人生をリセットする方法
2008年 哲学 考え事知人のM氏から、こんな話を聞いた。
M氏は単身、中国旅行に出かけた。いろいろトラブルがあって、投げやりな気分だった。M氏は中国語が堪能なので、どんどん奥地へ入っていった。そしてあやしい男に誘われるまま、あやしい部屋にあがってしまう。
「いっしょにシャワーを浴びるアルヨ♪」
ここで初めて、M氏は状況を理解した。なんとか男を先に風呂に入れると、そのすきにM氏は逃げ出した。ぼーっとしていたので、ここがどこかわからない。無我夢中に走って、日の当たる世界に帰ってこれたという。
「そりゃ、怖い経験をしましたね」
と言うと、M氏は首を振った。冒険譚を聞かせたかったわけではないという。
「ぼくはね、彼に申し訳なくって……」
「は?」
「つまり彼は、ぼくがそーゆー男だと思って部屋にあげたわけですよ。新宿でロシア人女性が話しかけてきて、誘ったら部屋まで付いてきたようなもんです。それなのに逃げ出しちゃって、彼を傷つけてしまったなぁ、と」
「……はぁ、なるほど」
「それにね。もし彼を受け入れたら、人生をリセットできたわけですよ」
「はぁ?」
今回は反射的に逃げてしまったが、あそこには確かに「人生のリセットポイント」があった。男に飼われたいとは思わないが、条件が合うなら行ってもよかったとM氏は言う。いろいろトラブルがあったからなぁ。
「もし彼に受け入れていたら、日本人のぼくは行方不明です。蒸発です。ローンも仕事も関係ない。適当な名前の中国人になって、適当に暮らせるんです」
「ちょっと待って。そりゃ、ないっしょ」
「いいえ、あります。
今は男色を受け入れるほど追いつめられてないけど、もし追いつめられたら、あそこへ行けばいいんです」
「……はぁ」
もちろんM氏は部屋を覚えていないし、彼に再会したいわけでもない。要するに、「困ったら逃げる」と言っているだけだ。逃げた先の安全や幸福はまったく保証されていないが、逃げられると思うと気が楽になったという。
ぜんぜん駄目な話なんだけど、おもしろいなと思った。