跡の対価として命を払っている。約束の結果を粛々と受け入れる姿に、日本的な美を感じる。「こんなふうに死にたい」と思ってしまうのも、日本人特有の感傷だろうか。

小泉八雲「乳母桜」
※徳兵衛の気遣いを演出した

小泉八雲「乳母桜」
※ただ感謝だけがある

 東方Projectで桜にまつわる乳母となれば、西行寺幽々子しかいない。しかも娘の名前が「お露」だから、「牡丹灯籠」を連想させる。これほど深く愛した娘が恋煩いで死ねば、そりゃあ化けて出るだろう。日本人の愛は深すぎる。

 お袖が別れを告げるシーンは、脚本時点では「あざといかな?」と思ったが、映像にすると泣けてしまった。「お袖は無駄死」とか、「お露の教育によくない」とか言う人は、現実を生きてないんだなぁと思う。この経験を踏まえ、お露がどれほどいい女に育つか、見なくてもわかる。

幕間「八雲とセツの怪談めぐり」

 八雲家の花見シーンはもちろん創作である。本来なら『怪談 Kwaidan』が発表された1904年(明治37年)にすべきだが、小泉一雄とフェラーズ訪問時の小泉時を重ねるため、1896年(明治30年)に設定した。
 小泉一雄(フラン)は初登場だが、「葬られた秘密」でお園(魔理沙)の息子として出演してるから、すんなり受け入れられるだろう。八雲の孫である時(橙)も継承。八雲家の系譜が少しずつ描かれていく。こんな動画作って、いいんだろうか。八雲会に怒られないか心配だ。

八雲とセツの怪談めぐり
※1896年

八雲とセツの怪談めぐり
※1930年

 劇中の割り込み解説はテンポを崩すが、あえて残した。怪談は遠い異世界のファンタジーではなく、私たちが住む日本の物語であることを示したかった。エドヒガンがソメイヨシノの片親だとしても、大宝寺の乳母桜から派生したわけではない。ただこうした物語を知っていれば、桜を蹴ったりしなくなるだろう。

八雲とセツの怪談めぐり
※割り込み解説:現在につながっていることを示したかった

おまけ「敗戦のエンペラー」

 ボナー・フェラーズを知らない人が多いだろうから、ただのアメリカ人青年としてスタートさせ、日本の命運を左右した情報将校だったと明かす構成にした。アーラム大学で一色ゆりと知りあったり、小泉家訪問のまえに河井道と知り合うシーンはカットした。削りすぎてわかりにくいかもしれないが、興味ある人はこの文章を読んで補完されているだろう。

ゆっくり文庫「終戦のエンペラー」
※このヤンキーが日本兵を追い詰め、天皇を救うとは

ゆっくり文庫「終戦のエンペラー」
※映画はこの転換点がなかった

マッカーサーと昭和天皇の初会談

 動画の最後に「マッカーサー元帥と昭和天皇の会談シーン」があったのだが、《おまけ》が本編を食ってしまうので、なくなくカットした。
 ボナー・フェラーズを主人公した特別編を作るべきだろうか? 昭和天皇の話題はコメントが荒れそうだが、知ってほしいテーマではある。

ゆっくり文庫「敗戦のエンペラー」
※マッカーサー元帥(アリス)

ゆっくり文庫「敗戦のエンペラー」
※昭和天皇(さくや)

アインシュタイン来日シーン

 《おまけ》にはもう1つ、1922年のアインシュタイン博士の来日エピソードもあったが、これもテーマから外れるのでカットした。動画を作ってからの削除はつらい。幣原喜重郎の話とセットで使おう。

終戦のエンペラー
※アインシュタインの言葉や当時の写真を集めたのに

配役について

 今回は登場人物が多いため、レミリア、フランドール、紅美鈴、幽々子、妖夢が二役となった。徳兵衛(八雲紫)の下男は八雲藍にしようか迷ったが、「キャラクターを増やさない」という原則を守ることにした。
 【ゆっくり文庫】を見てる人は、どのくらい東方Projectを知ってるだろう? 東方ネタが多すぎないだろうか?

予想される問題

 気がかりなのはコメントだ。
 天皇の戦争責任がどうとか、GHQの陰謀がどうとか、おかしなコメントが多くなったら困る。投稿した動画も増えて、不適切なコメントを削除するのも手間だ。
 さりとて「よく考えてコメントしろ」と注意しても、考えずにコメントする人は止められず、有益なコメントをする人を萎縮させてしまう。番外編「表現について」で述べたように、動画について語り合える場があれば解消できるんだろうか?

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