さらば親知らず
2005年 生活 健康 医療──歯医者で親知らずを抜いた。
左の上奥歯で、虫歯が進行して偏頭痛の原因になっていた。
噛み合わせる下の歯はすでに抜かれているので、歯としての役目も終えている。
麻酔して、口の中にペンチをつっこまれる。
カチャカチャ音がしていると、ふいに口からペンチが取り出された。
(道具を取り替えるのかな?)と思ったら、もう抜けていた。
痛みもない。アッケナイもんだった。
抜かれた歯をとって、歯医者さんが説明してくれる。
「ここが虫歯になっていたわけです。もう少し進行すると神経が……」
金属の針が、抜かれた歯をえぐる。ぐりぐりとほじる。
(あんな風にされたら激痛じゃすまないだろうなぁ……)
もちろん痛みなどない。
抜かれた歯は、もう身体の一部じゃない。ただの物体だ。
キリを突っ込んでも、ハンマーで砕いても、なにも感じない。
……不思議な気持ちで、私は歯を見つめていた。
◎
脱脂綿を噛んで、血を止める。
待ち時間のあいだも、私は抜かれた歯を見つめていた。
ついさっきまで、自分の口の中にあったもの。
神経がつながっていたもの。痛みの元凶。
それが今……自分の外にある。
切り離してしまえば、もう排泄物と同じだ。
要らないもの、遠ざけたいもの、イヤなものに思える。
……それはなんだか、とても利己的な感情に思えた。
◎
「伊助さん」
帰り際、歯医者さんに声をかけられた。
精算を終えて、帰ろうとしている矢先だ。歯医者さんが受付まで顔を出すのは、初めてのことだった。
「抜いた歯ですけど、持ち帰りますか? 記念に……」
「え、あ、そ、そうですね。持ち帰ります。」
歯医者さんは、抜いた歯を小さな白いケースに入れてくれた。
歯のカタチをしている。子どもの乳歯用らしい。
以前、歯を抜いたときには、こんなことはなかった。
私が抜かれた歯を熱心に見ていたので、プレゼントしてくれたのだろう。
自分の考えが漏れていたことに、いささか照れる。
こうして、親知らずは私の手許にもどってきた。
もう1度、見てみる。
やっぱり……不思議な感じがするよね。