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[レビュー2013年06月14日に発表された 

The Last of Us (PS3)

この世は生きるに値しない

 『アンチャーテッド』の Naughty Dog が開発したから、グラフィックは美麗。しかし『アンチャーテッド』と同じで、殺しの量が半端ない。珍しくエンディングは1つしかないが、これまた後味が悪い。

ストーリー(結末まで)

 人間を怪物に変える寄生菌の大流行によって、文明社会は崩壊した。

 20年後、生き残った人々は要塞化した隔離地域で暮らしていた。「軍」の統治は厳しく、「ファイアフライ」と呼ばれる組織が抵抗活動をしていたが、市民の賛同は得られていない。隔離地域の外では「ハンター」と呼ばれる無法者たちが、わずかな資源を奪い合っている。いまや正常な人間より「感染者」の方が多い。人類の滅亡は時間の問題だった。

 ジョエルは40代後半の男性で、ブラックマーケットの取引を生業にしていた。ある日、エリーという14歳の少女をファイアフライに届けるという依頼を引き受ける。エリーは好奇心旺盛で生意気盛り。ジョエルは手を焼くが、助けあって生き抜く中で信頼関係を築いていく。
 ふとしたことで、エリーには寄生菌に対する免疫抗体があることが判明。これを研究すれば人類を救えるかもしれない。しかしファイアフライのアジトは軍によって壊滅していた。ふたりはソルトレイクシティにある医療施設を目指す。

[ネタバレ]

 医療施設に到着したジョエルは、ワクチン開発のため、エリーの脳を摘出することを知らされる。エリー1人の犠牲で人類を救えるなら、そうする価値があると諭される。しかし承服できないジョエルはファイアフライを壊滅させ、エリーを連れ出してしまった。追手がかからなうよう徹底的に破壊し、殺したため、もはや研究はつづけられないだろう。
 ジョエルは目覚めたエリーに、「研究はもう終わって、エリーの協力は必要なくなった」とウソをつく。エリーはウソを追求せず、ジョエルについていくが、腕の噛まれた疵は炎症を起こしていた。

すさまじい暴力の応酬

 ジョエルは殺人をためらわない。襲ってくる者だけでなく、襲ってくる可能性があるだけで容赦なく殺す。拷問も辞さない。まぁ、警察も裁判もない世界だから、当然といえば当然なんだけど、圧倒される。『アンチャーテッド』も殺人が多かったから、クリエイターの性質だろうな。「どんなときも殺人は許されない」ではなく、「必要な殺人もある」、あるいは「障害物は実力で排除」という理念が感じられる。ゲーマーが容赦なく殺すのはわかるが、ストーリーがそれを是とするのは驚きだ。

子どものいない世代

 ジョエルはロマンチストでもある。死んだ娘や友だちのことを忘れられず、家族を求めている。『The Last of Us』は、心を閉ざした男が家族を得るまでの物語だが、ここでいう家族とは世界より優先されるものである。
 ふつう、世界がなければ家族も立ちゆかないと考える。しかしジョエルはエリーがいない未来に興味はなく、エリーと何年か暮らして死ぬことを選ぶ。これまでなかった倫理観だ。
 徹底的な自分本位、そして現世利益の追求だ。

私たちの最後か、アメリカの最後か

 『The Last of Us』は、アメリカ(U.S.)の最後とも訳せる。ジョエルのような個人主義が蔓延すれば、アメリカが崩壊するのも無理はない。半世紀ほど前までは、「社会のため個人が犠牲となるのは当然」と考えられていた。その後、「個人と社会の両立が大事」とされが、本作は「社会のため個人が犠牲にすることはありえない」と振り切っている。
 アメリカ社会への失望が、こうした心理を生み出しているのだろうか? わからない。

世界を救うため、好きな人を犠牲にできるか?

 世界より愛を選ぶ──。

 そう考える人がいてもいい、はずがない! 現代社会は多種多様な価値観を許容するが、それだけは絶対に駄目だ! 認めたら世界が滅ぼされてしまう。「他人に迷惑をかけないかぎり自由」というが、これこそまさに迷惑な考え方。繰り返し、強調しておく。他人が、世界より愛を選ぶなんて許されない!
 しかし物語において、主人公が、世界より愛を選ぶことはありえる。物語は倫理の教科書じゃないから、否定される言動をしてもいい。ただしそれは、否定されなければならない。駄目な例として、描かれるべきなのだ。

 エリーはジョエルに好意を抱いていが、それは愛と言えるのか? どうせ死ぬなら、恋愛を経験したいと思い、手近な男がジョエルだけだった。ジョエルのために生き、ジョエルのために死ぬことは、最高にロマンティックだろう。
 しかし生きることは、死ぬこととは別種の覚悟が求められる。たとえば子どもを産むなら、絶対にワクチンが必要だ。ただジョエルが死ぬまでの慰みものなら、ペットと変わらない。むしろラストは、エリーがジョエルを撃って、自分も死ぬ方がよかった。
「死ぬのは怖くない。でも、生きるのは、怖い...」
これは否定されるべき物語なのだ。

 宮﨑駿は作品を作るとき、「この世は生きるに値することを、子どもたちに伝えたい」と言っていた。しかし本作は、「この世に生きる価値などなく、好きな人と楽しくやれ」と言っている。

 それがなんとも、つらい。

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