ヘラクレスの難業 / 名探偵ポワロ #69 (デビット・スーシェ主演) The Labours of Hercules / Agatha Christie's Poirot #69

2013年 海外ドラマ 3ツ星 ★妄想リメイク 探偵 推理 @アガサ・クリスティ

クローズド・サークルものにすればよかったのに

ストーリー
失敗

 ポワロは凶悪犯マラスコーの捜査に参加するが、まんまと絵画や宝石を盗まれ、囮役の女性ルシンダも殺されてしまった。ポワロはルシンダに身の安全を保証したばかりだった。ポワロは消沈する。
 運転手の青年が恋人が失踪したと悩んでいた。ポワロは無償で、恋人を連れ戻すと約束。彼女がいるというスイスに向かった。

マラスコー包囲網

 ポワロはオリンポスホテルにやってきた。そこは警察がマラスコー包囲網を敷いているところで、協力を要請される。ポワロをのぞく宿泊客8名の中にマラスコーがいる。そこには旧知のロサコフ伯爵夫人も含まれていた。

決着

 マラスコーの正体はロサコフ伯爵夫人の娘、アリスだった。アリスはルシンダを殺害し、同じ癖をしてみせることでポワロを苦しめた。ポワロはアリスを警察に突き出す。
 ロサコフ伯爵夫人は「娘を見逃して」と嘆願するが、ポワロは拒否。ロサコフ伯爵夫人はポワロと決別。
 運転手の青年は恋人と再会できた。
(おわり)

 毎度のことながら、ストーリーの方向性をつかむのに苦労する。怪盗マラスコーを捕まえる話かと思いきや、あっさり失敗。雪辱を晴らす話と思ったら、運転手の恋の悩みが主題に。事前の調査も連絡もなくアルプスへ行くと、そこにはマラスコー包囲網があった。これが偶然の出来事だろうか?

いまさらロサコフ伯爵夫人

 それにつけてもロサコフ伯爵夫人に魅力がない。『二重の手がかり』でも疑問だったが、ポワロは彼女のどこに惚れたのだろう? 賢いところも、小気味よいところもない。高圧的で、自己陶酔しがち。「犯罪から手を洗った」と言いながら盗癖はなおらず。「私は非凡の女神」と言いながら、娘の正体に気づかない。ポワロの温情にすがって、叶わぬと拒絶。悲しいほど小物だ。『メソポタミア殺人事件』でまわしたホテルの支払いは、ちゃんと返済したんだろうか? むしろ返済するためポワロを追ってきたと言ってくれれば、偶然が減ったのに。

 娘アリスの描写も足りない。カニンガムという「ゆきずりの男」と結婚したようだが、詳しいことは語られない。だったらアリス・ロサコフでいいじゃん。ポワロは「マドモワゼル・カニンガム」と呼ぶから、混乱してしまう。そもそも本当に伯爵の妻子なんだろうか?

 ロサコフ伯爵夫人は、ケーブルカーで下山中にポワロを見かけ、引き返してきた。この偶然がなければ、マラスコーを捕まえることはできなかったわけか。「ホテルに引き返す」とロサコフ伯爵夫人が言ったとき、アリスはどう反応しただろう? ポワロに興味をもったのだろうか?
 そして後味の悪いエンディング。ファイナルシーズンなのに、気が滅入る。

 「雪崩で孤立したホテル」「宿泊客の中に凶悪犯」「ポワロの想い人が容疑者に」というプロットで十分だから、ホテルから物語をスタートさせればいい。ポワロはマラスコーを追ってきた。マラスコーとの確執は回想シーン。これで十分だろう。ちょっと再構築してみた。

★妄想リメイク

 ポワロはロサコフ伯爵夫人に招かれ、アルプスのホテルにやってきた。麓で警察官に、ホテル内にマラスコーが滞在していること、刑事が潜入調査していることを告げられる。ポワロは昨年、マラスコーの逮捕に失敗し、苦い思いをしていた。

 ホテルに到着したポワロは、ロサコフ伯爵夫人とその娘アリスと、楽しい時間を過ごす。犯罪心理に詳しいアリスにマラスコーのことを質問されるが、バカンスを楽しみたいと返すばかり。ポワロが帰る日、雪崩が起こってホテルは隔絶される。マラスコーと思われる死体が見つかったことで、滞在客が騒然となる。ポワロは無線機を修理し、地元警察に応援を要請。滞在客と従業員を集め、謎解きをはじめた。

 マラスコーは盗品をホテルの調度品に紛れ込ませ、従業員がこれを回収する段取りになっていた。盗品は回収できたが、マラスコーの正体がわからない。そこでポワロはいくつかのテストを仕掛け、アリスがマラスコーであると確信した。
 アリスは隠してあった銃を抜いて、その場を制圧する。滞在客も従業員も皆殺しにするつもりだ。もちろん、母親も例外ではない。ポワロが応援を要請したと言うが、無線は演技だと笑う。ところが警官隊が突入してきて、アリスは取り押さえられる。じつは雪崩によってケーブルカーが不通になったという話もうそだった。

 納得できないアリスに、ロサコフ伯爵夫人が語る。ポワロを呼び寄せ、包囲網を作らせたのは、母親だったのだ。母親とポワロに悪態をつきながら連行されるアリス。ロサコフ伯爵夫人はポワロに感謝するが、「もう会うことはないでしょう」と告げ、去っていくのだった。

(おわり)

再視聴:カーテンに向けて

 2021年に再視聴する。単品としての評価は高くないが、『カーテン』に向けたシリーズ作品としてみると、意味が違ってきた。本作の役割は、ポワロの恋を打ち砕くことだ。シーンを抽出しよう。

ポ:ポワロには時間が必要です。
ルッツ:1つ聞くが、なぜきみはいつも三人称で話すんだ? 意図を明確にしたまえ!
ポ:それはドクタールッツ、標的とのあいだに安全な距離を保つためです。

 捜査中、ポワロは「私」を避けていたのか。

アリス:気分はどうかしらムッシュ? 少しはルシンダの供養ができたの?
無残な死に方よね。
ポワロはあの娘の身の安全を保証してたじゃない。とんだ自己満足だわ。
難業なんて、なにひとつこなせない、うぬぼれた、ヘラクレス。
(ポワロ、無言で背を向ける。)
ア:私に背中を向けても、逃げられないわよ。
ポ:私は逃げない。

 「罪悪感から逃げられない」という意味だった。
 ポワロは傑出した人物だが、万人を救えたわけではない。

ロサコフ:あなたは冷酷な人ね。
ポ:私は法律ではありません。
ロ:エルキュール、あの娘を見逃して。
ポ:いいえ。
ロ:見逃して! かつての私みたいに! お願い。愛するエルキュール。
ポ:いけません。同じ船には乗れない。
彼は、ポワロ。

ロ:なら私も娘と行くわ。最後のおわかれね。エルキュール。
私たちの愛は永遠だと思っていたのに、残念だわ。


※ポワロはこころの拠り所を失っていく。

 単品としてみると、ロサコフ公爵夫人の言い分は無茶苦茶。
 シリーズとして見ると、「ポワロはかつてロサコフ公爵夫人の窃盗を見逃したのに、なぜアリスを見逃さないのか?」という問いになる。ポワロは愛のため、法を曲げたではないか。「彼は、ポワロ」と三人称にすることで「私」の判断を避けたが、結果、ロサコフ公爵夫人との関係は終わる。

 ポワロは大した存在じゃない。なにもできてない。
 ポワロは法の守護者でもない。
 ポワロには愛する人もいない。

 といった流れで『カーテン』につながるのか。

アガサ・クリスティ
ポワロ
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声:里見浩太朗 声:里見浩太朗
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