【ゆっくり文庫】トム・ゴドウィン「冷たい方程式」 The Cold Equations (1954) by Tom Godwin

2020年 ゆっくり文庫 SF アメリカ文学
【ゆっくり文庫】トム・ゴドウィン「冷たい方程式」
095 あなたならどう解く──

宇宙艇で密航者が見つかった。余剰重量があると宇宙艇は木っ端微塵。乗員だけでなく、積荷の血清を待つ調査隊の隊員たちも死んでしまう。どうする?

原作について

トム・ゴドウィン (1915-1980)

トム・ゴドウィン (1915-1980)
著者近影が見当たらず

 『冷たい方程式は』は「古典SFの金字塔」とか「SF小説史上もっとも注目に値する作品のひとつ」などと言われるが、はじめて読んだときはピンとこなかった。やはり状況設定に無理がある。お涙頂戴やんけ。よくある方程式もののひとつ・・・と思っていたが、ここが原点だった。

 いろいろ考えた。
 「古典SFの金字塔」なのにツッコミどころが多いのではなく、ツッコミどころが多いから多くのフォロワーを生んだのではないだろうか? 最終回がグダって伝説になるように。

 では本作に価値はないかというと、そうじゃない。どうして納得できないか、どうなってほしいのか、ぐるぐる考えたから。いっぱい刺激を受けたから。なんやかんやで少女を救えていたら、きっと記憶に残ってなかっただろう

 「方程式もの」の枠組みは忘れ去れれたが、類型はいまも作られている。「コピーのコピー」をコピーするより、オリジナルから刺激を受けたほうがいい。
 というわけで、ゆっくり文庫で取り上げることにした。

映像作品

 ざっと下記のような作品がある。YouTubeで検索すると、人形劇やレゴ、学生の作品なども見つかる。

『冷たい方程式』の映像作品
年度 作品名
1955 Cold Equations / X Minus One (Voice Drama)(23min)
ラジオドラマ。EDSの出発前から描いているが、大筋は同じ。SEがなんとも古い。
1962 Cold Equations / Out of This World
未視聴。
1989 The Cold Equations / The Twilight Zone S3E51 (22min)
原作を忠実に再現している。マリリンの衣装や雰囲気はそっくりだが、10代に見えないためか、かわいそうと思いにくい。
1996 The Cold Equations TV Movie (92min)
マリリンが活発的。取っ組み合いしたり、協力したり、チューしたり。ふつうにSFアクション映画。しかし裁判で有罪ってのは、どうなの?
2014 The Stowaway / DUST (12min)
宇宙船と言うより脱出ポッドのような狭さ。計器類もホログラム。しかし「捨てるものがない」という現実が強調された。リボンを渡すところは印象的。パクろう。

翻案

条件:やむを得ない状況にするか?

 最初は、納得できる状況設定にしようと思った。人間が人工知能と対話できなくなって、「ぎりぎりしか燃料を積めない」「人間1名でなければならない」という運用になったとか、「ハイパースペースマスドライバーは出発前のスキャンができない」とか。
 しかし「納得できないからフォロワーが増えた」という解説につなげるため、変えないことにした。ただ「亜空間」というウソを1つついて、「亜空間ならしゃーない」と思ってもらうことにした。

 マリリンの縫い物自慢、手紙を書き残す、少女だから特別扱いと言った要素は、そのまま残した。1950年代に書かれたことを意識してほしいから。

ドラマ:悲しみの度合い

 解説パートで「おかしくね?」と突っ込むから、本編で泣かせてはいけない。抑揚を抑え、淡々と演出する。滑稽に描くことも考えたが、パロディになってしまうので見合わせた。
 初号を筋之助さんに見てもらったところ、「没入したいけど、できない」と言われる。考えてみれば、悲劇は悲劇で描いていいのだ。なので演出を見直し、マリリンに心の準備をさせた。

説明の配分

 本作は場面転換も動きも少ない。状況説明すれば終わり。なのでタイムラインも2日で組めた。
 しかし通してみると腑に落ちない。投稿者によくあることだが、いっぱい読んで、調べて、考えて、工夫したから、初見のひとにどう見られるか、わからなくなってしまったのだ。
 そこで筋之助さんに連絡、初号を見てもらった。ここで率直な意見をもらって、考えをあらため、動画を作り直した。この「意見をもらう」ってのは大変なんだけど、その話はまたいずれ。

【ゆっくり文庫】トム・ゴドウィン「冷たい方程式」
※初号は倉庫での会話がもっと長かった。

 このとき受けた指摘の1つが、説明について。原作は同じことを何度も繰り返すから、文庫版は簡潔にまとめた。しかし簡潔すぎて、脳に届かなかった。文章と、朗読と、ゆっくり劇場では、それぞれコツがちがう。どこで、だれが、どのように話すか。要点を文字で示したり、図で振り返ったり。
 完成した動画を組み替えるのは大変で、2週間かかってしまったが、まぁ、よくなったと思う。

キャスティング

マリリン=ちるの

 原作の密航者マリリンは18歳で、けっこう生意気。パイロットは、犯罪者や密輸業者(=男)でないから特別な配慮をするわけだが・・・21世紀の感覚だと「規則を破ったほうが悪い」と思われそう。そうしたヘイトを受け流せるのは、チルノしかいない。また魔理沙や早苗、妖夢だと、「兄に会いたい」以外の目的がありそうに思えてしまう。チルノは馬鹿だけど、馬鹿だけじゃない魅力があるよね。
 チルノのイメージに合わせ、マリリンの年齢を18→16歳に引き下げた。

大人たち

 テストショットを作成するが、物足りない。チルノと霖之助に帽子をかぶせたら、それっぽくなった。こうなると、ゆかり、めーりん、罪袋も帽子をかぶってないとおかしい。手間だが作った。『トップをねらえ!』の地球帝国を参考にしているが、色やラインの意味は考えてない。
 兄は Gerry だから「ゲリィ」と訳されるが、響きがよくないので「ジェリー」とした。尾籠な連想をするひとはわずかでも、コメントされたら迷惑だ。

【ゆっくり文庫】トム・ゴドウィン「冷たい方程式」
※テストショット2:なんか足りない

【ゆっくり文庫】トム・ゴドウィン「冷たい方程式」
※テストショット5:それっぽくなった。まだ青いリボンはない。

キャスケットちるの
※キャスケットちるの
キャスケットちるの
※キャスケットちるの:後ろ姿
帝国こーりん
※帝国こーりん(パイロット)
帝国ゆかり
※帝国ゆかり(提督)
帝国めーりん
※帝国めーりん(兵卒)
帝国罪袋
※帝国罪袋(兵卒)

トランターの紋章「宇宙船と太陽」
※トランターの紋章:宇宙船と太陽(Spaceship and Sun)

 帽子のエンブレムは「宇宙船と太陽」。アシモフ「ファウンデーション」の銀河帝国の紋章なのだが、気づいた人はいるだろうか。
 素材は順次、【ゆっくり文庫】素材置き場(仮)で公開します。

緊急発進艇(EDS:Emergency Dispatch Ships)

 最初はそれっぽい宇宙船だったが、ふと思いついて『紅魔大作戦』に搭乗した住吉ロケットにした。もう一回くらい登場すれば、文庫劇団の宇宙船として定着するだろう。

【ゆっくり文庫】トム・ゴドウィン「冷たい方程式」
※住吉ロケットのほうが【ゆっくり文庫】らしい。

【ゆっくり文庫】トム・ゴドウィン「冷たい方程式」
※エンドカードも作ったが、最後の最後で差し替えた。

コメンタリー

宇宙船内の背景

 背景は「Alien: Isolation」(2014)というゲームから拝借した。は映画『エイリアン』(1979)の世界観を再現したゲームだから、レトロ感がありながら高精細。古典SFを映像化するのにちょうどいい。

宇宙艇コンピュータ

 コンピュータと音声会話することでテンポがよくなった。はじめはロボットだったが、「おまえが降りろ」と突っ込まれるだろうからボツに。文庫サーバで見せたところ、ルイス足永さんが大喜びしていた。
 長官は音声のみだったが、説明を分担するため顔を出す→モニタ→位置や大きさの試行錯誤となった。AviUtlのエフェクトを使いたかったが、YMMで再現している。

【ゆっくり文庫】トム・ゴドウィン「冷たい方程式」
※ロボット、てめーは駄目だ。

【ゆっくり文庫】トム・ゴドウィン「冷たい方程式」
※基本的な画面構成。

長官の働き

 物語の最後にマリリンの「ありがとう」がほしい。そのためにはパイロットや長官の奔走が必要。そこで「亜空間脱出速度の角度を変える計算をする」という役割を作った。こうした配慮によってマリリンは、兄と通話する時間を得る。これを強調するため、カウンターを表示した。

死の受容

 マリリンは辺境の厳しさ、おのれの軽率さを知って、死を受け入れていく。またみんなに迷惑をかけたことや、奔走してもらったことに気づく。そのための会話、時間を盛り込んでいく。

ジェリーとの通話、その前後

 原作はけっこう長く会話する。最後まで信号は途切れず、はっきりお別れできる。しかし通話が途切れたほうが印象的と考え、演出を変えた。マリリンの心情をここで説明する。

通話前

 残り時間が11分となり、ジェリーとの会話をあきらめる。「心配かけてばかりだったけど、もう大丈夫...」の先は、「もう死んじゃうから心配しなくていい」である。それを口にする準備ができていなかった。

通話開始

 ジェリーと回線が開く。話したいことはいっぱいあるのに、ジェリーはパイロットを詰問したり、怒ったり。ふだんなら話が終わるまで待つが、そんな余裕はない。割り込んで話しはじめるが、声がジェリーに届いているかどうかわからなくなる。
 それでも話しかける。「ときどきでいいから思い出して」と。

【ゆっくり文庫】トム・ゴドウィン「冷たい方程式」
※話したいことはいっぱいあるのに。

交信が途絶える

 残り09:37あたりで緑のランプが消える。マリリンの声はジェリーに届いていない。そのことに気づいてもマリリンは話しかける。「いつでも思って」と。

【ゆっくり文庫】トム・ゴドウィン「冷たい方程式」
※モニタのランプが消えても、話し続ける。

 通話前と通話後が、マリリンの本心。もう大丈夫だけど、いつでも思ってほしい。忘れないでほしい。
 相手に届いてなくても、そう言えた。これで(死ぬ)準備ができた。この短編でいちばん感銘を受けたセリフだ。

【ゆっくり文庫】トム・ゴドウィン「冷たい方程式」
※"I'm ready," she said.

青いリボン、ワープアウト

 マリリンはエアロックで、青いリボンをパイロットに渡す。感謝のしるし。自分をすぐ射殺せず、兄と話す時間を作ってくれて、「ありがとう」。そう言えるくらいマリリンは落ち着いている。

 この演出をするため、キャスケット帽にリボンをつけたわけじゃない。帽子にリボンがついていたから、思いついたのだ。
 リボンは2つある。1つを兄に、もう1つをパイロットさんに。いえ、兄にはなにも遺したくない。リボンは自分の代わりにならない。なので1つだけ・・・。

 どうやっても助からないときはある。そのときは心を残したい。
 今回はあまり翻案しないつもりだったが、気がつけば私らしい演出になっていた。

【ゆっくり文庫】トム・ゴドウィン「冷たい方程式」
※リボンをあなたに。

 短編はマリリンの叫びで終わる。初号は音読していたが、「いやいや、密航したおまえが悪いだろ」と思われてしまうので、無音とした。マリリンの自業自得と考えるひとも、同情するひとも、どちらも満たされるだろう。

【ゆっくり文庫】トム・ゴドウィン「冷たい方程式」
※無音にした。

解説パート

 『冷たい方程式』はツッコミどころがある。そこを伏せてもモヤモヤするから、解説パートでぶちまけよう。
 ツッコミどころがあるから駄目、ではなく、だからこそ多くの派生作品を生まれ、その連鎖がいまもつづいている。

 「方程式もの」を復興させたいわけじゃない。

 昨今は類似点があるとすぐ「パクリ」と排斥されるが、刺激を受けて、自分なりの答えを表現することで、娯楽文化は発展してきた。もちろん法律や礼節は守るべきだが、欠点があるから駄目、模倣してるから駄目ではなく、もっと自由に楽しんでほしい。
 これは【ゆっくり文庫】の理念にも通じることだ。

【ゆっくり文庫】トム・ゴドウィン「冷たい方程式」
※きみならどう作る?

雑記

 パロディがつづいたから、番外編のまえに物語を1本入れよう。ちゃちゃっと作れると思ったが、ブラッシュアップに苦労した。まぁ、いつものこと。
 でもやっぱ、SFはいいよね。
 古典SFをもっと紹介したい。でもパブリック・ドメインじゃないし、素材も足りない。表現も難しい。でも知ってほしいなぁ。

追記

 文庫サーバのログより。

文庫さん、「冷たい方程式」見ました。
若いころ考えたことを思い出し、いまの自分ならどうするか、また考えました。
おおう。
自分がパイロットで、助ける方法がないなら・・・少女を絶望から救いたい。
それは心を救うということ?
「なんとかする方法を思いついた」とウソをついて、安心して喜ぶ少女を背後から撃って、即死させます。
自身はトラウマになるけど、それは少女がエアロックに入っても同じ。
だったらせめて彼女を、数十分におよぶ絶望と恐怖から救いたい。
なんと!
遺書を書いたり、お兄さんにさよならする機会は与えないと。
物語の中ではうまくいったけど、そうならない可能性のほうが高い。
少女が泣いたり、家族が少女の判断を責めるより、
「パイロットは薄情なやつだ」と思われたほうがいい。
もし少女に、絶体絶命の状況を知られてしまったら?
その場合は遺書を書いて、家族と通話してもらいます。
そのあとウソついて射殺。
ほげー!
セブンさんが明るいことを言い出したら気をつけよう。
自分の意思でエアロックに入れ、って言えます?
言えない。
でしょー。
射殺後、長官から「助かる方法があった」と連絡が入って、絶望するエンディングが見える。
その場合でも、少女をエアロックに押し込むよりマシ。
わああ、セブンさんの判断、興奮します!
みきとさん、いらっしゃい。
ぼくは圧倒されて、なんも考えられなかった。
解説パートで「悲劇ありきの状況設定」と言われて、またびっくり。
ピュアやな。
そんなんじゃセブンさんに甘い言葉を囁かれて、後ろから撃たれるぞ。
セブンさんの言葉なら騙されますね。
私の言葉なら?
文庫さんは顔に出そう。
(テキストチャットなのに!)
みきとさんがパイロットなら、どうします?
少女が銃を奪ってパイロットを殺すかも、とか、
「きみは生きろ」と言ってパイロットが宇宙に飛び出すかも、って思ってました。
ないわー。
あと脱出ポッドがあるんじゃないかと。
ノストロモ号、広く見えますからね。
うぐぅ。
狭くて、捨てるものがない宇宙船の背景画像がなかったんじゃー。
あんな限定された状況でも、
1.いきなり撃つか?
2.絶望的な状況を説明するか?
3.外部に知らせるか?
と、選択肢があります。
ゲームにしたら、どのルートが納得できるかなー。
こうやっていろいろ考えさせるのだから、『冷たい方程式』は名作なんですよ。
少女は馬鹿とか、設定がおかしいとか言っても意味ない。
ですね!
しかし初号は筋之助さんに、少女は馬鹿と言われましてねー。
捏造しないでください!
初号は、設定も展開も演出もちがってたじゃん!
それ、興味あります。
ぼく原作を読んだんですが、原作と完成した動画のあいだにどんなステップがあったのか。
それは...
あ、このへんのヤリトリ、公開してもいい?
いいですよ。

 このあと「方程式ものの思い出」や「チルノを死なせすぎ問題」、「解説パートの醍醐味」などを語りました。

投稿後

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