職業に貴賎なし、されど上下あり

2010年 社会 社会
職業に貴賎なし、されど上下あり

業界の狭さが話題になったので、エピソードを1つ。

1996年(25歳)、マルチメディアスクールを解雇された私は、Webデザイナーになろうと考えた。しかし、どうすればいいんだろう? 考えあぐねていると、生徒から派遣会社を薦められた。登録すると、ほどなく2社を紹介された。

A社の面接は居心地の悪いものだった。年配の室長が私のことを疑っているのだ。「すぐ辞める人はいらない」「2年以上の勤務を前提にしたい」と言われて困る。察するに、この会社は若い人がぽんぽん辞めて困っているのだろう。もちろん私はぽんぽん辞める気はない。しかし粉骨砕身がんばったのに、いきなり解雇された直後である。よく知らない会社を無条件で信じる気にはなれなかった。
「魚心あれば水心です」
私がそう答えると、面接は終わった。ちょっと生意気だったかもしれない。

翌々日、私はL社の面接を受けた。厳しい質問をされて、こりゃ駄目だと思ったが、家に帰ると留守電に採用のメッセージが入っていた。即決だったらしい。
担当者に確認すると、A社は判断を保留していたので、L社で働くことにした。

L社に入ると上司から、「制作会社のクオリティが低くて困っている。どこがどう悪くて、どうすれば良くなるかをまとめてくれ」と指示された。見てみると、たしかにクオリティが低い。私が制作ガイドラインをまとめると、上司は喜んだ。
「おっ、いいねぇ。これで制作会社に強く言えるぞ。ヒラくんも会議に参加してくれ」

会議室に向かう途中、私はようやく気づいた。この制作会社は、私を採用しなかったA社だ。いや、まさか、しかし……と思って会議室のドアを開けると、そこにいたのは、あの室長。あちゃー。
私たちは互いに気づいたが、そこはそれ、大人の対応をした。つまり、気づかないふりだ。人生でもっともイヤな名刺交換だった。そこへ上司が追い打ちをかけた。

「こんなことを言いたくないのですが、御社の作業クオリティが下がってます。うちも品質管理のため、ヒラくんを投入しました。御社にも同様の専門家を入れてください

(あぁー、そんな言い方しなくても!)
事情を知らない上司は、言いたい放題。室長はぺこぺこ頭を下げるばかり。つい先日、私を上から見下ろしていた人物とは思えない。

再発防止のため、室長はいろいろな約束をしたが、そりゃ無理だろうって思うものが多かった。無理な約束をするから、現場に無理がたたり、さらなるミスが発生する。スタッフは萎縮し、ぽんぽん辞めていく。なるほど、こういうカラクリだったのか。
あのとき、「絶対辞めません」と答えていたら、この室長の横で頭を下げていたのだろうか。

この半年後、A社との取り引きは完全に途絶える。それまでのドタバタもおもしろいのだが、それはまぁ、別の話。

職業に貴賎はないが、上流と下流の違いはある。うっかり下流の会社に勤めると、たいへんな苦労をする。もちろん、上流であれば安全というわけでもないが。

とにかく、人生、どこでどう変わるかわからない。
ゆめゆめ油断めさるな。