鈍感なカエル、敏感なカエル

2010年 哲学 仕事
鈍感なカエル、敏感なカエル

むかし、同僚から「ゆでガエル」の話を聞いた。

ゆでガエル

カエルを熱湯に入れると、ただちに飛び跳ねて脱出するが、冷水からゆっくり温めていくと、温度変化を知覚できず、茹で上がって死んでしまう。
この寓話は、ビジネス環境の変化に対応することの重要さ、困難さを暗示している。
たとえば会社の業績が低迷し、給与や待遇が悪化しても、その変化がゆっくりなら、「まだ大丈夫」「まだ堪えられる」「いつでも転職できる」と油断してしまい、転職のチャンスを逃してしまう。これを「ゆでガエル状態」とか「ゆでガエル現象」などと呼ぶ。
──茹でガエル - Wikipedia

この話を教えてくれたM氏は、「自分はもうゆでガエル」と自嘲していた。「会社はどんどん悪くなっていくが、自分には転職する能力も気力もない。子どももいるし、家も買っちゃったから、冒険できない。あとは堪えて、堪えて、堪えつづけるだけだ」と言う。

黙って話を聞いていたI氏は、半年後、ふらっと会社を辞めてしまった。昇進と同時に辞表を出したので、びっくりしたよ。つまりI氏は、ゆでガエルになる前に逃げ出したわけだ
当時の私は、I氏はかっこいいと思っていた。

あれから6年が経過した。
M氏はいまも同じ会社、同じ部署に勤めている。M氏の環境がどれほど悪化したかは知らないが、あいかわらず愚痴が多いそうだ。
かたやI氏は転職先でチャンスをつかめず、あちこちの会社を渡り歩いている。I氏の環境がどれほど向上したかは知らないが、あいかわらず元気にやっている。
こうしてみると、環境の変化に敏感だったI氏が正しく、鈍感なM氏が駄目とはいいがたい。

環境への適応能力が高い人ほど、変化に鈍感になる。
たとえば横暴な上司がやってきても、適応能力の高い人は我慢してしまう。我慢して、我慢して、我慢していると、そのうち上司がいなくなるかもしれない。
しかし変化に敏感な人は、あっという間に危険水域になる。ちょっとしたことでケンカになって、雌雄を決しようとする。自分のテリトリーを死守する姿勢は立派だが、まぁ、敏感すぎて生きにくいとも言える。

長い人生では、すべてが一律に変化することはない。登ったり落ちたりの繰り返しだ。水温が上昇しても、じっと待っていれば下がるかもしれない。うっかり飛び出したら、外界で凍死するかもしれない。つまり、環境の変化に敏感な方が生き残れるとはかぎらないのだ。

不況の現代、日本全国いろんなところでカエルがゆでられている。鍋の中で死んだカエルも多いだろうが、実際は、鍋から飛び出して飢え死にしたカエルの方が多いだろう。なんだかんだいって、会社の保護は大きい。

神ならぬ身の私たちに、未来など知り得ようはずもない。ゆでガエルの話は、転職する際は強く背中を押してくれるが、これが真理というわけじゃない。だが、まちがっているわけでもない。

進むも留まるも、理性ではなく、スタイルの問題なのだ。