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[レビュー2010年12月25日に発表された 

オリエント急行の殺人 / 名探偵ポワロ #64 (デビット・スーシェ主演)

Murder on the Orient Express / Agatha Christie's Poirot #64

同じ筋書きで、かつてなかった感動

あらすじ

中東での仕事を終えたポワロは、イスタンブール発カレー行きのオリエント急行で帰路に就いた。道中、アメリカの大富豪ラチェットが、寝室で刺殺体として発見される。12ヶ所もの一貫性のない刺し傷、多すぎる手がかり。汽車は雪のため立ち往生。ポワロが調査に乗り出す。

有名な作品である。細かいところは忘れても、仕掛けを覚えている人は多いだろう。仕掛けを知っていれば、おかしな証拠、おかしな証言はすぐわかる。予定された決着に向かってよどみなく展開していく。私も、記憶をなぞるような気持ちで鑑賞していたが、だんだん前のめりになってしまった。
そしてラスト。筋書きは変わっていないが、かつてない感動があった。

「法の正義」にもと悪人たちを裁いてきたポワロが、例外を作ってしまった。1つの例外を認めることが、どれほどの苦悩をもたらすか。その心中を思うと涙がにじむ。
ぶっちゃければ、ポワロが犯人を見逃したのは今回が初めてではない。今回のような事件では、探偵が情けをかけるのは当然のように思われた。本作はその思い込みに一石を投じている。秩序と方法に生涯を捧げた男が、例外を作る。いわば被害者たちが探偵を殺すエピソードとなったのだ。

筋書きを知っていても楽しめる。いや、筋書きを知っているほうが楽しめる。だれもが知ってる古典から、新しい感動を引き出してくれた。素晴らしい翻案だった。


2018年、ケネス・ブラナー版『オリエント急行殺人事件』を鑑賞した。思うところがあったので本作をふたたび見返したが、やっぱりいいね。素晴らしい。あらためて気づいたことを書き出しておく。

揺らぐ正義

冒頭、ポワロはある中尉の犯罪を暴露するが、中尉は拳銃自殺してしまう。中尉の友人たちはポワロに感謝しつつも、「一度の過ちで支払う代償としては不当である」「あれは善人が犯した判断ミスです」と非難する。法の正義を重んじるポワロは受け入れないが、後味の悪いものを感じていた。
原作にないこの導入部が、本作でポワロが直面する試練を際立たせている。

コミカル演出なし

映像化されるポワロはユーモラスに、コミカルに描かれることが多いが、本作にそうした遊びがまったくない。自分の名を知らない乗客に出くわしても、沈黙するばかり。老いた名探偵が、時代に捨てられていくような寂寥感がある。ゆで卵の大きさにこだわるセリフもあるが、あっさり流している。殺人事件の調査を依頼され、地元警察に任せるべきと言うシーンは、探偵業を辞めかねない雰囲気がある。
ポワロの信念が試されるのに、コミカル演出は不要だった。きちんと取捨選択されている。

夜、ポワロは神に祈る。中尉を死なせたことを悔やんでいるようだ。ポワロが神に祈るなんて意外だったが、のちの「カーテン」につながる演出と見ると感慨深い。

このシーンでは、ポワロとラチェットの祈りが交互に映される。初見では戸惑ったが、自身の判断にゆらぐポワロと、襲撃におびえるラチェットを対比させることで、「神に祈ること」そのものに意味はないと表現しているようだ。神に代わって裁きを下す犯人たちを特別視させないためであろう。

凍りつく夜

ポワロは謎解き、最後の夜がやってきた。発電機が止まったため、暖房も照明も使えない。乗客たちは厚手のコートを羽織り、ロウソクの灯りに暖を取る。乗客たちはポワロを惑わすため、架空の犯人について語り出す。警戒心と緊張感がよくわかる場面設定だ。見事。

「罰を承知で掟を破った」

ポワロの態度は固く、犯人たちにまったく同情しない。あくまでも法の正義をつらぬこうとする。筋書きを知ってる人ほど戸惑うだろう。ポワロは客車に鍵をかけろと言う。友人のブックは「ここに悪人はいない」と訴える。それでもポワロは態度を変えない。おいおいまさか、と焦りだす。

ポワロの選択は最後の最後に明かされる。ほっとする犯人たち。ポワロの顔がゆがむ。犯人たちは、ポワロの苦悩に気づいただろうか? 犯人たちは、名探偵ポワロを殺してしまったのだ。

やっぱりおもしろかった。

アガサ・クリスティ
ポワロ
デビット・スーシェ (David Suchet) デビット・スーシェ (David Suchet)
ピーター・ユスティノフ (Peter Ustinov) ピーター・ユスティノフ (Peter Ustinov)
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ポワロ
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声:八千草薫
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