姫と従者のファンタジー

2009年 科技 ゲーム 男と女
姫と従者のファンタジー

「ネトゲの『姫』と『従者』って、知ってるか?」

友人Gに問われ、私は首を振った。
以下は、友人Gからの伝聞であって、真偽はわからない。局所的なネタだったり、古い話かもしれないが、おもしろかったので記録しておく。
多くのロールプレイングゲームでは、キャラクターに職業(スペックの差)を与えることで個性を演出している。しかし友人Gがいう『姫』や『従者』は、魂の職業を意味するらしい。

姫 - 多くのプレイヤーを従える女性(?)キャラクター

ゲームキャラなので、容姿端麗なのは当たり前。姫の魅力は、甘えたり、怒ったり、喜んだり、すねたりする言動にあるそうだ。
もちろん、プレイヤーが容姿端麗とはかぎらない。それどころか、女性である保証もない。デブオタが鼻をほじりながら「やぁん、うれしい♪」と入力している光景は、恐ろしいほど説得力がある。
しかし一方で、ブサイクだと決めつけることも難しい。掲示板で目撃例が報告されても、自作自演や誹謗中傷の可能性もある。「彼女は異常者」という書き込みと、「実際に会ってみたら、びっくりするほどキュート」という書き込みの、どっちを信じるかは、あなた次第だ。

従者 - 姫に従い、尽くすキャラクター

姫のためにログインし、姫のために戦って、勝ち取ったアイテムを姫に捧げる。それで、なにが得られるわけでもない。高潔な忠誠心は、見返りを求めないのだ。
1人の姫のために、複数の従者が競ってアイテムを取ってくる。あるいは戦利品の分配を、姫が独占的に決定する。それが姫と従者の関係なんだって。

そのゲームにGを招待した友人(♂)も、姫だった。直接の友人だから、彼が男なのは知っている。なのにオンラインの彼(が操作する女性キャラクター)は、困ってしまうほどキュートだった。長いこと姫をやっているらしく、疑惑や中傷を打ち消すパワーがある。大したもんだとGは感心した。

ふと、周囲の空気がおかしいことに気づく。次から次へと集まってくる従者たち。言葉の端々に見え隠れする警戒心。つまりGは、「姫が連れてきた特別な従者」と認識されていたわけだ。
「ぞわわーっと、悪寒が走ったぜ」
そのときのショックを、Gは述懐する。こうなると、「姫とはただの友だち」と弁明しても、意味はない。Gは窮地に立たされた。
するとモニタの中で、姫と対立していた従者の動きがぴたりと止まった。しばしの沈黙のあと、2人が動き出して、何事もなかったように空気がなごむ。1対1のチャットで、姫が従者をいさめたことは明らかだ。

(……なにをどう言えば、ああも他者をコントロールできるのだろう?)

Gはうなった。姫は従者に依存しているが、その心のケアには細心の注意を払っている。姫は決して安楽な職業じゃない。たとえば、ほかの姫(の一段)と遭遇したときは、どんなモンスターを前にしたときより緊張したんだって。

「そんなことして、なにが楽しいの?」
私は問うた。仮に、姫が素晴らしい女性だったとしても、恋愛や交際につながるわけじゃない。いくら従者を従えても、儲かるわけじゃない。そもそもゲームに関係ないじゃん。

「だって、ファンタジーだから……」
友人Gの答えはシンプルかつ、説得力があった。
そもそもファンタジーは、戦士や魔法使いになりたい欲求を叶えるもの。だったら、姫や従者になりたい欲求があってもいいじゃない。むしろファンタジーだからこそ、美しい姫と従者の関係が成り立っているのだ。現実の性癖とは連動しない。

「それで、ゲームはまだやってんの?」
「姫といっしょにやってる。直近の従者と誤解されたままだが、それはそれで楽しい」
「つまり……従者のふりをしてると?」
「あぁ」

まさにロールプレイングゲームだなぁ……と私は思った。