レンズのないカメラ

2008年 科技 カメラ 物欲
レンズのないカメラ

 近未来、どこかの高層ビルにて──

 せっかく遠くまで来たのに、展望ロビーからの眺めはいまいちだった。
 霧雨のせいで、視界が悪すぎる。今日は晴れると思っていたのに、残念だ。

 私はポケットから、"レンズのないカメラ"を取り出した。
 そして、撮りたかった方角に向けてシャッターを押す。待つこと数分、モニターに写真が表示された。それは数日前に誰かがここで撮影した写真だった。

 これはネットワークフォトビューワー。
 シャッターを押すと、GPSや傾きセンサーがカメラの位置と角度をサーバに送信し、その場所で撮影された写真を検索・表示してくれる。だからカメラなのに、レンズはついてない。

 カメラに記憶装置がつかなくなって久しい。
 撮影された写真データはネットワークに送信され、付加情報とともに蓄積されていく。そして撮影者が許可すれば、すぐさま共有される。
 世の中、便利になったもんだ。

 タイムダイヤルを回すと、日付がさかのぼっていく。
(ほぉ、晴れてるときは、こう見えるのか...)
(花火大会の夜は、ここは特等席だねぇ)
(去年の大雪の翌朝は、銀世界になっていたんだな)

 この展望ロビーから、たくさんの写真が撮影されたことがわかる。
 中には意味不明な写真もあるけど、そういうものはレートが下がって、小さくなっていく。過去になればなるほど、洗練された写真が見られるのは、いささか奇妙だった。

(へぇ、あのビルが建つ前は大学が見えていたのか)
 ダイヤルは10年前を指していた。
 10年前、あの高層ビルが建つ前は、その向こう側に私の母校が見えていたようだ。ふと、10年前のことを思い出して、懐かしさにひたる。あのころ、この展望ロビーに来ていたら、こんな景色が見られたんだね。
 拡大したら、10年前の自分が映っているかもしれないな。

 ダイヤルそのままに、カメラをロビー内に向けてみた。
 ロビーの様子もだいぶ変わっていた。10年前の写真を見ると、自販機が古いね。それにポスターのアイドルも時代を感じさせる。土産物屋で、現金で支払いしている人がいる。最近は現金を持ち歩く人も、めっきり見なくなった。

(おやや?)
 目をひく写真があった。これは、どこから撮影されたんだろう?
 あれこれ探して、ようやく見つけた。なるほど、階段の窓からは、吹き抜けが一望できるのか。この写真を見なかったら、気づかなかっただろうなぁ。

 このカメラ(ビューワー)は、もちろん家でも使える。
 わざわざ、遠くまで出掛ける必要はない。それでも、カメラをもって外出することが流行になっている。やっぱり家で見るより、その場所で見る方が気分が出るからね。そしてなにより、「発見」がある。
 いやま必携のトラベルアイテムと言えた。

 というような時代が訪れるのかしら?