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[レビュー2012年04月08日に発表された 

黄昏乙女×アムネジア (全12話+1話)

Dusk Maiden of Amnesia

短編、もしくは映画でやる話だった

あらすじ

高校生・新谷貞一は、ある日、古風なセーラー服を着た黒髪の美少女・庚夕子と出会う。彼女は幽霊で、新谷以外の人間には見ることも触れることもできない。学校から外に出ることはできず、何十年も旧校舎で暮らすうち、「旧校舎の幽霊」と呼ばれるようになった。記憶が欠落しており、自分の生い立ちや、どうして死んだか思い出せない。

夕子は楽天的な性格で、怒ったり、悲しむことはない。近ごろは新谷をからかうことを楽しんでいる。2人が親密になると、夕子は新谷がほかの女生徒と親しくすることに嫉妬したり、学校でしか会えないことに苛立ちはじめる。そして夕子は部分的な記憶喪失(アムネジア)になる。


夕子は殺されたとき、負の感情や記憶を切り離して幽霊になった。切り離されたものは「影夕子」という、別個の幽霊となっている。夕子に影夕子は見えない。

新谷は影夕子に触れて、その記憶を共有したことで、夕子から見えなくなった。しかし2人の思いは強く、ふたたび互いを見つけることに成功。夕子は目を背けてきた過去(影夕子)を受け入れ、すべての記憶を取り戻す。新谷と夕子は相思相愛となった。
すべての願いがかなった夕子は、新谷に看取られながら成仏した。

状況設定はおもしろいが、後半はやや迷走気味。最後はきれいにまとめているが、当初の問題は解決していない。結局、登場人物たちは永遠のラブコメ学園ライフを楽しむわけで、まぁ、それが悪いわけじゃない。要するに私が勝手に妄想して、期待しただけのこと。

原作漫画は、もともと読み切り作品だったらしい。なので長期連載に向けたシリーズ構成なんて、なかったのだろう。それが悪いわけじゃないし、当然のことだ。私は連載終了後に、複数の才能によって再構成されたアニメから見たので、錯覚してしまったのだ。

私が勝手に妄想したところを書き出しておこう。

生者と亡者の恋、その行方は?

たとえ相思相愛になれたとしても、ともに生きて、死ぬことはできない。やがて新谷は卒業し、ふつうの社会人になる。学校の先生になって戻ってきたとしても、いつまでも年を取らず、学校から出られない夕子と、いつまで暮らせるだろうか?

とはいえ生者と生者なら、ハッピーエンドが保証されているわけじゃない。学園生活の3年間だけ、あるいはその先の数十年、あるいは新谷が老いて死ぬまで、恋愛を楽しむという判断も悪くない。

取り残されるもの、記憶喪失

さいわいなことに、夕子は悲しいことを忘れてしまう。だからいつかまた幽霊が見える男子生徒とめぐりあって、初恋に落ちるかもしれない。そのとき彼女は、心の底から「彼」を愛するだろう。だから新谷の寿命が尽きたり、気が変わってべつの女性と結婚しても、夕子が無限に悲しむことはない。
パートタイムラバーとして、夕子は最適な存在と言えるだろう。

永遠に生きるものに、記憶は必要か?

物語のゴールは、「夕子は悲しい過去と向き合って、記憶を取り戻すこと」と設定される。しかし永遠の孤独を強いられる幽霊が、現実と向き合う必要があるだろうか?
新谷などの生者は、どれほど苦しんでもいずれ死ぬ。ほかの人たちと苦難を分かち合うこともできる。しかし夕子は永遠に苦しむだけ。
一定量の悲劇で記憶喪失になることは、むしろ夕子のSAN値を保つための安全弁と言える。それでもなお、夕子に現実を突きつけるのは、生者の傲慢でしかない。

残された道は

夕子が「じつは生きていた」とか「脳死状態の女生徒に憑依できた」というエンディングなら、万事解決するが、安直すぎる。とすれば、残された道はひとつ。新谷も死んで、幽霊になるしかない。ふたりは学校で、永遠に、恋愛にふけるのだ。
小此木ももえや庚霧江にとっては、亡者が生者を連れて行ったように見えるだろう。しかし恋愛競争の敗者は、つねにそう思うものだ。

「牡丹燈籠」と同じ結末である。悲劇的で、使い古されたパターンかもしれないが、私はこれしかないと考えていた。だから本編のオチは中途半端に思える。
とはいえ中学生の恋愛である。老いて死ぬことまで考えたりしないだろう。まぁ、夕子さんのナイスバディは中学生の域を超えているが、それはそれ。

つまるところ、ハーレムエンド

アニメでは、新谷の主人公補正がすさまじかった。中性的な外見で、屈託なく、次々に女性を好かれてしまう体質は、ある意味、夕子以上のモンスターだった。こんなやつと同級になりたくないね。

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