ミス・マープル/夜行特急の殺人 (アガサクリスティの パディントン発4時50分) Murder She Said | Agatha Christie's 'Murder She Said'
1961年 外国映画 3ツ星 探偵 @アガサ・クリスティ初の映像化なのに大胆すぎるアレンジ
あらすじ
夜行特急の殺人
列車に乗っていたミス・マープルは、並走する列車の車内で、男が女を殺す瞬間を目撃する。すぐクラドック警部補に通報したが、死体は見つからない。業を煮やしたマープルは、友人の司書・ストリンガーと線路沿いを調べ、死体を捨てた痕跡を発見。死体はアカンソープ(Ackenthorpe)家の敷地内にあると推理し、メイドとして潜入した。
アカンソープの一族
アカンソープ家は、先代が製菓会社で財を成した。現当主ルーサーは偏屈で、4人の兄妹たちも仲がよくなかった。
- ルーサー ... 現当主。けち。偏屈。
- セドリック ... 長男。画家。女たらし。
- ハロルド ... 次男。金持ち。
- アルバート ... 三男。退屈な男。
- エドマンド ... 四男。戦死したが、遺体は見つかってない。
- エディス ... 長女。故人。アレキサンダーの母親。
- エマ ... 次女。美しく、気立てがよい。父の世話をしている。クインパー医師と交際中。
- ブライアン ... エディスの夫、アレキサンダーの父親。戦闘機乗り。エマに恋している。
- アレキサンダー ... エディスとブライアンの息子。生意気盛り。
- キダー夫人 ... 通いの料理人。いやみな中年女性。
- ヒルマン ... 庭師。不気味な男。マープルを監視する。
マープルは馬屋で女性の死体を発見する。ストリンガー経由で警察に通報すると、クラドック警部がやってきた。アカンソープ家の人間は、殺された女性に見覚えがないと証言したが、事件当夜のアリバイもなかった。
マルティーヌの手紙
数日前、戦死したエドの妻(マルティーヌ)と名乗る女性から手紙を受け取っていた。真実ならマルティーヌにも相続権があり、兄弟にとって殺害の動機となりえた。
驚かれるかもしれませんが、私はエマ様の義姉です。エドが戦死する直前に、結婚いたしました。近々おたくを訪問したいと思っております。会っていただけますか? お父様はお加減が悪いと伺いましたので、代わりにお嬢様に宛ててしたためました。
──マルティーヌ・アカンソープ
- 盗まれたコンパクト ... マープルは殺害された女性のものと思われるコンパクトを拾ったが、盗まれてしまった。→家の中に殺人犯がいて、マープルが狙われる恐れもある?
- 5人の相続者 ... ルーサーは父親と仲が悪かっため、遺言で屋敷や財産に手を付けることを禁じられている。財産は子どもたちに分配される。現在の相続者はセドリック、ハロルド、アルフレッド、エマ、そしてエディスの息子アレキサンダーの5名。→マルティーヌが実在すると、分与額が減少する。
- 昨年のヒ素中毒疑惑 ... 昨年のクリスマス、ルーサーは嘔吐していた。クインパー医師はヒ素中毒を疑ったが、確証はなかった。→子どもたちがルーサーの死を画策している?
- クインパー医師の立場 ... エマと将来を誓いあったクインパーは、マルティーヌの手紙があることを警察に届けることを薦めた。→告白したことで、エマの疑惑が軽減された。あるいはエマのため、クインパーが殺害を試みた可能性もある。→クインパーはフランス語を読めないが、殺された女性がフランス人ではないかと指摘している。
- 庭師は除外 ... 庭師もルーサーが死ねば少なからずお金をもらうが、マルティーヌを殺害する動機がない。
アルフレッド毒殺
夕食のカレーにヒ素が入っていて、ルーサー、セドリック、ハロルド、アルフレッド、エマが中毒を起こし、アルフレッドが死亡した。ヒ素を盛るチャンスは誰にでもあった。
ハロルド銃殺
夜、森のなかでハロルドの死体が発見される。自殺や事故死の可能性もある。
クラドックは盗まれたコンパクトを探そうとするが、直前にアレキサンダーが持ち出したことが判明する。悪戯だったようだ。マープルは作戦を思いつく。
決着
アレキサンダーがマープルのコンパクトを見せびらかす。その後、マープルに部屋にクインパー医師がやってきて、歯の治療をする。その様子を鏡に映し、あの夜に見た殺人犯だと確信する。
クインパーはエマと結婚するため、邪魔な妻を殺害した。疑惑をアカンソープ家に向けるため「マルティーヌの手紙」を投函した。マルティーヌは農家の娘のはずだが、死体の手は荒れていなかった。
遺産の取り分を増やすため、クインパーはアルフレッドとハロルドを殺害した。アルフレッドは治療と称して致死量のヒ素を与え、ハロルドは銃で撃って自殺に見せかけた。唯一の気がかりは、自分が妻に贈ったコンパクトを回収すること。マープルに毒を注射しようとした瞬間、クラドックが飛び出してクインパーを取り押さえた。
事件解決後、マープルは屋敷を去ろうとするが、ルーサーに求婚される。
「お暇をいただきに参りました」
「辞めなくていい」
「自宅があります」
「売れ」
「理由がありません」
「つまりだな、おまえさんは料理もうまいし、頭もよく回るようだから、結婚してやることにした」
「返事は?」
「光栄ですわ」
「返事はどうなんだ?」
「無理ですわ」
「なぜだ?」
「万が一結婚するとしたら、お相手がおりますの」
マープルを乗せた車は、アレキサンダーの悪戯(ブライダルカー)をつけたまま去っていくのだった。
感想
『パディントン発4時50分』、初の映像化作品。ヒクソン版(1987)、マキューアン版(2004)と比較するために鑑賞したが、違いすぎて驚いた。
最大のちがいは、殺人の目撃者(マギリカディ夫人)とメイド探偵(ルーシー・アイレスバロウ)の役をマープルが兼任すること。自分が見たことだから疑うことがないし、自分で調べるから危険もいとわない。肉体労働をこなしつつ、ルーサーの嫌味をかわし、アレキサンダーと仲良くなり、事件を調査して、自分を囮にして解決する。「安楽椅子探偵」とか「上品な老嬢」といったイメージはぶっ飛んだが、これはこれで悪くない。
原作者は眉をひそめたと言うが、最初でこれは無理もない。しかし私たちは、いろんなバリエーションの1つとして楽しめるのだから幸せだ。
強烈なマープル
マーガレット・ラザフォードのマープルは、じつにパワフル。ずんぐりした体躯に、ぎょろりとした目玉。推理小説の犯人をばらしたり、司書をこき使ったり、不審者に花瓶を投げつけたりと、遠慮がない。肉体労働をこなしつつ、ルーサーの嫌味をかわし、みなの信頼を勝ち取り、調査して、推理て、自分自身を囮にして犯人を捕まえる。すさまじい。
しかし魅力的だから困る。ルーサー(老人)とアレキサンダー(少年)の双方に好かれるところもいい。ミス・マープルらしくないけど、かっこいい。
ミステリーとして
いろいろ整理されているんだけど、ちょいちょい足りない。
一番の疑問は、マルティーヌの息子が割愛されたこと。ただの配偶者ならブライアント同じで、遺産相続の対象にならないはず。
また犯人も、予想外に早く死体が発見され、まだ警察がウロチョロしてるのに、アルフレッドとハロルドを殺すのは軽率だ。
トンティン方式(相続者が減ると分与額が増える)が省かれたことも、ミステリーの緊張感を削いでいる。提示されていれば、セドリックとエマへの疑惑が高まったはず。
セドリックは、「クインパーが愛するエマのためにマルティーヌを殺した可能性がある」と指摘した。ほかの映像化作品に見られないツッコミだ。ブライアンもエマに恋してるから、同じ動機が成り立つ。
ヒルマンやキダー夫人(ジョーン・ヒクソン)は目立ちすぎ。セドリックがミス・マープルを怪しむなら、彼らの役回りは整理できそうだ。
余談
ちなみに、ミス・マープル家のメイドの名前がルーシーだった。それから主演のマーガレット・ラザフォードであるため、ラザフォード・ホールという名前を避け、クラッケンソープからアカンソープに変えられたそうだ。
キダー夫人を演じるのはジョーン・ヒクソンで、図らずも2大マープルの共演となっていた。初見では気づかなかったが、なるほど面影がある。そういえばヒクソン版の、「キダー夫人はまだ勤めてる?」はこれを意識したものだったんだろうな。
結論。おもしろかった。細かな疑問はあるが、ミス・マープルの魅力に吹き飛ばされた。視聴後の後味もいい。ミステリーでもキャラクターは重要とわかる映像化だった。
パディントン発4時50分:キャスティング比較
アガサ・クリスティ | |
---|---|
ポワロ | |
デビット・スーシェ (David Suchet) | |
ピーター・ユスティノフ (Peter Ustinov) | |
声:里見浩太朗
|
|
ミス・マープル | |
マーガレット・ラザフォード | |
アンジェラ・ランズベリー | |
ヘレン・ヘイズ | |
ジョーン・ヒクソン | |
ジェラルディン・マクイーワン | |
ジュリア・マッケンジー | |
声:八千草薫
|
|
ゆっくり文庫 | |
奥さまは名探偵 | |
ほか | |
検察側の証人 | |
そして誰もいなくなった | |
ほか |