2ツ星

本当の恐怖は見つかったのか

整理しよう──。増岡は恐怖中毒者だ。「本当の恐怖」なるものをビデオに記録するためだけに生きている。そうなった原因は、黒木の自殺現場に居合わせたことだろう。日々の暮らしで摩耗した神経にとって、あの経験(映像)は「ラクダの背を折る最後の藁一本」になったのだ。

しかし映画は「本当の恐怖を探す旅」から「Fの飼育日記」に傾いていく。迷走の果て、増岡は地下世界の住人になるわけだが、本当の恐怖はどうなったのか? そこに答えがないなら、映画の半分は無意味になってしまう。

増岡がビデオ片手に町を歩きまわったのは、黒木のときと同じ偶然を期待してのことだろう。「株を守りて兎を待つ」というやつだ。狂気山脈より美少女を優先するのも奇妙だ。増岡は真理の探究者に見えたが、実際は無為な人生の言い訳にさまよっているだけだった。

スナッフフイルムを撮影したのが増岡で、そこに求めるものがなかったという方が説得力がある。この方向を煮詰めると、クライブ・バーガーの小説『腐肉の晩餐(DREAD)』になりそう。おもしろいテーマだが、映像化は難しいか。

小中千昭さんの脚本を読んでみた。これを映像化した清水崇のセンスに敬服する。映像を見ながら脚本を起こしたようだ。こういう作品は好きなんだけど、もどかしい印象が残った。

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