【ゆっくり文庫】O・ヘンリー「魔女のパン」 Witches' Loaves (1911) by O. Henry
2020年 ゆっくり文庫 O・ヘンリー アメリカ文学 ドラマ
098 善意のバター──
ミス・マーサはパン屋を営む中年女性。気さくなドイツ人青年のお客に声をかけられ、身だしなみに気を使うようになった。ある日、マーサはわずかな善意を挟んでみた。
原作について

O・ヘンリー
(1862-1910)
O・ヘンリーは1910年、47歳で亡くなった。晩年は荒んだ生活をしていたらしい。本作は亡くなった翌年に発表されているが、どんな経緯で執筆されたのだろう。差し歯が2つあるマーサとか、英語をうまく話せないドイツ人とか、人物設定がほんとにエグい。
O・ヘンリーには「温かいエピソード」と「冷淡なエピソード」があるが、本作は後者。失望したマーサは化粧品を投げ捨てて終わる。もうオシャレしない。お節介も、恋もしない。救いがない。マーサは魔女じゃないのに...
ふと、表題の意味がわかった。
マーサは善良な中年女性だが、建築技師から見たら魔女なのだ。魔女のパンには善意のバター。よかれと思ってやったことが裏目に出て、ひとは魔女になる。
なぜ気づかなかったのだろう? 惑わされたのは下記部分。お節介(meddlesome)という言葉があるから、建築技師はマーサの好意を知った上で怒鳴ったことになる。同僚の説明も、マーサを責めるニュアンスはない。「善意が誤解された」より「ただの事故」と感じる。
"You haf shpoilt me," he cried, his blue eyes blazing behind his spectacles. "I vill tell you. You vas von meddingsome old cat!"
「おまえのぜいでめちゃくちゃだ!」眼鏡の奥に青い目を燃え上がらせて。「ああ、ぞうだ。この、おぜっかいのおいぼれ猫!」
建築技師が「あなたの古いパンは消しゴムに最適です」と言っておけば、マーサも浮かれなかっただろうが・・・その点で彼を責めることはできない。彼もまた善良だったのだろう。つまりこれは善意のすれ違い。慣れてないお節介をすると、よく起こること。
とはいえ、マーサのお節介を否定したくない。いいじゃないか、事故の1つや2つ。傷つかない/傷つけない恋愛があるだろうか? 中年であろうと、死ぬ間際であろうと、恋に失敗はない。
などと考えていたら、プロットがまとまった。
制作の経緯
2017年12月に「運命の道」を投稿したとき、『魔女のパン』のリクエストがあった。いずれ作ろうと思っていたら2019年10月、にゅんひさんが動画化してしまった。
投稿の翌日、にゅんひさんが文庫サーバに参加された。しばらく経ってから、「私も魔女のパンを作っていい?」と尋ねたところ、了承を得た次第。それからまた一年近く経ってしまったが。
テストショット
私は動画を作る前に、重要シーンを一枚絵で制作する。テストショットの枚数が多いと、完成形をイメージしやすい。まぁ、作ってみなきゃわからないことも多いけどね。本作では37枚のテストショットを作っていた。抜粋して、変化を振り返ってみよう。
※ZUN帽ナシで、ズボラ状態。
※ZUN帽アリで、おめかし状態。落差が大きい。
※絵描き魔理沙は自作したが、筋之助さんの『やせうま』に出てくる貧乏魔理沙を借りて、合わせることにした。
※化粧品は箱に入ってなかった。
※別の日に訪ねる。
※絵が掛かっていて、その話をする。
※このヤリトリは回想シーンに含めて、コンパクトにした。
※営業時間の立ち話に見えるので、「休憩時間」と演出した。
※店が繁盛したところ。過剰と判断し、カットした。
※店の外を行き交う人がいた。
※泣いているマーサ。暗さが弱い。
※回想シーン。火事を事故に変えてインパクトを出した。
※妄想シーン。マーサが期待していたことを見せる。
※店内に客がいる状態で怒鳴り込まれていた。
※マーサはドイツ語を聞き取れていないため、日本語に変えた。パンを持ちながら怒鳴るとクレーマーに見える。
※同僚は「やれやれ」といった口調で説明していた。
※やはりZUN帽着脱の落差が大きい。
※友人は店を去りぎわ、背中で話を聞いていた。
コメンタリー
文庫版「魔女のパン」の構造は下記の通り。描きたいのは3番だから、1と2はできるだけ圧縮する。また3を強調するための演出をほどこしていく。
- 状況説明 ... マーサはドイツ人青年が気になる。
- 事件 ... パンにバターを塗って、怒鳴られる。
- 立ち直り ... 失敗の原因を考え、乗り越える。
状況説明
『予告殺人』の魔理沙が男性と誤認されたので、神奈子に「♀」と表記するか迷ったが、やめた。名前もつけなかった。
マーサ@ゆゆこのZUN帽着脱の落差が気になる。手間はかかるが、髪型から作り直した。7年の修行でだいぶ加工できるようになったが、キャラ素材いじりは果てがない。文庫劇団主要15名はいじらない、と決めていたが・・・まぁ、いっか。投稿して反応を見よう。
※文庫式ゆゆこ
※ズボラ状態(古い茶色のサージの服)
※おめかし状態(青い水玉模様の絹のブラウス)
「休憩時間」と示すため、店の外観と看板、紅茶セット、ただし人物ナシ・・・という画面構成。人物がいないことで、背景が目に入る。また「休憩時間」と認識されれば、同じ店内の背景写真が出ても「休憩中だな」と思ってもらえるだろう。
回想シーンは白いボカシ、妄想シーンには花畑、と演出するつもりだったが、厳密にするとわかりにくかったので揃えていない。
※休憩時間を示すため無人。
※スコーンが2つ減っている。友人は食べたが、浮かれたマーサは食べてない。
- 古いパン=売れ残りの乾いたやつ。 ... マーサの暗示。
- ドイツ人青年はなにか言おうとしてやめる。 ... パンを消しゴムにしてると言うか迷った。
- 資金援助を止められる。 ... バターは心遣い。お恵みじゃない。
- 香水(派手な化粧)は控える。 ... すなお。
- 焼きたてのパンを食べてほしい。 ... マーサはドイツ人青年のことを思っている。
- 中年紳士(ゆかり)をちらちら出す。 ... 伏線。
事件
不穏な音楽、素早い行動、最初の問いかけから、友人は、「マーサの恋は悲劇的な結末になる」と予想していたことがわかる。だから資金援助はやめろと言ったわけ。友人は運のせいと慰めるが、マーサはもっと深く問題点を理解していた。
※悲劇を予想していた友人。
※「やつれた」というより「死んでる」顔色だが、このくらいのデフォルメはよかろう。顔色を変えたまま登退場の演出はできないため、「体」から変えた。このあとの激怒も同じ。そのため通常状態は「顔00」をつけている。
怒鳴り
原作では「Dummkopf!(まぬけ)」「Tausendonfer!(意味不明)」と怒鳴っている。「Dummkopf」は『ヘンゼルとグレーテル』にも出てきたが、「Tausendonfer」はドイツ語ではない。ドイツ語の「Sau-Doofer(ザウ・ドヴァー)=馬鹿な雌豚」をマーサが聞き違えたようだ。ややこしくなるので意訳した。
「魔女め!」「イタズラは...」と言われたことで、マーサは、自分がどう見られていたか気づく。
"Dummkopf!" he shouted with extreme loudness; and then "Tausendonfer!" or something like it in German.
ドイツ語で「ダムコップフ(まぬけ)!」と、とんでもない声で叫び、それから「タウゼンドンファー!」とか何とかまくしたてた。
※怒鳴るドイツ人青年
※激怒魔理沙
※善意のバターを挟んだ古いパン=使いみちがないもの=マーサが残る。
立ち直り
こっから翻案パート。
善意がどうのではなく、自分は魔女になっていた。色気を出して、見返りを求めていた。相手をまるで見ていなかった。「運が悪かった」で片付けられない。とことん自己嫌悪。
それを友人が拒絶。恋に失敗はない。だからオシャレやお節介をあきらめないで。魔女にはならないで。
語りすぎると説教臭いが、言わなきゃ伝わらない。台本はこの倍くらいのセリフがあったが削って、細かく調整した。このシーンの推敲に、どえらい時間を費やした。
※暗がりで泣く中年女性2人。
ドラマはつづく
最後に中年紳士(ゆかり)がやってきて、新たな恋がはじまる。
マーサはドイツ人青年のためにおめかしして、明るく振る舞ったが、それを見ている人がいた。マーサが変わったから、紳士は声をかけてきたのだ。マーサも紳士の顔を覚えていた。まるっきり客を見てなかったわけじゃない。
この恋が成功するとはかぎらないが、マーサは魔女にならないだろう。
※ご都合展開ではあるが、物語はこのように締めくくりたい。
雑記
3本目のO・ヘンリー。演出・翻案によって新たな発見があればうれしい。「オー・ヘンリー」より「O・ヘンリー」のほうが検索ヒット数が多いので、O・ヘンリーとした。
さて、本作で98本目。100本達成したらどうするか、次の番外編で語ろうと思う。