[映画] アイ・アム・レジェンド / SF温故知新

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[映画] アイ・アム・レジェンド / SF温故知新

クリエイターは可能なかぎり古典にさかのぼった方がいい。

と言ったのは漫画家あさりよしとお氏だったか。
この世に氾濫する作品の多くは、素晴らしい古典の焼き直しであり、焼き直しを焼き直しても、いい作品は生まれない。だから、できるかぎり古典に触発された方がいい。
なるほどなぁと思った。

2007年公開のSF映画『アイ・アム・レジェンド』を見たのだが、なにか物足りないと感じた。本作は3度目の映画化なのだが、それぞれ切り口が異なっている。なにが加えられて、なにが削られたのか。その歴史をさかのぼってみよう。

ここから先はネタバレを含むので、自分で見たり、読んだりする感動を大切にしたい方は中断されたし。

2007年 - 『アイ・アム・レジェンド(I Am Legend)』

あらすじ

がんの治療薬から変異したウイルスによって、人類は滅亡した。免疫があるネビルは、誰もいなくなったマンハッタンで、愛犬サムと暮らしていた。ウイルスに感染した人間は、凶暴なダークシーカーに変貌し、人間を襲うようになる。ネビルはダークシーカー(病気)を治療するためのワクチンを開発しようとしていた。
やがてネビルは、アルゼンチンからやってきた親子と遭遇する。ネビルは完成したワクチンを親子に託し、ダークシーカーを食い止めるため、英雄的な死を遂げる。

ポイント
  • 主人公:軍の科学者。ダークシーカーを治療したいと考えている。
  • ダークシーカー:理性や社会性があるのだが、ネビルは気づかない。
  • ほかの生き残り:親子だけでなく、ほかにもたくさんいる。
  • 予測される展開:ダークシーカーを人間に戻すことで、人間の勢力が増えていくだろう。
感想

無人のマンハッタンは強烈。愛犬サムとの交流も切ない。恐るべき身体能力をもちながら、人間性が垣間見えるダークシーカーの解釈もいいね。
しかし免疫抗体がネビル特有のものでないため、「地球最後の男」という前提が崩れてしまう。またラストの行動も不可解だ。ネビル自身はもとより、人間にもどした娘まで殺す必要はなかっただろう。結局、ネビルは、同じ価値観をもつ人間たちのあいだでレジェンドになったわけだ。

1971年 - 『地球最後の男オメガマン(The Omega Man)』

あらすじ

ソ連と中国の細菌戦争によって人類は絶滅した。科学者ネビルは、開発中の抗体ワクチンを注射することで生き残る。ウイルスに感染すると、髪や目が真っ白なミュータントになる。彼らはカルト集団を形成し、旧時代の遺物であるネビルを狩り出そうとしていた。
やがてネビルは、感染せずに生き残っていた人間のグループと遭遇する。ネビルは自分の血から血清を作るのだが、カルト集団との戦いで英雄的な死を遂げる。

ポイント
  • 主人公:ワクチンを開発していた科学者。目的もなく生きている。
  • ダークシーカー:理性も社会性もあり、言葉も通じるが、決してわかり合えない。
  • ほかの生き残り:ごく少数の未感染のグループがいる。なぜ感染しなかったのかはあいまい。
  • 治療法:血清によって、ダークシーカーへの変貌を食い止めることができる。
  • 予測される展開:ダークシーカーに追われた人間たちは、地方で細々と暮らしていくだろう。
感想

ダークシーカーがあまりにも人間的で、萎える。ネビルを「石油と電気の怪物」と罵り、目の前で家具を壊していたぶるなんて、低俗だよ。また、免疫もなく生き残っていたグループがよくわからない。感染しないように注意できるなら、世界にはもっと多くの人間が生き残っているはず。また結成ができたことで、ダークシーカーと和解できると考える神経理解不能。終盤はモンスター虐殺になっている。なんだ、こりゃ?
ネビルが、自分が開発した抗体ワクチンのおかげで生き残れたという設定はリアルだった。開発中のワクチンだから、感染前に摂取できたのはネビルだけ。この点は、2007年版より優れている。

1964年 - 『地球最後の男(The Last Man on Earth)』

あらすじ

正体不明の病原菌によって人類は滅亡した。感染すると吸血鬼になって、生者を襲うようになる。ただひとり生き残った医者のモーガンは、かつて家族や隣人だった吸血鬼たちとの戦いを強いられていた。
やがてモーガンは、白昼を歩く女・ルースと遭遇する。しかし彼女の正体は、吸血鬼のスパイだった。薬で理性を取り戻した吸血鬼(新人類)は、新たな社会を構築していた。モーガンは自分の血を注射して、ルースを人間に戻すのだが、新人類の武装集団に襲撃され、殺される。
死の瞬間、モーガンは自分自身が怪物として恐れられていたことに気づく。モーガンの死を悼んだルースは、どこかへ去っていった。

ポイント
  • 主人公:医者。人類としての義務感から、吸血鬼を退治しつづけている。
  • ダークシーカー:理性のない吸血鬼と、理性を取り戻した新人類の2種類がいる。新人類にとって、理性のない吸血鬼は除去すべき障害であり、陽光を浴びても死なないモーガンは恐るべき怪物だった。
  • ほかの生き残り:いない。ルースだけ人間に戻る。
  • 治療法:モーガンの血を注射すれば、吸血鬼を人間に戻せる。
  • 予測される展開:ルースが生き残ったことに、小さな希望を見いだせるかもしれない。
感想

古いモノクロ映画なので、テンポは悪いが、見るべき点は多い。死体がゴロゴロしている市街地は、無人より寂寥感がある。娘の死体を焼却できなかったり、妻が吸血鬼になって戻ってきたり、社会の恐慌状態が描かれたのもよかった。SFよりホラー色が強い。単調な動きを繰り返す吸血鬼は、まさにゾンビの源流。本作にインスパイアされて、ロメロが『Night of the Living Dead(1968)』を作ったのもうなずける。
ほぼ原作通りに作られているが、ルースを治療するシーンは唐突すぎる。しかし絶望的な原作に比べれば、いくらかの希望を見いだせるかもしれない。本作では「レジェンド」より、「地球最後の男」が強調されている。

1954年 - 原作小説『I Am Legend』

あらすじ

正体不明の病原菌によって人類は滅亡した。感染すると吸血鬼になって、生者を襲うようになる。ただひとり生き残った工場労働者のネビルは、かつて家族や隣人だった吸血鬼たちとの戦いを強いられていた。
やがてモーガンは、白昼を歩く女・ルースと遭遇する。しかし彼女の正体は、吸血鬼のスパイだった。薬で理性を取り戻した吸血鬼(新人類)は、新たな社会を構築していた。ネビルと心を通わせたルースは、ここを逃げるように告げるが、思うところあったネビルは留まる。結果、新人類の武装集団に痛めつけられ、処刑場に引っ張り出される。そのときネビルは気づく。「普通」や「標準」は多数派を示す言葉であり、いま「異常」で「怪物」なのは自分の方だ。
──この俺が伝説の存在(レジェンド)なのだ。

ポイント
  • 主人公:工場労働者。科学的な知識はないが、吸血鬼の弱点を調べている。
  • ダークシーカー:理性のない吸血鬼と、理性を取り戻した新人類がいる。新人類は、理性のない吸血鬼に対して残虐だったため、ネビルは反感を抱く。その一方で、自分を悩ませてきた吸血鬼に愛着を感じていた。ここにも価値観の逆転がある。
  • ほかの生き残り:いない。
  • 治療法:ない。
  • 予測される展開:地球の支配者が人類から新人類に変わった。
感想

2007年の映画と比較すると、主人公が鈍くさい。ただの工場労働者なので、吸血ウイルスの研究も遅々として進まない。図書館で本を読み、顕微鏡の使い方で四苦八苦するのは、かったるいと思っていた。ネビルは覇気がなく、臆病で、不用心で、酒浸り……。だが、そうした弱さが終盤に大きな意味をもってくる。うまい構成だ。
社会が安定していたころは、学のない労働者として注目されることもなかったネビル。それが白昼うろつく旧人類として生き残ったため、レジェンドとなった。そこに一抹の救い(喜び?)が見いだせるのは、痛烈な皮肉だった。
ネビルだけに免疫があった理由や、一部の吸血鬼が十字架を恐れる理由などが、きちっと説明されたのは驚き。吸血鬼を科学的に説明したのは本作が嚆矢と言われているが、神秘的な側面まで踏み込んでいたとは。
ネビルが驚き、考え、調べたことは、現代の私が見ても、いちいち納得できる。

結論。やっぱりオリジナルが一番おもしろかった。オリジナルを踏まえて見れば、3本の映画もそれなりに楽しめる。逆にオリジナルを知らなければ、ショッキングな映像に目を奪われて、多重に仕組まれた「価値観の逆転」というテーマを見落としてしまうだろう。
リチャード・マシスンの原作が発表されてから54年。3度の映画化。しかしまだ原作の輝きを完全に映像化できたとは言いがたい。またいつか、誰かが挑戦するかもしれない。

古典にさかのぼることには大きな意義があった。
もう少し、古典SFを読んでみよう。

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